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Fastest Tribe
Chapter:1

第2話 逃避


 まだまだ、自分は大学の頃と変わってへん。
 けど、もうダートは止めた。Sからも降りた。
 そんなつもりもぜーんぶひっくるめて、マツダのデミオを購入した。
 もちろんスポルト。念を入れてCVTモデルを選択したら、綾の奴『あやかさんには似合いませんね』とか抜かして。
 いつの間にかいっちょまえになってて、ほんまびっくりした。
 綾ちゃんでもやっぱ男の子やったって事や。
 それを考えたらちょっと惜しい事したかも知れへん、なんて。
 うちには感傷は似合わへんけど、仕方がない。
 気がついたらガレージの中で、この子を眺めている自分がいる。
 もう走らないつもりだったのに、わざわざ念を入れてATだっていうのに。
 DE05FSは軽量コンパクトの車体に、小さな1.5リッターの実用エンジンを収めた車。
 トルクはフラットで極端に使いにくいところもなく、初心者向けの実用車やと思う。
 実際おもしろみもない。
 ホンダならエンジンをかけただけで背筋がぞくぞくしてくるものがあったけど、エンジン音が綺麗なのが好感が持てるだけ。
 高回転でくぉうんと綺麗な音を奏でるZY-VEは、決して回らない悪いエンジンちゃう。
 でも、高回転まで伸びきるような、ホンダの官能的なエンジンとは比べる方が無理ってもんやろ?
 DY5Wに乗ってた友人の横に載せてもろた時に聞いたあのエンジンの音と、柔らかく粘る足が気に入ったのはほんまやけど。
 もう山にはいかんつもりやった。
 実際、1年はこの子に乗るんもためらってたとこあったって言うのに。
 うちはいつのまにか、いつもの場所にいつものように走り始める自分がいる事に気づく事になる。
 仕事を終えて、家で休んでいて、何か薄っぺらくて希薄な空気が漂う。
 一人しかいない広すぎる家。
 でも、もうその先に逃げ場などなくて、忘れてたはずやのに流れるようにジャケットをひっつかんで袖を通す。
 ポケットにはいつものようにねじ込んでおいたグローブ。
 慣れた手つきでそれを通して、キーレスにハザードで二回点灯の応答にうちは。
 多分笑っていた。
 判らへんけど。本当にそれでいいのか、自問自答しても答えなんか出ぇへん。
 もううちは走りから足を洗って、車に逃げ場を求めるなんてしない、そんなつもりやったのに。
 こうして、今にも飛び出せる格好してる。
 うちにとってはクルマは、走るということは本当に大事で、この子だってまだ壊したところだってない。
 ならしはきちんとしたし、オイルだって調べて変えてる。
 トーヨートランパスR27の剛性の高さと、ごつごつと堅めのスポルト専用サスペンションはDY5Wの猫足をよりハードに締め上げた感じで、フラットトルクエンジンと相性は抜群。
 うちのテクなら、同クラスで負けはありえへんやろ。
 そこまで考えて頭を振る。
 違う。そんなん違う。心配すんのはそこちゃうん。

『らしくないで』
 
 はっとして、振り向く。もちろん誰もいないし声なんか聞こえる訳ない。
 でも、確かに背中を押してくれた気がした。
 そや。うじうじ悩んどらんで、とりあえずどりゃーってやってから困るなりなんなりするんがうち流やったはずや。
 行こう。話は、きっとそれからでも遅くないはずや。
 うちにはまだこの子がいるんやし。


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