Preface/Monologue1999年1月


前月へ 翌月へ 以前のPreface/Monologue(index)に戻る ホームページに戻る


6 Jan 1999
暮れから一昨日の月曜まで、連れの実家の岡山にいた。近郊の低山に二度ばかり出掛けたものの、食っちゃ寝の毎日。ついさっき体重を計ってみると、案の定、増えている。山歩きにクライミングに精を出さなくては....。
ところで、元旦のサッカー天皇杯決勝はドラマだった。清水も前半は素晴らしいサッカーをしたが、横浜Fの粘り勝ちといったところか。
所詮、企業スポーツは利益優先だが、Jリーグは周知の通り地域密着を謳っている。だが横浜Fのメインスポンサーである某航空会社はそんなことは一顧だにせず、しかもつまらない面子にこだわってみせて合併劇を密室化し、結果として醜態を晒してみせた。広くサポーターや地元市民に訴えて存続を図るという方法もあったはずだが、そういうのは見栄が許さなかったらしい。

これは残念ながらこの国の文化の現状なのだろうと思う。「カップ戦で優勝するチームが消滅するような国はない」。企業はたとえ不況といえど、「市民」としての振るまいを求められているのだということを肝に銘じていただきたいと思う。地元の行政主体である横浜市にも企業スポーツの論理からの脱却を求めたい。いずれも、いちど倒産しながら市民の支援を得て復活し、鹿島や磐田に迫る活躍を見せている清水の事例を見習っていただきたいと思う。(次こそ頑張れエスパルス!)
年明け早々、仕事が大挙して押し寄せてきている。年末にすべて翌年回しにしたので、仕方ないのだが。前書きばかりが長くなって、本文が書けないでいる。
9 Jan 1999
昨日はすさまじい冷え込みだった。昼に食事をしようと丸の内の職場から外に出てみると、空気は冷蔵庫の中のように冷えていた。

最近高熱を出して寝込んでしまう人が身の回りに多い。インフルエンザなのだろうが、体調が悪くなったら無理せずすぐ休むようにするのが得策のようだ。働いているとなかなかそうはいかないのだが。
15 Jan 1999
今日は成人の日。成人式に参加する人たちが日本中で旧交を温めていたりする。本日見る振り袖姿の女性が、正月の最後の華やかさだ。

年明け早々に切羽詰まった状態になった仕事は第一段落が終了してほっと一息。でもまだ計画が緒についたばかりで、これからが本番である。その合間の三連休、のんびり日帰りで低山でも歩いておきたいものだ。
20 Jan 1999
インフルエンザが大はやり。遂に連れまで発熱した。今では熱は下がったが咳が残っている。人一倍風邪をひきやすい私は職場でも自宅でも戦々恐々の毎日。だいたい風邪をひくのは週末が多くて、貴重な土日を寝込んで過ごしてしまう羽目になってしまう。毎晩夜更かしをして寝不足になって疲労を蓄積しているのが原因なので、ひとのせいにはできないのだが。
25 Jan 1999
本日ようやく一ヶ月と一週間ぶりにクライミングを再開した。もう「登り初め」とさえ言えない時期になっている。
 
川口のクライミングジム「pump」に久々に行ってみると、部分的に壁が拡張され、初心者用のスラブ壁(マコロン壁、と言われていた丈の低いやつ)がつぶされて、リードクライミング用のハングの入った垂壁に変わっている。
その隣のスラブ壁も今までは二本のロープが下がっていたのに今では一本だけ。反対側隅にある垂壁も同じ。つまり初心者がトップロープで登れる壁は二ヶ所だけになってしまった。うーん、初心者パーティが3組来ると順番待ちだぞ。

さすがに一月以上やっていないと筋肉が落ちていること、垂壁の5.9も登れませんでしたわ(泣)。あと一手だったのになぁ。それまでのムーブが滅茶苦茶で腕力を消耗したのがまずかったな。最後の段で力任せに登ろうにも、腕はもとより指の力もぜんぜんなかったし....。
 その直後にやったボルダリングもホールドをピンチングすることができなくてぜんぜんだめ。これから毎晩ピンチグリップ練習を再開しなくてはならないな、と痛感したのだった。

でもひさびさに登って快感だった。壁を登るのはこれが二度目、ビレイはしたことありません、という二人連れ(男女)と一緒に行ったのだが、この二人も、「ホールド何でもアリで」とは言えスラブも垂壁も上まで登りきったので、すこぶる満足そうだった。
28 Jan 1999
仕事が終わってから、錦糸町にあるクライミングジム「T-wall」へ一月半ぶりにボルダリングしに行った。この前の日曜日の出来が出来だったから、「まースラブがある程度登れればいいや。どうせ混んでるんだしあまり登れないだろう」と思いながら行ってみたら、今日は妙に空いていてスラブ壁を一人で占領できた。夜も遅くなると、それでもまだ閉店までは時間があるのに垂壁でさえ登る人がいなくなってしまった。珍しいこともあるものだ。珍しいと言えば、久々にK野氏の顔を見られたのも特筆ものか。

壁占領状態で休みなく登り続けていると、スラブとはいえ、しかも易しいもの中心に登っているとはいえ、さすがに疲れてくる。一月半のブランクは大きく、垂壁での身のこなしみたいなものをかなり忘れている。ま、錦糸町ではスラブばかり登っているから....。たまにしか登らない垂壁では、まだ登りのお作法が身に付いていないわけだ。ともあれ疲れたので今日は二時間弱で店じまい。

本日はいつも一緒に行く相方の人が業務多忙のため、ジムには一人で行ったのだけど、予想していたよりは登れたので充実感はアリ。前夜にピンチグリップ訓練で腕をパンプさせておいたのがよかったのかも(<ほんとか?(笑))。
30 Jan 1999
先月の23日に道を間違えた南郷山から幕山への道(湯河原)をたどってきた。何でこんな簡単なルートを間違えたのか、思いこみは怖いものだな、と再確認。何てったって、南郷山から隣の幕山が見えるのに、全然別な方角の山を幕山と決めつけたのだから始末におえない。ま、フィールドに出さえすれば冒険心旺盛になるからね。(無鉄砲とも言う)

家を出たのが昼前だったので、南郷山に登っている一時間ばかりのあいだはのべつ幕無しに下ってくる人に会ったが、2時に到着した南郷山山頂は誰もいなくて静かなもので、これは3時に着いた幕山山頂でも同じだった。だが、一人ないし二人、登ってくる人はいた。

両方の山は標高がほとんど同じだが、幕山の方が確かに眺めがよい。山頂から湯河原の町並みを越えて真鶴半島が正面に見える。左手には南郷山から星ヶ山に続く山並み、右手遥かには天城山が、背後には箱根外輪山の大観山が見える。標高の割には雄大な眺めだ。

相模灘と湯河原の町並みを見下ろしながら一本調子で下っていくと、幕岩のゲレンデが見えてきて、何人かまだ岩にとりついている。南端の、茅ヶ崎ロックとか言われている辺りだ。その下では梅が一分咲きで、さらにその下の広場では地元特産品の出張販売の店が何軒も店を連ねている。その中の一軒で甘酒の無料サービスをしていたのだが、その無料サービスが午後4時で終わるというアナウンスを下山中に聞いた私は、懸命に下って最後の一杯にありついたのだった。美味しかったぜっ。

前月へ 翌月へ 以前のPreface/Monologue(index)に戻る ホームページに戻る


Author:i.inoue All Rights Reserved