ものぐさ精神分析

岸田秀 (青土社、1977)

 

著者の処女出版。その後陸続と著作(本書も含めて、ほとんどすべて既発表稿の寄せ集め)が上梓されましたが、それぞれテーマは違っても、理論的支柱はほとんど変わっていないようです(全部を読んでいないので知りませんが、著者自身がそういっています)。岸田ファンはむしろそれをよく承知していて、「このテーマを例の手法で料理すると、どんな結論になるのか」と期待するのでしょうし、岸田理論を認めない人にとっては、「またくだらん戯言を…」ということになるのでしょう。たしかに、面白いけれど証明不可能な理論、という印象はありますが。

「精神分析」という書名のとおり、森羅万象をフロイト理論で滅多切りにしてくれようという著者の意気込みは相当なものです。著者によればフロイト理論は、集団(民族、国家を含む)の精神構造(メンタリティー)は個人の精神構造と同じという前提に立っているそうで、「日本はペリー・ショックにより分裂病になった」とか「アメリカは先住民虐殺を隠蔽しようとして神経症になった」とかいう著者の主張も、単なる比喩ではないそうです。この本の中で最も面白く、かつ最も怪しい部分です。

これらの主張の正しさを検証する方法は、理論的にはあると思います。ちょうどフロイトが、神経症の病因となった客観的事実(と思われる事象)を患者自身に意識化させることにより患者を治療したといわれているように、日本人もアメリカ人も、自民族の歴史を冷静に客観視することにより、「治る」ことができればいいわけですが……。

1970年代半ばの文章なので、さすがに客観的事実を述べている部分では、その後の科学(とくに霊長類学など生物学の領域)の進歩により否定または疑問視されている内容もいくつかあります。また近年、フロイトの精神分析そのものに対する根底的な批判が行われているようです。が、それらを差し引いても、とにかく面さではピカイチです。

 

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