東北・北上山地・薬師岳・滝川又一沢〜猿ケ石川本流下降


2000.8.13〜14 佐々木(単独)


 早池峰山の南にたたずむ薬師岳(1645m)の、以前から気になっている不遇な沢を遡下降した。蛇紋岩の早池峰山と違って薬師岳は花崗岩で構成されており、清冽な水と発達した岩盤が印象的だった。

又一滝 8月13日(晴れ) 遠野から早池峰神社のある大出まではバスで50分。登山道入り口の馬留へはさらに1時間ほど緩やかに登っていく。途中、道沿いの猿ケ石川は少し濁って両岸の木々が倒されていた。1週間ほど前の集中豪雨(薬師岳で65ミリ/h)の影響だ。

 馬留から涼しい山道に入り、30分で又一滝(写真上)に着く。遠野名物の木彫り河童も入った祠に賽銭をあげ、無事を祈願して遡行開始。14時50分。下から見る限り10mにも満たない又一滝だが、右から小さく巻いて落ち口付近に出てみると、滝上部は幅20m、長さ60mほどの美しいスラブ(写真中)が続いていた。西ゼンの第1スラブのように下からは滝末端だけが見えていたのだ。資料によっては又一滝が落差8mとも30mともなっている理由がこれで分かった。スラブそのものは傾斜は緩いので快適に登れる。

 さらに20mのナメが続き、釜をもつ小滝を過ぎると薬師岳への登山道が横切る。いったんゴーロとなったあと、再び高さ15m、長さ30mのナメが現れる。釜の深い4m滝は右から小さく巻く。

 豪雨の爪痕はすさまじく、現在の水位から2mもの高さまで出水したことがわかる。ナメは流石で埋まり、新たな岩盤が露出している。流れに近い木々は倒され、沢幅そのものが広がった感じ。右岸から5mCS滝が注ぐと傾斜が増し、階段状にスラブが続くようになる。長さ20mのトイ状ナメ(写真下)や12m三段のナメ滝は快適に通過する。

又一滝の上部スラブ やがて双方が滝となった顕著な二俣(水量3:1)で、左の本流はさらに急傾斜で連瀑が続くようす。左岸にかろうじて一張り分のスペースを見つけ、この先のことを考えてまだ早いが泊まることにした。16時30分。焚き火もせずブヨ攻撃の前に早々にテントに潜り込む。

 8月14日(晴れのち曇り) シュラフカバーだけだと寒くて眠れなかった。寄る年波には勝てぬ、か…。仕方なく3時には起きだしてお茶を湧かす。5時50分に出発するとすぐ連瀑が始まる。多段30mからさらにスラブ滝が続く。振り返れば遠野盆地が見渡せる。

 滝がなくなると巨岩の乗っ越しに苦労する。水量が同じの二俣は左に入る。湧き水となって沢形は消えてしまうが稜線はまだ遠い。磁石をふりながらコメツガやアオモリトドマツの樹林帯を登る。ヤブよりも岩と岩との間に開いた深い穴に気を使う。クマでも出てきそうで心地が悪い。

 奥秩父を思わせる詰めを1時間10分頑張って登山道に出た。7時55分。岩の間をすり抜けて薬師岳頂上着は8時10分。頂上からの展望を楽しみにしていたのに、ちょうどガスがかかってしまった。小田越に向かう北西の登山道を5分行ってから猿ケ石川めがけて下降する。又一沢の詰めよりも風倒木が多くやっかいである。40分下るとやっと水が出てきた。

トイ状のナメ この沢も下るにつれてやはり花崗岩の岩盤が顕著となる。左岸から2:1の水量で枝沢を合わせるとスラブのナメとなる。惜しむらくは豪雨の影響で埋まりかかっている部分が多い。やがて幅広くすっきりした長さ50mの大ナメが現れた。明るくて気持ちのよいところだ。淵と張り出した岩盤を過ぎると単調な大岩のゴーロ帯となる。水は清くイワナの影が走るようになった。釣り人らしい足跡を見る。

 あきあきするころ再びトイ状にえぐって流れる岩盤となり、釜をはさんでさらに沢幅いっぱいのナメ床が続く。末端は二条の8m滝で左岸から下りる。すぐ堰堤が現れたので左岸を上がってみると道があり、赤いナメ床の沢を渡ると林道だった。12時25分。堰堤の下流に七郎沢が右岸から合流していた。長い林道歩きで大出に再び戻り、歴史ある早池峰神社を見学した。

 【コースタイム】 (8/13)大出13:00 馬留13:57〜14:05 又一滝14:30〜50 二俣16:25 幕場16:30〜(8/14)5:50発 水消える6:35〜45 稜線7:55 薬師岳8:10〜25 下降開始8:30 水現れる9:10〜9:20 大ナメ10:07〜15 堰堤12:20 林道12:25〜50 大出14:25


HOME1970年代の沢1980年代の沢1990年代の沢2000年代の沢