いち。


 ボクは暇だ。
 はっきり言って仕事があるのに暇だというのは情けない話だが。
 でも、仕事場から逃げて酒場にいるのは別に好きでやっている事だ。
 第一問題が在れば、あの師匠のことだ、すぐに「あぽーつ」される。
 ボクは持ち物かっつーの。全く。
 ああ、一度そう口答えしてみたんだ。
『ん?あなたはナオちゃんのみっつのしもべだよ』
 そんな風に答えられて、絶句したのを覚えている。
 あ、彼女は自分のことを『ナオちゃん』と呼ぶんだ。
「あ、いらっしゃーい」
 からんからんと酒場に似合わない鈴の音のでる扉をくぐって、見覚えのある貌が姿を現した。
 言うまでもないが、スミカだ。
 こいつ飲んだくれる時はすぐ倒れて記憶なくす癖に、次の日はけろりとしている。
 ボクが神殿の入り口までおぶってやった(その後ゴミを捨てるように放置したことは言わない)のも覚えていなかった。

 ああ、そうだ。
 彼女はこの空白の期間のうちに例の滅ぼした村(繰り返すがボク達のせいじゃない)の神殿長になった。
 晴れて村人になったのだ。
 滅びた村を彼女が復興したんだ。
 村長も村人も信者も神官も同一人物一人というちょっと困った状態かも知れないが。
 そのせいか。
 ボクに簡単に挨拶を返して、彼女はいつものようにテーブルに突っ伏す。
 ぷすぷすと音を立てそうなぐらい、気落ちしているのが判る。

 気分が落ち込むのは判る。
 実際、あいつらと一緒だった一年というのは異常に短く感じたし、異常に仕事が舞い込んできた。
 仕事そのものが長期にわたる物も多かったし、報酬も破格だった。
 その御陰で、たった一年で資金を稼いだファットマンは一年で去ってしまったのだ。
 あの時期は楽しかった。
 まあ、スミカはいつも怪我だらけで倒れていた気がするんだが……
「よくそんなに落ち込んでいられるねぇ。……飽きないの?」
 いい加減彼女のこんな様子も見飽きた。
 まぢな話、いつまで落ち込んでやがるんだ。
 ここに来た途端お茶だけ頼んでテーブルに突っ伏して、きょろきょろ店の中を見回すガヤン神官が何処にいる。
「何よぅ、他人事みたいに……」
「他人事だもん」
 だからボクを巻き込むんじゃない。
「だいたい、神殿の責任者が昼間っからこんな所で飲んだくれてていいの?冒険者だって職がなくなりそうな、不況な世の中なのに…」
 実際うちの店ももうけが半分位になった。
 元々魔法のアイテムを売る『魔化屋』ってのは法外な金額をふっかけてお守りを売る物だ。
 だって聞いてくれ。
 ボクがたった小一時間で作った『お守り』なんか、十日分の生活費を生み出すんだぜ。
 …まあ、その殆どを師匠が持っていくし、もうけその物は大した金額じゃぁないし。
 一日一個売れればいい方なのが、今各日一つ売れるぐらいだからな。
 どちらにせよ人のことを言えない気もするが、ボクはここで仕事を拾っているのが仕事なんだ。
 だから、だらけた彼女に活を入れてやる。
「ちゃんとした仕事がある上にえらくなったんだから、相応にきりきり働け!」
「飲んだくれてって……そんな、わたしを『昼間っから酒かっくらってるダメ人間』みたいに言わなくても……」
「紅茶一杯で丸一日たむろするようなヤツは、ダメ人間だよっ」
 う、と言って再び彼女は机に突っ伏して、お腹を抱え込んだ。
 多分ボクの言葉が内臓に響いたに違いない。
「わたし独りでなんて、無理だよぉ……」
 次に顔を上げた彼女の両目から、幅広の涙を滂沱と流しながら訴える。
「そもそも、先ずは神殿の建て直しから始めないといけないのに」
 ボクはため息を付いて肩をすくめてみせる。
 全く、こんなんだからいつも失敗ばかりしているんだ。
「お金がないなんて、それは自業自得でしょ。冒険の度に、大けがをして治療費がかかっているんだから…」
 大体、あれだけ安全な冒険でどこでどうやったら怪我をすると言うんだ。
 ボク達は必死になって護ってやっているにもかかわらずつっこむし。
 戦闘を任せたら血まみれで倒れているし。
「全く、よくも毎回そこまで不器用にねぇ。少しは治してやってる方の身になってよね」
 なんだか色々思い出してきたな。
 そう言えば、エグで市長救出依頼の際、『スカンク』作戦を実施した時も、こいつぶっ倒れてたよなぁ。
 離せって言ってやっているのにずっとあのカルロスの脚、つかんでるんだから。
「……なんだか腹が立ってきたな。いいや、そこ座れよ。今から叱ってやるから」
 どうせ暇だし。
「もう座ってるよぅ」
「正座に決まってんだろ」
「うわーん!?」
 やっぱり暇なときはこれに限るな。
 とりあえず言いたいこと一杯在るし、仕事はないし、天気はいいし。
 どうせならこのままその辺の柱に縛り上げて『恐怖』辺りでいぢめてやりたいけど。
 むずむず。
 うーん……そこまで、彼女にやるのはちょっと気が引ける気がするのは、多分気のせいだろう。
 何でだろうか。
 どうせならこう泡吹いて白目剥きながら怯えるスミカを見てみたいんだけど。
 身悶えして離れようと無駄な努力をしながら、動かない腕を振り回そうと躍起になる。
 そんな彼女を。

 ……ちょっとだけならいいかな?

「あ……セリス……」
 む。スミカの視線が逸れる。
 ちょっとボクは眉をつり上げる。
「セリスじゃないだろ。よそ見せずに…人の話をちゃんと聞いてる!?」
 やめだ。
 本気でいぢめてやろう。
「おねーさん、軽い物よろしく」
 とは思ったが、聞き覚えのある声がボクの耳を刺激する。
 ……気がそがれた。
 というか、こいつの見てる前で『恐怖』ってのも、なぁ。
 ボクが顔を向けると、すぐ隣に奴――セリスが席について小首を傾げるようにしてボクを見る。
「……みょーに珍しいモノを見てしまったような気がするけど……新手のプレイかい?」
「ん。ヒマだったから……」
 あ、スミカの貌が思いっきり泣きそうになった。

「相変わらずうじうじしてるから、からかいたくなるんだよね」
 というか、これはボクの癖だし。
 セリスはセリスで、その過程をよく知っているらしい。
 得心した貌で頷くとスミカの方に目を向ける。
「……神殿をどうしようって話かい?あれほどドジな君が、やっと認められたんじゃないか」
 誉めてるような口調で、かなりけなしているような気がするが。
「僕は逆に、よく今までガヤンの捜査官が勤まったもんだと感心しているよ」
 笑いながら両腕を大きく広げて、最後に右掌をぴっと顔の側で立ててウインクする。
 決まっているんだが、その科白はやっぱり誉めてるでない。
 というか思いっきりけなしている。
 奴はさらに首を傾げ、眉根を寄せた。
「……いや、捜査官が勤まらないから、廃村の神殿を任されたのかな?そう考えてみれば、左遷?」
 スミカがますます悲しそうに顔を歪めるのを見て、ボクは少しだけむっとした。
「まぁまぁ、そんなに顔をしないで」
 別にその険悪なムードを察した訳じゃない。
 こいつは絶対に何か話題(ネタ)を持ってきたに違いないんだ。
 ボクやスミカと違い、こいつは飄々と街をうろついている。
 それがシャストアの神官の所以たるところだろうが、大抵この店に入る時はボク達に用事がある時だ。
 スミカをいぢめているのは、挨拶がてらと言うところだろう。
 彼女を励ますように肩を叩いて掲示板を指さす。
 冒険者宛だけじゃない。従業員募集から恋人募集まで、様々な用途に用いられる掲示板だ。
 この店のオヤジの趣味か、赤い大きな○に済の文字が浮かぶはんこを押された物は契約済みのもの。
 終了すれば剥がされるシステムだが――時たま、再募集する事もある。
 まあ今は恋人募集とか、猫さがしてくださいとか、犬貰ってくださいとかそんなのばかり。
 ところが、指さしたとこでカウンタ向こうのオヤジがなにやら指示をしているところだった。
「馬車の会社が、戦闘用馬車を売り込むためのレースをやるらしくてね。御者をやる冒険者を募集しているんだ」


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