まずは。
まあ。
このボク、天津蔭尚は一応はカルシファード出身の師匠(別にボクがカルシファード人だという意味ではない)に付いたウィザードだ。
そんじょそこらには見ないような連中と一緒に冒険を謳歌している。
何故旅を続けるんだって?
簡単だよ。師匠は口うるさいし、ボクを使いっぱしりにするし。
あまつさえ呼び出したと思ったら、自分は遊びに行ってボクは店番だぞ?
『でていく。カゲヒサ』
一言書き置きして冒険者になったって訳だ。
……未だに、師匠から逃げおおせた奴はいないが(ボクを含める)。
この間、ちょっとした冒険をした。
なにやら、どこかその辺では『ポワティエの戦役』とか呼ばれているらしいが、まあ言う程のものじゃない。
ちょっと一つの村を滅ぼしただけだ。
まて、悪名は広まっていないからな。一応、念を押しておく。
なにやらボクは『白の軍師』などと大層な二つ名を頂いて、とある帝国の軍師を負かしたんだ。
大抵、そう言う冒険の後ってのはでかい報酬が入るので、そのままどんちゃん騒ぎになる。
行きつけの、そしてファットマンが住処にしている宿屋の食堂に集合していた。
簡素な作りでボク好みの宿屋だが、ボクは師匠の店で寝泊まりしているから関係ない。
全員にエール酒が行き渡り、一人馬鹿でかいジョッキを片手に持ったファットマンの号令一下、いつもの乾杯が行われた。
特にファットマンは豪快に上機嫌だった。
「がはははは!白いのも小さいのも、今回はよく頑張ってくれた」
どうやら白いのってのはボクのことらしい。
少し複雑だ。
まあ、悪い奴じゃないから、ジョッキを持ち上げてだけ応える。
ちいさいのってのは――青い色が二人いたせいか――スミカの事らしい。
彼は相変わらずにこにこしていて何を考えているかは、判らない。
「…妙に上機嫌だな」
隣のセリスを肘でつつく。
彼だけ、何故かエールがグラスに注がれている。
グラスを指で支えるようにつかみ、傾ける。
「さぁ?いつもの事ですよ」
言いながらも表情を変えない。多分、理解して居るんだろう。
ボクはウィザードだが、こいつの思考回路と能力は買っている。
そう、真っ直ぐにしか進めない馬車というか、力に喩えるならパワーファイターであるこのボクに対し、彼は技を持っている。
簡単に言えばペテン師ってやつだ。
とボクが彼と話して、思考に没頭しているうちになにやら――既に三杯目に入ったファットマンが叫んでいた。
「俺は俺のハーレムを作るぜ!」
アリューゼと意気投合しているらしい。
普段はあんまり仲の良い二人ではないんだが、時々こうして意気投合している。
多分仲が良いんだろう。
なにやら怪しげな会話が交わされている中、ボクは視線を巡らせた。
リーダー格、突撃巨漢のファットマン。
彼の剛腕に敵うものはいない。ボクなんか一撃で気絶させられるだろう。
ただ…あの怪しげな視線と思考回路にはちょっと付いていけない。
あとネーミングセンス。
彼の隣で4杯目に入った(せいでもう正体不明だが)アリューゼ。
こいつとはつきあいが短いせいでよくわからない。
左隣のセリス。そして――ボクの右隣、唯一にして無二のまともな人間がスミカだ。
んー、あー。まともってのは『お天道様に顔向けできる』ってことで、中身はダメダメだ。
今だって、エール半分も呑んでいないのにもう目がとろんとしてきている。
また酔っぱらったこいつを神殿に捨てて来なきゃいけないんだろうな。
ガヤンって奴は便利で、門前に捨てておけば勝手に拾っていってくれる。
これがシャストアだったら、柱の影で隠れて覗いていて、密かにネタにしてしまうんだろうが。
まあ、何となく組んで、何とはなしに一緒に仕事をしてきたが、まともに目標があったのは二人だけ。
ファットマンと、アリューゼだ。
多分境遇、その生き方が似ているせいなんだろう。
こんな時、ああやって意気投合しているのは。
そう言う意味ではボクとセリスはそっくりと言うべきだろうか。
自分の能力で、もっと――そう、二人には悪いが――広い、長い視野で物事を捉えている。
だから、ボクの視線にも気づかないスミカとファットマンの会話にもボクは戸惑わなかった。
「つぎのぼうけん……うちのパーティ抜けちゃうの!?」
「おーい、おにーさーん、エールお代わり」
とりあえず財布に余裕があることを確認して、アリューゼと話している男に声をかけた。
が、取り合って貰えなかった。
やがて彼は音もなく立ち上がって連れ立っていった。
少し様子がおかしいような気がした。
「……なんだ、給仕に注文してるんじゃなかったのか」
ボクは思わず呟いて、側を通った女給を捕まえてエールを注文した。
何せ初めての店じゃどうにも信用されないからね、ここぞとばかりに呑んでおかないと。
「……あれ? アリューゼは?」
って、スミカ、おまえ今頃気づいたのか。
ファットマンですら判っている風だというのに。
ボクはため息混じりに応えてやる。
「さぁ? さっき、見たことないお兄さんに声をかけられてたけど…おおかた、上納金を滞納して消されたんじゃない?」
む。
ちょっと棘が多すぎたかな。いつもの事なんだが…彼女の貌が暗く翳った。
ファットマンがでていく、というか別れるのは想像できる話だったってのにな。
慣れたつもりのボクですら口調に混じるとはね。
そして案の定、ゆらりと身体を揺らして、片肘をテーブルに載せて身体を支えながら彼女は身を乗り出してきた。
「セリスとカゲヒサは、どうするの?」
並んだボク達を見比べているのか、ただ酔ってて頭が揺れているのかは判らない。
視線は一度セリスとボクを揺れる。
「そうだねぇ……ずいぶんとドジかと思うと、君は時にとんでもない冒険に巻き込まれる」
セリスが口を開いたから、ボクは彼女を観察する方を選んだ。
泣かしたくなるが――まあ、ここはやめておいた方がいいだろう――セリスもいぢめるような質じゃない。
「まだまだ僕にとっては面白い物語に値するよ、君は」
…と、思う。
複雑で余り嬉しそうじゃない貌を浮かべてスミカは応えた。
「……何を言ってるのかさっぱり分からないよ、セリス」
「ネタになるってことさ、君は」
うん。多分、彼なりの気遣いだろう。半分本気だろうが。
頭の上でくしゃくしゃのラインを飛ばすスミカはふいっと視線を向けてきた。
「ボク?」
思わず人差し指をくわえるような格好で指さしてしまった。
彼女の目がまるで縋るような光でボクを射る。
「んー……お師匠さまからは、好きにしていいっていわれてるんだよね」
これは事実だ。
裏を返せば『どこで何をしていても、即座に連れ戻せる』っていう自信の現れなんだろうが。
まあここで愚痴ってもしかたない。
「今のところ呼び出しもないし」
師匠の『呼び出し』魔法もまだ感じないし。
あの野郎、強制転送(しかもボク限定)で呼び寄せるんだよなぁ。
この間風呂入ってる時に転送されたときはどうしようかと思ったよ、まぢで。
「じゃぁ、カゲヒサもまだとーぶんここにいるんだぁ?」
たん、と軽く机を叩いてさらに身を乗り出す。
嬉しそうな、期待に満ちた貌。
……そう、裏切りたくなるような。
「当分かなぁ?最近呼び出しがないからね」
でも、嘘は言いたくないし嘘は言わないのが主義だ。
期待させて喜ばせるのも、嘘で喜ばせるのも嫌だ。
期待を裏切っていぢめる方が良いが、嘘でいぢめると罪悪感が残るから嫌だ。
だからさらりと本当の事を伝えた。
彼女がどういう解釈をしたのかは判らない。
その直後、無言無表情のまま数杯呑んで、叫んで、いつものように机に突っ伏したからだ。
ファットマンと今生の別れをジョッキ一杯で済ませ、ボクはセリスと彼に片手をあげて別れを告げた。
「変なことするなよ、白いの」
「あんたじゃないよ、でかいの」
完全に意識のない彼女を片手で担ぎ上げる為に魔法を使い、足りない背で彼女を頭の上を使って載せる。
「じゃ、またこの世のどこかで」
「ああ」
ファットマンの声がボクの背中に届いた。
そして、一月経った今も、ボクは彼に会えないものだと思っている。
特に夢を果たした彼の、夢の場所では会いたくはない。
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