第58回 : マン・レイ写真展(ザ・ミュージアム)

「フォト・アートの誕生」というサブタイトルが付いていたこの写真展は、5月中旬から開催されていましたが、6月23日(日)が最終日でした。開催中に文章を読んでいただけずに残念ですが、ご了承ください。

主催者によれば、本展は写真=芸術という表現を開花させたマン・レイの1930年代〜40年代の作品を中心に、なんと500点もの展示がされているということでした。私が美術館に足を運ぶときは、ほとんどが絵画を見に行くわけで、その時ついでに(といっては怒られるかもしれませんけれど)写真が展示されていれば、ボーッと見てしまうのが常といえます。そんな私でもマン・レイの名前くらいは、以前から知っていましたし、ちょうどいい機会なので見に行きました。

マン・レイ、本名エマニュエル・ラドニツキー。1890年にアメリカのフィラデルフィアで生まれ、1912年頃からマン・レイと名乗るようになったそうです。亡くなったのは1976年ですから、けっこう長生きしたわけですね。撮影した写真は、「ヌード」、「風景」、「ファッション/モード」、妻「ジュリエット」のシリーズ、ピカソを含む同世代の前衛作家たちの「ポートレイト」等と多岐にわたりますが、ソラリゼーション、レイヨグラフといった、私にすれば初めて聞くコトバ、いや目にする作品に出会って、展示された写真と睨めっこして帰ってきました。こうした技法について、少しわかってくると、親しみも湧いてくるのですから面白いものです。

会場の中は、9つのセクションによって構成されていました。次のとおりです。

T セルフポートレート
U マルセル・デュシャン
V メレット・オッペンハイム
W 芸術としての写真
X 友人たち
Y 女性たち
Z ジュリエット
[ モード
\ 風景

「U.マルセル・デュシャン」のセクションは、デュシャンの作品が展示されているのではなく、デュシャンが被写体になったマン・レイの作品が展示されています。この中にある1916年ごろの《横顔のマルセル・デュシャン》が、本展におけるもっとも古い制作年をもつ作品でした。「T.セルフポートレート」はセクションこそ最初に置かれているものの、「U」より遅れて、1920年代後半より始まったようです。”ようです”と書いたのは、いくつか制作年が記載されていない写真があるため。

「V.メレット・オッペンハイム」のセクションでは、1933年制作の《メレット・オッペンハイム》という作品があります。これは、輪転機の大きな円形の後ろにヌードのオッペンハイムが額に手の甲を当てて立っているという構図をもっています。そして、われわれの目に入る手のひらから腕にかけて黒々としたインクがついている、といった写真になっています。これなど、しばらく見入っていました。

「W.芸術としての写真」は本展の目玉らしく、140点ほど展示されていました。1924年の《アングルのヴァイオリン》など、どこかで見たよという人も多かろうと思える写真ですね。1932年の《ガラスの涙》なども惹きつけられました。ソラリゼーションやレイヨグラフも多く含まれていました。

マン・レイにおけるソラリゼーションとは、1925年、誤って現像途中のネガに光をあてた彼が、このネガをプリントすると像の周囲にデッサンで描いたような黒い線がつくことを発見。以後、意図的にこの技法を用いたもので、たしかに顔や腕、その他もろもろ、黒い線がはっきりと見て取れました。

レイヨグラフは、印画紙の上に物を置いて数秒光を当てるんだそうです。すると、物のシルエットが印画紙に白く抜き出てくるというもので、これまたマン・レイが意図的に技法として作品を撮るときに使ったのだそうです。

「X.友人たち」。このセクションも力が入っています。点数約120。アンドレ・ブルトン、ジョルジュ・ブラック、フランシス・ピカビア、トリスタン・ツァラ、ジェームズ・ジョイス、ジョアン・ミロ、ピカソ、ブラック等々、それは多数の人たちが撮影されています。作曲家のシェーンベルクやストラヴィンスキーも見出せました。

パリで長く活躍したマン・レイは、生活のためということもあって、モード写真も数多く手がけました。「[.モード」とまとまったセクションを用意し、80点弱の写真を展示してあります。これなど、芸術写真とはずい分趣が異なるものの、こんな風に撮るものなのかと痛く感心しました。ごく普通に外観を撮った写真もあれば、白いロングスカートの中の足が黒く写しだされる写真もあって(もちろん白黒の写真です)、特に後者に属するものについて、光と影の使い方がうまいというのか、見るものを惹きつけるのですね。写真の多彩な面白さを、体験してきました。

なお、帰り際、絵はがきやカタログは買わず、小学館から出ている『週間美術館 43 デュシャン/マン・レイ』を買い込みました。500円と手ごろな価格で、基礎的なことが書かれているうえに、会場で見た写真もけっこう含まれていました。「ソラリゼーション」「レイヨグラフ」の説明も、本書を参考に少し縮めた感じにしました。参考までに付け加えます。
【2002年6月23日】


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