「隊長!絶対変だぜっ」
隊長と呼ばれた男は口元に不機嫌を漂わせて答えた。
「・・・とりあえず変だという理由を言ってみろ。でないとこれ以上の返答できない」
「これだよ、これ!」
ずいっ!と差し出したのは例の鉢植えだ。オレさまのデスクがうるさい場所だなんて失礼な。
だがウェスカー隊長は、何事もなかったように再び書類に視線を戻した。
「そのハーブがどうしたんだ」
「はー・・・ぶ?」
料理好きのジルが身をのりだす。
「これはハーブなの?でも隊長。こんなハーブ見たことないんですけど。食べられるんですか?」
「アークレイ山地付近でしか見られない薬草だそうだ」
「なーんだ。やっぱり何の害もなさそうね、クリス」
「いいやだまされちゃだめだ。きっとこの中に隠しカメラとか盗聴器が隠されて―――」
鉢植えを逆さにしてみる。床にバサバサと土が落ちた。
「・・・・なさそうだな」
「あーあ。しおしおになっちゃった。クリスが悪いんだー」
「うるせーぞジル」
「おふたりさん。ともかくそこを片してくれ」
ウェスカーは決済書類を抱えてオフィスを出ていった。
「なあ、問題はあれがハーブであったことじゃないんだ。誰が持ち込んだかってことだよ」
ホウキ片手にクリスは主張する。
「誰だっていいじゃない。それとも持ち込んじゃいけないって言いたいの?」
「いやオレはだなあ、いったいどんな美女があのハーブを懇切丁寧に育てていたのか知りたいんだよ!」
“美女”という言葉に、その場に居合わせたメンバーが反応する。
「・・・えっちだー。クリス今すんごいニヤけてるー。えっちなことかんがえたでしょー」
「考えてねーよ」
「考えたわよ。鼻の下がのびてるもん」
慌てて全員が口元を押さえる。
「だから美女じゃないって・・・」
「チキン君」
クリスが作ったような笑顔で問いかける。
「で、その根拠は?」
「え?」
ジル、バリー、リチャード、フォレスト、ジョセフ、ケネス・・・みんなの視線がブラッドに集中した。
「さささ、さよーなら!」
クリスのホウキを掻っ攫うと、人一倍気の弱い彼は猛然と廊下へ向かってダッシュしたのだ。
警察署内にさりげなく置かれている鉢植えのハーブは、奥ゆかしくて美人の女性が誰にもないしょでこっそりと世話をして、我々の気分を和ませてくれている。
その美女を探し出して、みんなでお礼をしようではないか!
クリスを中心に、署内の下心ある有志が集まった。
「・・・つーわけで、この植物がハーブであることが判明した。
だけど、何の目的で、そして誰が置いているのかはわからない。
鉢は大量生産されたものだし、ハーブはアークレイの山から採取したものだ。“彼女”につながる手がかりは一切ない」
「いっそのこと署内の女性ひとりひとりに聞き込みするってのは?」
「・・・そうすっか」
ニヤニヤ集団は、そそくさとオフィスを後にした。
「――ジョセフ。なんでクリスたちと行かなかったんだい?」
ホウキを手にしたブラッドが不思議そうな顔をした。
「ああ・・・、チキン君か。マジでないしょだけどな、オレはあの鉢植えハーブに水をやってる人物を知ってるからさ」
「良かった。オレも見ちゃったんだ」
「へえ。そうかい」
ふたりの視線は自然と壁際の隊長席へと向かう。
「ゴールドカードで買い物をするような彼が、鉢植えハーブで飢えをしのいでいるなんて想像できたかい?夜中にあのハーブをちぎって、食ってたんだ。きっとオレは悪夢を見たに違いない」
「オレもそう思う。ちょっと信じたくない光景だったぜ。あの彼が鼻歌交じりでゾウさんジョウロに水を汲んでいるのを見たのさ。オレはその瞬間、マトリックスを経験したぜ」
「・・・おい。他の連中はどうしたんだ、まったく」
閑散としたオフィスに戻ってきたウェスカーの手には、届いたばかりだという彼仕様のデザートイーグルが!
保身のためにも何も言わない方がいいと、ふたりは身震いした。
短絡的な捜査開始後、数時間―――
「けっ!まったく誰だよ。あのハーブが美女のものだってジョークとばしやがったのは」
「残ったのはパートタイムのババアしかいねーじゃんか。あーヤメヤメ」
数少なくなる「美女」の可能性に、有志はあえなく解散してしまったらしい。
結局ハーブを持ち込んだ人間はジョセフとブラッド以外の人間にはわからずじまいだ。
ついには署内のハーブの持ち主は謎の美女で、彼女に会った人間は彼女について語ると魂を抜かれて死ぬ、だから誰も知らないんだとかなんとか、尾ひれをつけて語られることとなる。
むなしい夕暮れの空に、カラスの鳴き声だけが響き渡る。
殺伐とした職務中のロマンスの可能性はこうして幕を閉じたのだった。
「あーあ。どこぞの美女がオレをさらってくれねーかなー・・・」
クリス・レッドフィールド25歳。
今日も裏口の非常階段でラーク片手にサボりを決め込む。それにしても平和な町だぜ、ラクーンシティはよ・・・。
「クリス!隊長が呼んでるわよ、新人が着たんですって」
いつものように自分を呼ぶジルの声がして、クリスはのろのろと腰をあげた。
「なあ、ジル。オレといっしょに手に手を取って逃げてみないか?」
「何の冗談だか知らないけど、クリス。どうせ逃げるんだったら私は年下のかわいい子の方が好き」
「うーん。オレも年上の美女に抱えられてみたいなあ」
「どんな女よ。あんたを持ち上げるって」
後日、このハーブが自分たちの命を救ってくれるステキなアイテムになろうとは思いもしない彼らだった。
1999.07〜08
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[文責:佐々夕映]
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