に。
セリスの話は多分ここ数日でかき集めたもののようだった。
妙に生々しいレースの理由を語っていたが、ボクは右から左へ流して聞いていた。
実際、そんなもの聞いたって仕方ない。
適当に頷いて、適当に流す。
どうやら新型戦車を、うちのアングリー陛下が無理矢理運転したらしいって話だ。
話を促してさっさと先に話を進めさせる。
全くシャストアは回りくどくて話が長い。
見ろよ、スミカなんか話している間に先刻の契約書剥がして持ってきちまったじゃねーか。
「どっかーん!ってわけで、戦車は大破。もちろん、アングリー王はカンカンさ」
それは聞かなくても判るさ。
全く、あの白雉王は……と、口に出したら憲兵に捕らえられるかも知れないから口にはしないが。
「『くそぅ、こんどはもっと丈夫な戦車を作れ!』そう言うわけで、2つの会社が名乗りを上げたんだ」
「これが、その内の1つ?」
と差し出したスミカから依頼書を奪う。
情けない声を出す彼女を無視して流し読みする。
『戦闘レース参加者募集:募集要項〜
フェラーリ馬車総合商社』
「フェラーリって会社?」
ボクは軍事に詳しくない。
「そうそう。そして、もうひとつが……」
まだオヤジの声が聞こえる。
その様子から、依頼書を張ろうとしているのは確かなんだが、妙にもめているようだ。
「ほら、アレ」
彼の声にボクも目を向ける。
『……判りましたよ。でも、今度からこんなことしないで下さいよ』
何だかそんな会話が聞こえる。
結構身なりのよい紳士がやたらとでかい紙の筒を握っている。
「ねぇ、あれって……」
「なぁ、突っ込んでいいか?激しくツッコミを入れていいか!?」
馬鹿野郎。
思わず激昂しちまうだろうが。
何だよあの、普通の依頼書百枚を並べて作ったような化け物のような依頼書はよぉ!
「まぁまぁ……」
ボクの目の前で、依頼書全てを覆い尽くすようなその依頼書を、紳士は何事もないように張り付けていく。
「あらら……他の依頼、いっぱい隠れちゃったよ……」
「いくら何でも、大きすぎだろ!?」
ボクはセリスの腕を振り払うと、依頼書を指さして叫ぶ。
激昂の相手がいないから、止めたセリスに白羽の矢を向けたってボクは文句はない。
どうせこいつは滅多な事じゃ堪えないんだし。
「見ての通り、派手好きな会社でね。ランボルギーニって会社なんだ」
セリスの話だと、両方とも有名な戦車の会社らしい。
確かに軍備ってのはそれだけですさまじいもうけを生み出す。
そもそも壊すために作るものだ。いくらあったって足りない。
「ここで王城に売り込むことができれば、その利益は計り知れないからね。どっちの会社も懸命なわけさ」
「一台売れただけで?」
ボクの右手は神の速度を上回った。
いや、これはミュルーンの領域か。
くだらない事を呟いたスミカの額に裏拳を入れる。
「あっ……」
「そんなわけないでしょ。っつか、馬車一台っきりで戦争なんてする?契約して、量産して、納入するんだよ」
全くこの無知蒙昧が。
「ちなみに、先日壊れた馬車が、フェラーリ製でね。彼らとしては、後がないらしい」
最初にアングリー王の評価を思いっきり下げちゃった訳だ。
「負けるわけには行かないんだ」
セリスは頷く。
「それにしても最初の段階でこけちゃったらねぇ。第一、無茶な運転をする陛下も陛下だけど」
「まぁね。でもアングリー王曰く『こんな程度でも駄目か』だそうだ」
そりゃ無理だ。思わず肩をすくめるセリスに、ボクはため息で応える。
「……んで?入札の方法は?」
「うん、それがね、レースって訳さ。それもお祭りにするみたいだよ」
「おまつり!?」
思わずボクものけぞった。
今の今まで目を点にして首を傾げて、殆ど我関せずと言う風で理解していなかったスミカが、セリスに詰め寄っている。
単純というか、何というか。
「おまつりが、あるの!?」
というのか。
お前は、それしか聞いていないのか。
セリスも困ってるじゃないか。
「あ…あぁ。人が集まるイベントになれば、知名度も上がるからね。ランボルギーニ社らしい、したたかなやり方だと思うよ」
にへらーっと顔がとろけていくのを、ボクは白い目で見つめる。
両手を顎の下に持ってきて、肩を小さく丸める。
「おまつりかぁ……えへへ……いろんな出店が来るのかな」
「まぁ……お祭りだから、来るかもね」
「わたがしとか、あるかな?」
「……ぇ?」
「たいやき〜……りんごあめ〜……」
「…………」
「ぉぃ! いーかげんにしなさい!」
今日二回目の裏拳。
でも、今回の裏拳はクリーンヒットしたにもかかわらず、彼女のにへらは変わらなかった。
目で合図すると、セリスも小さく頷く。
――無視しよう
ともかく仕事の話だ。
今回のレースは出来レースの色合いは強い。
実際に仕掛けたのはランボルギーニだが、あくまで『フェラーリにチャンスをやる』ような仕掛け方に見える。
確かに新型戦車を作れ、という王の命は確かだが、フェラーリは既に失敗しているのだ。
譲る必要はないはずだ――だから、ランボルギーニは何か狙っているのは確かだ。
彼らとしてはフェラーリの空いた穴に自分の利権を持ってこようとしているのだろうが。
タマット主催で賭が行われる事になっているが、それ自体臭い。
なぜならば、このレースを考案したのはランボルギーニだからだ。
「臭いですね」
「うん、臭うね」
一瞬ぱちくりとスミカが瞬いて、ボク達をきょろきょろと見比べて、ぽっと頬を赤くする。
「今何か勘違いしたな!ええい、そこになおれっ!今日はもう一度お説教してやるっ」
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