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Fastest Tribe
Chapter:1

第1話 墜落する夢


 気になることがある。
 ふわりと身体が軽くなり、空を飛んでいる夢を見た事があるだろうか?
 そんなに珍しい事じゃない。夢だから論理的におかしくたって問題もない。
 でも、それが自分の意志じゃないことは大問題だ。
 雲が流れている。自分の目の前から後ろに向かって。いつまでもいつまでも続く蒼い色と白い色の斑模様。
 僕は本当に飛んだ事はないから知らないけど、この空はおかしい気がする。
 そして少なくとも自由に飛べないのだから、これは墜落しているはずだ。
 なのにどこも恐ろしくない。ただ、まるで先が見えない。このまま宇宙に到達しそうなほど。
 そしてどこに墜ちていくのだろうと思ったとたんに画面が暗転して、目が覚める。
 見慣れた内装。まだまだ現役と言えるこの車体の内装は決してひからびてはいない。
 手入れは行っているが、そのおかげとも思えない。
 やはりバブル期生産車だけに、オーバークオリティなのかもしれない。
 尤も、某社のバブル期製品は逆に『良くても劣化が早く保たない』と聞いた事もあるけど。
 体を起こし、助手席の背もたれも元に戻す。
 そして外に出てから一度大きくのびをする。ここは通い慣れた場所、いつも来る駐車場。
 周囲には何もなく、誰もいない。時々、休憩のために進入する車を見かける程度。
 もうほとんど、ここにたむろする人間はいなくなってしまった。
 本当にここからいなくなった人もいるし、ただ去っていっただけの人もいる。
 連絡先なんか判らない。だから、もう多分会う事はない。
 それでも自分はまだここに残っている。ここにいなければいけないと人に言われた訳じゃないけど、いつも、車を走らせる為にくる。
 眠くなったら一寝入りする。本当はコクピットで寝たいんだけど、バケットシートでは倒せない。
 頭の方へと向かい、一度自分の車を真正面から眺める。
 ホンダE-EG6、当時の傑作車SiRを掲げるシビックの最上位グレードだ。
 既にくすみはじめた黒いボディは年式相応だと思うけれど、見えない部分のほとんどに新品をつっこんでいる。
 奇跡的にもまだ部販で全て新品が手に入るし、競技で使用するベースでもあるのでリビルト品もたやすく手に入る。
 重要な部分では、クスコの競技部品でほとんど代用できるところもあるし、まだまだ十二分に現役の車と言える。
 でももう新品を開発することはない。
 今更感のある車だが、シャシーのほとんどはインテグラDC2Rと同様なのでほとんど互換性がある。
 そっくりそのままインテグラにできる。
 それを見込めば、EG6の部品を終了したとしてもDC2Rの部品を使用して生き残ることもできる。
 だから、僕はこいつで走る。
 コクピットに回って扉を開くと、聞き慣れた電子音がする。
 そのままシートに滑り込んでキーを半回転。
 かちり、と音がして、ぶうん、と通電すると同時に警告灯とエンジンチェックランプが点灯する。
 エンジンチェック、終了。消灯を確認してそのままイグニッション。
 短くスターターが甲高い音を立て、即座にエンジンは吹けあがった。
 設計だけなら充分に古いB16Aは、NAらしからぬ大きな低音を奏で、太く静かなエキゾーストがアイドリングを始める。
 目覚めを確認してシートベルトに手をかけ、扉を閉める。
 一瞬で暗い車内に、自分が沈む感じがする。
 何も見えないけれど、手を伸ばせばどこに何があるのかがすぐに判る。
 慣れた手つきでスモールを点灯させ、シフトレバーへと左手を伸ばす。
 さあ。
 行こう。いつか夢の中で、飛べるようになるために。


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