第61回 : モンゴル近代絵画展(東京ステーションギャラリー)

7月下旬から東京ステーションギャラリーで『モンゴル近代絵画展 〜 その源流と展開』が開催中です。モンゴルといえば大相撲に何人かの力士がいることと、何年か前、彼の地にオペラがあることを知りビックリ仰天した覚えがあります(たとえば「蒙古歌劇満喫旅行団爆遊記 〜 99年ウランバートルの暑い夏」を参照)。絵画の領域でも、モンゴルは私にとってまるで馴染みがなかったのですが、そうはいっても好奇心が湧いてきて見に行きました。会期は9月8日(日)までで、休館日は毎週月曜日、入場料は一般800円となっています。

会場の構成は次のようなものでした。
近代前夜―19世紀の仏教美術
近代黎明期のモンゴル画  1921年人民革命前後
社会主義リアリズムの隆盛  1940〜60年代
モダニズムの流入と独自性の探求
モンゴル画の新たな展開
新生モンゴル国の現代美術

【1】のコーナーでは、アップリケによる布製(縫付模様)の作品が多く展示されていました。モンゴルの人たちは遊牧民ですから寺院も移動式だったといいます。ですから布製の作品を見て、すぐさま納得しました。これならば持ち運びに便利ですし、紙よりも痛みはうんと少ないでしょうし扱いやすいでしょうから。【2】では、B.シャラブという画家が登場します。画家といっても修道僧であったといいますから、宗教的な題材の作品を連想しがちですが、展示されている《モンゴルの一日》(1911-19年)、《馬乳酒祭》(1911-19年)、《ラサ》(20世紀初頭)、《レーニンの肖像》(1924年)から判断すると、そうとばかりはいえないのです。むしろ前二者のように日常の生活をユーモアたっぷりに遠近感のしっかりした絵画に仕上げたり、アジアで初めてのレーニンの肖像などを残していますので、世俗的な絵画の方面で重要な役割を果たしたようです。

【3】の時代のモンゴルは、世界で2番目の社会主義革命を成就させた時期にあたります。人民革命の指導者を描いたU.ヤダムスレンの《スフバートル》(1943年)など、精緻な筆づかいをしているように見えます。その一方で、たとえばN.ツルテムの《太陽の下で》(1951年)などは印象派を思わせる作品もありました。いずれにせよ、社会主義リアリズムの作品しか認められていなかった時代ですので、抽象的な作品は見当たりません。このコーナーで私が面白いと感じたのは、D.ルヴサンジャムツの《ラジオが家に来た!》(1956年)という油彩画でした。恐らくは都市生活者なのでしょう、画面には夫、妻、そして小さな女の子という3人が自宅室内に描かれています。いま、ちょうど夫が段ボール箱から昔懐かしいラジオを取り出し、家族に見せているところです。妻も子どもも(特に妻は)にこやかに夫とラジオを眺めているといった絵柄です。いかにも電化生活が進むマイホームを描いた作品だということがわかります。裏を読めば、社会主義が順調に進行しつつあり、豊な生活が遅れるようになっていることをプロパガンダしようとしているということでしょう。

【4】の時期は、東欧に留学する画家たちが出現したこともあって、西欧のモダニズムの影響が現れてきます。時には展覧会が中止されることもあったようですが、色使いや作品の構図など、これまでにない大胆さが見て取れます。B.ボルドの《ハルハ河のリンゴ》(1985年)という油彩画の前では足を止めて見ました。作品の題材は、1939年におこったノモンハン事件です(モンゴルでは、これをハルハ河戦争と呼んでいるそうです)。ハルハ河を背に一人の少女が両のポケットに手を突っ込んで下を向いています。その前には薬きょうがあり、そこにリンゴが一つ飾られています。背景には、うっすらとソ連軍とモンゴル人の兵士が描かれている、そんな作品です。戦争と平和をテーマにした作品は、探せばたくさんあるでしょうが、一方の当事者が日本だということで少々複雑な気持ちで見ましたが、しかも1985年になってもまだこうした作品が描かれているということは、相当根が深いのだろうと想像しました。

【5】は1950年代終わりごろからその制作活動が活発化した、新たなモンゴル画の成果が展示されていました。U.ヤダムスレンの《老いた吟遊詩人》(1958年)、A.センゲツォヒオの《二頭のラクダ》(1971年)などが印象に残る作品ですが、油彩画ではなく、紙または布にグワッシュ[不透明水彩絵具のひとつ]で描いた作品が展示されていました。【6】は1990年に複数政党制を採用、92年にモンゴル人民共和国からモンゴル国へ新たな憲法を採択して、選挙を行ないました。その結果、芸術に対する国家による経済的な保証はなくなったわけですが、従来タブーとされてきたテーマ、すなわちチンギス・ハーンの事跡、貧しいモンゴルの現実、社会主義体制下の弾圧などが描かれるようになりました。ただ、よほど注意深く作品を見るなり、解説を読むなりしないと、作品の意味は伝わりにくいのではないかと思います。テーマに沿ってリアリズムで描かれているとは限らないからです。たとえばTs.エンフジャルガルの《月の子どもたち》(1993年)は、6人の少年たちの身体部分が青白く描かれ、幻想的な雰囲気すら漂わせています。でも、これは帰る家のないストリート・チルドレンが、冬のあいだ生きていくために街全体をセントラル・ヒーティングで暖めるため地下のマンホールが暖かく、そこに集まって過しているさまを描いているのです。思わず、D.ルヴサンジャムツの《ラジオが家に来た!》(1956年)を想い起こしてしまいました。

何も知らないで足を運んだわりには、興味深く見ることができました。百聞は一見にしかずですね。
【2002年8月19日】


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