和風喫茶『紫』は、ウィッシュの隠れ蓑である。
とは言ったって実は昔っから喫茶店を経営しているので慣れたもの。
もちろんたいていはヴィッツと一緒で、僅かな期間だけ一人で切り盛りしていた。
んだから、専属ウェイトレスであるヴィッツがいねむりしていても気にしない。
純和風喫茶なのでもちろん抹茶メインである。
以前は普通に純喫茶をやってたんだけど、たぶん飽きたんだろう。
鼻歌を歌いながらお湯の具合を見て、棚のお茶の葉を確認する。
大きめの湯飲みもたくさんある。そしてお茶請けは、彼女お手製のヨーカンとかだ。
ちなみに何をさして和風と言うべきなのかは、あんまりつっこみはなしの方向で。
ヨーカンだってたぶんみんな知らないヨーカンである可能性もあるのだから。
がらんがらん
入り口にかけている大きめの鈴が、神社のような音を立てる。
「はろ〜♪きたよー」
「おやまお様、おひさしぶりです」
ぺこり。
「はんじょーしてる?」
「ええ、もうここの司令官殿なんか毎日こられてますよ」
とてとてと、白いワンピースに長いおさげをゆらゆらさせながら、かつての魔王はウィッシュの前のカウンターにつく。
ちなみにここのスツール、木製の4本足に畳み張り、小さな座布団という『こだわりの和風ていすと』になっている。
ぽふ、とざぶとんに腰を下ろして、まおはカウンターに手をつく。
「おちゃとおかし!」
「はいはい、うちはそれしかありませんよ?」
両腕を振り上げて叫ぶまおに、なだめるようにお寿司屋さんの湯飲みに緑茶を注いで差し出す。
小さな漆塗りの器に、おまんじゅうを二つ載せてお茶のそばにそろえる。
「〜♪」
両手で包むようにして、おまんじゅうを半分に切ってぷすりと刺す。
「ところでさ」
まおのすんでるところは、ここからかなりある。もちろんまおにとっては大した距離ではない。
「うん?わーざわざなまけもののまお様がここまでご足労するって事は、よからぬ事ですか?」
「ひとことおおい」
む、と口をとがらせるまお。
まおが言葉を継ごうとしたその時、再び神社の鈴が鳴り響いた。それもやかましく。
しかめっ面にさらに眉根に深々としわを寄せて、不機嫌そうに振り向くまおの目の前に、灰色の色気のない格好をした女性の姿があった。
「……久しぶりだな」
「ゆーかさん」
まおは思わず目を丸くして。
ユーカは口の端を僅かに歪めて笑みを作り。
「ウィッシュ、私には抹茶みるくとぽてとぽてとを頼む」
さっさと注文しながら、まおの隣の席についた。
「はいはい、少しだけ待ってね」
そう言って戸棚の中にある湯飲みを選びながら、足下にある携帯氷室を眺める。
錬金術のたまもの、いつでもどこでもいつまでも氷を保つ、簡単に言えば錬金術を使った冷蔵庫だ。
中に注文のお菓子と牛乳がある。
「しかしまおもいるなら、ちょうど良かったか」
まおは目を丸くしてユーカを見返す。ちょうどまんじゅうをぱくりと口にいれたところだったので、むぐむぐしている。
「なにがですか、ユーカさん」
しゃかしゃかとお茶を点てて、ミルクを注ぎつつにこにこと言うウィッシュに、ユーカは苦笑いをしてみせた。
「私の代わりに、アキに力を貸してやって欲しい」
ユーカはお茶を飲んでお金を払うと、それだけ言い残して立ち去った。
茶碗を片づけながら、まだまんじゅうをもぐもぐしてるまおを眺める。
気づいたように顔を上げ、ぱちくりと数回瞬くとお茶で口の中を洗うまお。
「なに?」
「どうしましょうか、陛下?」
ウィッシュの言葉に、まおは苦笑いして肩をすくめた。
「ウィッシュはもうわたしの部下じゃないよ」
そして、ずぞぞとお茶をすすった。
「でも協力できるとは思うけどね」
にかっと笑みを浮かべて、ウィッシュを見返した。
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