西ヶ尾への登りより、左奥に檜岳山塊、正面右にダルマ沢ノ頭、右端にシダンゴ山。中央奥左に蛭ヶ岳、ダルマ沢ノ頭の上に鍋割山、その右に塔ヶ岳。
大野山、不老山、高松山と西丹沢にある前衛とされる山々を歩いて、次に行くべきと考えたのがシダンゴ山だった。先の三山を地図で眺めれば否応なしにカタカナ表記の山名が目に留まるからだが、よくガイドされている南方の宮地山と併せて歩くコースは、寄(やどりき)バス停から山頂まで一時間強、宮地山を周遊しても3時間強と、バスに乗ってまで登山口に出るにしては歩きでがない。なので宮地山を割愛し、高松山に延びる稜線を縦走していくことにした。


電車で出る新松田は久しぶりだった。だいぶ前に西丹沢に向かって以来で、そのときは早朝出発だったからバス停に並ぶので精一杯、往時といまとで駅周辺がどれだけ同じか、まるでわからない。朝、わりとのんびり出てきており、寄(やどりき)行きバスは9時半ば出発、だからか待ち行列のなかにハイカーは5,6人くらい、あとは観光客風情の人が多い。冬の盛りに何を見に行くのだろうと思っていると、車内にロウバイ祭りがある旨告知するポスターが下がっている。これが目当てのようだ。
幹の太い杉の木が目立つ寄神社を過ぎてしばらくで終点に着く。すぐそばに自然休養村管理センターがあり、屋内で身支度をして、後日のためにと宿泊料金のことなど尋ねてみる。手頃な値段だが原則は2名からの受付だそうで、残念ながら単独行者には使い勝手がよくない。夏休みに生徒が合宿で泊まるときは混むが、他の季節はさほどではないらしい。センター手前にある広い駐車場は満車に近い。きっとロウバイ目当てだろう。
寄自然休養村管理センター内に生けられたロウバイ
寄自然休養村管理センター内に生けられたロウバイ
近くを流れる川を立派な橋で渡り、大寺という集落を通り抜けていく。途中、大寺観音堂なるものがあると案内があったので寄り道をする。細い道を上がっていくと古びたお堂で悪くない。湧き水を引いているらしく、お堂の傍らでは贅沢に水道を開け放しにしている。流しにはこの季節に珍しいピンクの切り花が一輪あった。
大寺の観音堂
大寺の観音堂
再びシダンゴ山への登路に戻る。遠くに茶畑を眺め渡す坂道からは寄の集落の全体像が見て取れる。南に流れ下る川が広く谷を作っているところに開けたもので、冬でも暖かそうだ。尾根越しに相模湾も望める。最後の民家を過ぎると徐々に傾斜が強まる。地元のかたは農作業用の軽トラックとかで来るだろうから問題なかろうが、歩く分にはかなりきつい。ずいぶんと上まで茶畑があるが、最後の畑は放棄されたらしく茶の木らしきが枝を伸ばし放題にしている。


イノシシ除けの柵を抜けると山道で、ようやく土の感触が足腰に感じられるようになった。しばらくすると右手下に林道が見えてきて、平坦になった山道と合流して終端する。軽自動車を並べたハンターの方々が2,3名談笑している脇を挨拶して先行し、猟犬を連れて先を行くかたに追いつく。何を狩るのか尋ねてみると、鹿とのことだった。
しばらくして山道は登りに転じる。丁寧に切られた折り返しが斜度をほどよく保ち歩きやすい。植林が続いて眺めが単調だが足下がよく踏まれて快適なので気にならない。それまで電光型だった道筋が真っ直ぐになり、植林の木々が低木のアセビに代わると、人声がしてきた。小広い空き地に出てみると、10人だかは先行者がいて、写真撮影に興じたり、暖かそうな枯れ草の上に腰を下ろして食事をしたりしている。シダンゴ山頂は、同時に滞在する人数がそれほどでなければ、くつろぐにまるで問題ない。
山頂には小さな祠があり、その傍らに立つ案内板に山名の由来説明がある。欽明天皇の代というから6世紀のころ、山上に仏教を伝える仙人が住まっていて梵語で羅漢を表すシダゴンと呼ばれていたとあり、これから地名が起こったという。とすれば仏教渡来があった時期に起源を持つ地名で、パワースポットとして注目されているかもしれない。
山頂祠の背後彼方に望む檜岳山塊。中央は伊勢沢ノ頭、右端に檜岳。
山頂祠の背後彼方に望む檜岳山塊。
中央は伊勢沢ノ頭、右端に檜岳。
この山頂、人気があるだけあって眺めは広い。海側は小田原の平野部から、驚くことに江ノ島、三浦半島まで見渡せる。小田原の上には箱根連山が大きい。しかしもっとも大きいのは、海に背を向けると目の前に文字通り屏風のように立ちはだかる檜岳山塊だ。その稜線は右に延びて峠を落とし、再び高度を上げて鍋割山を膨らませ、そのまま高度を上げつつ塔ノ岳へと続く。峠の奥の高みには蛭ヶ岳が雪に白い姿を浮かべている。神々しさを感じさせる姿で、丹沢の盟主とされるに相応しい。登高欲もそそられる。いつかまた登りたいものだ。
シダンゴ山頂から蛭ヶ岳(左)、鬼ヶ岩ノ頭、棚沢ノ頭、不動ノ頭。右手前は鍋割山に続く稜線。
蛭ヶ岳(左)、鬼ヶ岩ノ頭、棚沢ノ頭、不動ノ頭。
右手前は鍋割山に続く稜線。
シダンゴ山頂から相模灘を望む。左奥は曽我丘陵、右手奥に伊豆大島が霞む。
彼方に相模灘。
左奥は曽我丘陵、右手奥に伊豆大島が霞む。
山道は山頂を越えて西へ向かう。その先に丸く盛り上がっているのが次に越えるべきダルマ沢ノ頭で、全身を木々に覆われている。眺望があるかどうか心許ないが、いまいる場所よりは静かに違いない。ちょうど12時になったところで、シダンゴ山を辞した。


上りとはうってかわって急傾斜な階段道を下ると、宮地山への登路を左に分けてすぐ林道に出る。違和感をもって視界に飛び込んでくるのは目の前の急斜面にしつらえてある鉄製階段で、高圧線鉄塔の巡視路かと思ったら、これが縦走路だった。手すりを掴んで登っていく。
人工物から解放された先もあいかわらず傾斜はきつい。斜度が緩んだ肩を越えて再び急な上りをこなすと、広い平坦部に出た。一帯まるごと植林されているなかに標柱が立っていて、ダルマ沢ノ頭とある。つまり山頂なのだが、積雪が広がり、日は差さず、風も出ていて、とても腰を下ろす気になれない。肩の途中に雑木林の明るいところがあって雰囲気がよかったが、今更戻る気がせず、これから先によい休み場所を期待して歩き続けることにした。
雪に覆われたダルマ沢ノ頭山頂。
雪に覆われたダルマ沢ノ頭山頂。
ダルマ沢ノ頭の下りは上り同様に階段道で、上りと異なり雪が着いていて滑りそうで緊張する。足下ばかり見て歩くうちようやく厳しい道のりは終わり、途切れない植林のなかをなだらかな稜線が延びる。唐突に右手下方の暗がりへ、秦野峠へ続くルートが分岐していく。
シダンゴ山では穏やかな天候だったが、地形の関係か、北風が音を立てて稜線を吹き超すようになってきていた。さほど登っていないものの、バスを降りた時と比べて体感温度はだいぶ下がってきている。西に向かうばかりだった山道が南へと進路を変えようとするあたりで、前方やや右手が伐採でやや開け、富士山を正面に眺めが広がる。
雪が積もっているとはいえ腰を下ろす場所がなくはないが、開けた場所は風もよく吹き付ける。歩くのを止めるとかなり寒くなってくるので立ち止まる程度で先に進む。どこかで休憩したいなと思いつつも、踏みしめる雪の音が久しぶりで愉しい。ちょっとした下り斜面では山靴グリセードと勝手に呼んでいる滑るような下りができるかと試してみたが、雪質が悪いのか感覚を忘れているのか、上手くいかなかった。
南下する稜線の途中からダルマ沢ノ頭を望む
南下する稜線の途中からダルマ沢ノ頭を望む
葉の落ちた季節なので雑木林であれば多少の眺めが得られるはずだが、行けども行けども植林が優勢で広闊な眺望はなかなか得られない。そのおかげで、かつ寒さのせいもあって、ひたすら歩き続けた。止まない風の音を打ち消すように足音を立て、呼吸音を荒げ、休むのも立ち止まって息を整えるだけ、これだけ懸命に歩いたのは久しぶりではと思えるほどで、高松山の手前にある西ヶ尾というピークへの急斜面もペースを落とさず登り切り、山頂かと思えた場所に出た。
しかし立木にかけられた標識には山頂まであと2分とあった。進行方向には確かに高まりがあり、距離も傾斜もある。2分は無茶だろう、トレラン用の標識かな、と思いつつ登っていく。左手にシダンゴ山、ダルマ沢ノ頭と続く稜線が窺える。ダルマ沢ノ頭は富士山型の端正な姿をしていて好ましいが、上り下りがたいへんだったことを納得しもする。どちらかというと眺める山の部類だろう。
ゆるやかな西ヶ尾の頂稜を越え、左右から登山道が登ってくる鞍部のヒネゴ沢乗越を過ぎ、鹿柵に沿って植林のなかを行くと、右行けばビリ堂、まっすぐ行けば高松山頂の分岐に着く。着雪の多いビリ堂への道を見送り、前年3月初訪以来の高松山頂に出た。シダンゴ山の何倍もの草地が広がる高松山頂は、日差しも風も穏やかで、積雪はまるでなく、この日最も心晴れる場所だった。まだ14時で、初めて来たときとは異なり日没の時刻など気にする必要はなく、湯を沸かしてゆっくり休憩した。足下の冬枯れした草原の彼方に黒く立ち上がるのはお馴染みの箱根連山、その左手に光るのは小田原周辺市街地と相模灘。右手には愛鷹山が奥に控え、霊峰富士が白く荘厳だった。
高松山頂から富士山。中景は大野山。
高松山頂から富士山。中景は大野山
そういえば前回は雨雲も広がりつつあったなと頭上を仰ぐ。本日は冬の青空が広がるばかりだった。


下りは尺里峠へと下った。峠からは稜線沿いに高松集落に下り、松田山に登り返して最明寺史跡公園に出て、新松田駅まで歩いた。史跡公園までは山めいた雰囲気があって悪くなかったが、公園から新松田駅めざして下る車道歩きは長かった。駅には夕方の5時半ごろに着いた。日が沈む頃合いで、街の明かりがあちこちに灯っていた。
2014/01/19

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