食 と 文 化 の 謎

―Good to eat の人類学―

マーヴィン・ハリス (板橋作美 訳、岩波書店、1988)

 

ヒンズー教徒は牛を食べない。イスラム教徒は豚を食べない。広く知られたこれらの「食のタブー」については、たとえ当該社会の人たちの間で、それを「食べない」ことの理由が了解されている場合でも、他の社会の人間には理解不能か、強引なこじつけと感じられるもの。そこで、文化人類学をはじめ近代的学問がさまざまな説明を試みてきましたが、どの説明も多くの人を納得させることは難しいようです。

しかし、ここに強力な理論が登場しました。しかも、個々のタブーを個別に説明するのではなく、すべての「食のタブー」の理由を統一的に説明できるのです。理屈は単純です。それを食べてしまうと、彼らは生きていくことができなくなるから。難しくいうと、所与の環境条件下で特定の食物の採取と消費にかかわる、cost と benefit のバランスを彼ら自身が経験的に知っているから。もう一度わかりやすくいうと、要するに経済効率ですね。

この理屈を広げると、ヨーロッパ人が馬肉を食べず牛乳を飲むことも、また日本人が逆に馬肉を食べ牛乳を飲まない(大人が牛乳を飲む習慣がない)ことも、さらに世界にはペットや昆虫を食べる民族がいることも、ものの見事に説明できるのです。著者はついには、なんと人肉食の原価計算までしてしまうのですから! タブーを伝える人々の一見合理的な「理由づけ」は結局、その経済効率の原理を明確には説明できない彼らが考え出した、いわば代償理論というわけなのでしょう。

ともかく、諸民族の「食の文化」というのは、この理論ですべて説明できてしまいそうです。いや、「食」だけでなく、およそあらゆる文化現象は、結局は経済的効率性に規定されているのではないか、と思いたくなるほど。

軽妙な文章は大変読みやすく、レヴィ=ストロースの難解さに辟易した経験をお持ちの方にも、安心してお薦めできます。

 

厳選読書館・関連テーマの本
牛乳には危険がいっぱい?
なぜ牛は狂ったのか