第44回 : 油画を読む ― 高橋由一から黒田清輝の時代へ ― (東京藝術大学大学美術館)

会期は2001年9月24日(月)までで、休館日は月曜日(9月24日だけ月曜でも開館します)。入場料は一般700円です。本展の特徴は、第一に明治時代の洋画の「旧派」と「新派」が一箇所にうまくまとめられていて、見る側にもわかりやすく並べられていること。第二に、展示された作品の「X線写真」「赤外線写真」「紫外線写真」「測光線写真」の4種が用意され、作品の脇に見られるようにしてあること。そして、わざわざ油画を「読む」とタイトルを付けた理由は、まさに第二の特徴と関連していたのです。油絵は、絵具を塗ったさらにその上にまた絵具を塗りつけていきますが、こうして仕上がった作品は、私たちが想像する以上にたくさんの絵具が使われていることもあるそうです。今回は、こうした作品の奥というか内部にも目を向けてみよう、意外な発見ができるよ、という趣旨の展覧会でした。

まず「X線写真」ですが、鉛白という白い絵具がはっきり写るため、いま目にしている作品とは別の下絵が描かれているときなどに威力を発揮し、「へぇ〜」という驚きをもたらしてくれます。「赤外線写真」では、絵の下に隠された「黒い色」を見ることができます。高橋由一の《司馬江漢像》をこの方法で写してみると、下にもっと若い男の顔が見て取れます。「紫外線写真」では、絵が描かれたあと時間をおいて絵具を塗ったときにできる黒い点や、50年くらい経過して痛んだり剥げたりした絵具を補ったときに映る、青白いぼおっとした箇所が見出せたりします。原田直次郎の《靴屋の阿爺》など、きれいに見える作品からは想像できませんでしたが、先の挙げた黒い点も、修復したことを示す青白く光る箇所も、どちらも見出せました。また通常の光を一方向からのみ当てる「測光線写真」は、画面の凹凸をよく見せる技術でした。

今回の展覧会では「X線写真」や「赤外線写真」を使って、仕上がった作品とは別の下絵が見出せるものは、比較的少なかったのではないでしょうか。でも、貧乏をした画家たちもいた筈で、新しい画布を次から次へと買えないときには、一度描いた絵の上に、新しい絵を描いていったようなケースがけっこう多くあったのではないかと思います。また、時おり”下書きのときに鉛筆を使って描いたのがよくわかる”式の解説を見ました(または音声ガイドで聞きました)が、よほどハッキリ描かれているときは分かりましたが、それ以外は「えっ、ホント?」というのが私の正直な感想でした。やはり、油絵を「読む」作業もは、ある程度基本を理解して、数をこなさないと簡単ではないように思いました。ただ、絵画の修復は、青白いぼおっとした光を「紫外線写真」からけっこう見出したと思いますので、かなり補われているのだなと想像できました。

これまで私は、展示作品すべてに対してこうした写真を付けて見せる展覧会など知りませんでした。経験があるのは、展示した作品のごく一部に「X線写真」や「赤外線写真」などを添えて、この絵には実は別の下絵が描いてあったのだ、などと解説を付けるケースです。これはとても意義のあることだと思いますが、今回のように、すべての展示作品に4種類の写真を付けて見せるのは、その意義を考えながら回るとちょっとキツイものがありました。まあ、慣れていないことですから仕方ないことかもしれませんけれど。

本展覧会は明治期の洋画に名を残した画家たち、具体的には高橋由一、百武兼行、国沢新九郎、山本芳翠、五姓田義松、浅井忠、小山正太郎、松岡寿、原田直次郎、原撫松、長原孝太郎、中村勝治郎、黒田清輝、久米桂一郎、藤島武二、湯浅一郎、岡田三郎助、小林萬吾、矢崎千代二、白滝幾之助、満谷国四郎、和田英作、中沢弘光、山本森之助、赤松麟作からフォンタネージ、ワーグマンといった外国人の作品が64点展示されています(ほとんどは東京藝術大学大学美術館が所蔵している作品ですが、高橋由一の手になる10点のうち6点は、金刀比羅宮博物館所蔵の作品でした)。ですから、作品の「内部」を読むのに疲れてしまったとしても、これらの作品をじっくり見つめてきたらいいと思います。いいチャンスです。
【2001年8月30日】


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