ハーブの謎
クリス・レッドフィールドがその違和感に気がついたのは、雪解け間近の3月だった。
気づいたからと言って、取り立てて騒ぎ立てることでも事件性のあるようにも思えなかったので、最初は同僚のジルにだけこっそりと打ち明けた。
「なあ、ジル。これっていつからここにあった?」
指さしたのは小さな鉢植えだ。名も知らない植物がこじんまりと咲いている。
「さあ?」
「誰が置いたんだろう」
「知らない。庶務課かしらね」
古めかしいR.P.D.の廊下にポツンと置かれた白い鉢植え。
「そんなの誰も気にとめたりしないんじゃない?もちろん緑があればなんだか安らぐかもしれないけれど、私はそういうの育てるタイプじゃないし」
ジルはクールだ。
「そうか。ジルじゃないのか」
「クリスでもないのね」
「じゃあ誰だろう」
「突きとめて、安らぎのお礼でも言うつもり?」
相変わらずクールな女だ。
手持ち無沙汰でオフィスに行くと、部屋の中にはBチームのエンリコと、上司のウェスカーがいた。
「・・・で、こっちが上から降って来た資料か」
黒いファイルを眺め始めたエンリコの表情がたちまち曇るのを見て、クリスはファイルの中を覗き込んだ。それは今年の新人隊員の資料だった。彼女は着任早々訓練に出されているのだ。その訓練の中間評価が届いたらしい。かわいそうに、この評価では合格ぎりぎりといった所だろう。
「デルタフォースでの訓練状況はイマイチだなぁ」
頭は申し分ないのだが、とエンリコがため息をついた。
「実践経験がないし、18でそこまで期待するのも酷だろう。はじめは後方勤務でいい。育てる価値がなさそうだったら早めに言ってくれ」
「了解。だけど化学知識の必要な事件なんてごめんだな」
「もっともだ」
エンリコ副隊長はいたずらっ子の笑顔を浮かべてフィルムケースにペンで「期待のニューフェイス」と書き込むと、隊長のデスク上の未決書類の中に放り込んだ。
「広報部が来たらこっちの写真のネガと一緒に渡しておけばいいんだろ?」
壁に張られた集合写真をあごで示すエンリコに、ウェスカーが頷く。
「ああ。活動指針やコメントはこちらの封筒に入れてある」
「PRすんのも大変だな」
「これも仕事の内だ。仕方がない。金のかかる部署だし、援助の手は多いほうがいいからな」
上司同士の会話は普段と変わらない。ウェスカーの口元が苦そうな笑顔になった。
「隊長、出かけるんですか」
「2時間ほど市長のところへ行ってくる。あとのことはエンリコとバリーに任せてある」
例の「明るい都市計画」がらみの会合らしい。パワーランチというわけだ。
そういえば彼は見慣れないスーツ姿だ。
一見して仕立ての良さが判ってしまうブランドスーツはセルッティ。ネクタイを定位置におさめたその姿は、S.T.A.R.S.というよりもブラックマーケットの要注意人物だった。しかも似合っている。だが、トレードマークのランドルフをはずし、見慣れない縁なしのグラスに掛けなおすと、ウェスカーの印象はまったく変わってしまう。ウォール街の凄腕ディーラーか青年実業家か・・・おいおい、こいつは俳優かよ。
「クリス。帰ったら、この前の件の始末書を見せてもらうぞ」
ガックリ。せっかくの留守だってのに始末書とは・・・。
「サングラスじゃないと大学教授みたいだ。宿題まで出すなんて」
「案外いい男で驚いただろう?」
悔しいが反論できない。
そしてふと視線を落とした先――
「・・・こんなところにも」
気を付けて見ると、案外いろいろな場所に鉢植えは存在していた。
図書室に1つ、取調室前の廊下に1つ、外階段に1つ。
「いったん気にしちゃうと駄目だよなあ」
クリスは鉢植えを目の前にしゃがみこんだ。
「よう、クリス。どうしたってんだ?」
声をかけられて振り向くと、マービン・ブラナーがいた。彼はこれから非番らしい。
「これだよ」
「・・・鉢植え?」
「誰が育ててるんだろう」
「そうだなあ。たぶん心優しい美人の女性だな」
「いいねえ」
若者2名、そろってニヤリと笑う。
「オレの予想では、S.T.A.R.S.のジル」
マービンの言葉にクリスは慌てて首を左右に振った。
「なんだよ、違うのか?ジルは優しくて美人だろ?」
「本人が違うって言ってんだ。花を育てるタイプじゃないってさ」
「うーむ・・・。では、メイ・リー」
署内の女性だ。マービンは彼女が好みか。
「シンディは?」
「アニタ」
「マデリーン」
ニヤニヤ。ニヤニヤ。
「・・・みんな違う」
そろって振りかえると、そこにはおびえた顔のブラッドがいた。
「なんだ、チキン君か」
「それはやめてくれよぅ」
彼はS.T.A.R.S.だけでなく署内中で“チキンハート”と呼ばれている。もちろん本人はとても嫌がっていた。
「何か知ってるのか?」
「・・・え?」
「さっき違うって否定したろ?だったら何を知ってるんだ」
クリスが問うと、ブラッドは途端に逃げ腰になった。
「しししししし・知らないよ!」
「しーらーなーいー、だとぅ?」
「ききき・聞き違いだよ!オレはオレはオレは、違うと思うって・・・」
「ウソじゃないな?」
「そそそそうだとも!」
「ふーん・・・ま、いっか」
何もそんなに怯えなくても。
「え、いいの?!じゃじゃじゃ、じゃあねぇ!」
ブラッドは倒けつ転びつで逃げていってしまった。
「なあ、マービン。いっしょに探さないか?」
「クリィーース・・・・S.T.A.R.S.がヒマならいくらでも事件を回すぜ」
「でさ。とりあえず、この白い鉢なんだ。手がかり探しに花屋に行かない?」
ポケットから取り出した車のキーを指先で回す。
クリスの目の前で、マービンが盛大なため息をついた。
「あんた、ひとの話まったく聞いてねーだろ」
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[文責:佐々夕映]
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