Preface/Monologue2022年 4月


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小鹿野町の四阿屋山鳥居山コースから北西に白石山を望む

ここまでのCover Photo:小鹿野町の四阿屋山鳥居山コースから北西に白石山を望む

2 Apr 2022

好天だけれども寒い一日。街角のそここに桜雲。
人出の多そうなところは避けて見て回る。


この夏、ヒマワリの国にヒマワリはどれだけ咲くか…

8 Apr 2022

都心に出る用事を済ませたのち、神田神社と湯島天満宮を巡る。


どちらも名は知っていながら訪ねたことがなかった。神田神社は朱色と金色の華やかな神社。
授与品売り場は近代的なビルのなかにあってカフェも併設されて広くデパートの一角のようで、神社にいる気がしない。
秋葉原や神田が近いので若い人が多く、アトラクションはないもののテーマパークのような雰囲気だった。

うってかわって湯島天満宮は学問の神様だけあって落ち着いた雰囲気。
板壁の檜皮色が重厚な本殿は1995年に改築されたもので、総檜造り。
雨の日でもないのに潤いを感じる。
境内には受験合格お礼参りご苦労様の放送が流れ、絵馬掛けには膨大な量の絵馬がかかっていた。


いずれの社も、周囲が近代的かつ高い建物が多いので気づきにくいが、ちょっとした高台に建っている。
近くの上野の山もそうだけど、じつは東京は丘陵地帯なのだとあらためて。

9 Apr 2022

秩父の奥、小鹿野町にある札所32番の法性寺近辺で山歩き。

西武秩父駅からのバスを小鹿野警察署前で降り、大日峠を越して法性寺へ。山門前は桜が満開。境内はミツバツツジが満開。


御朱印をいただきつつ、札所巡りのときから疑問に思っていた「船岩はどこから見れば船の形に見えますか」と尋ねてみると、やはり境内からだとのこと。いまでは手前の木々が茂ってしまって見づらいが、かつてはよく見えたという。

その昔、眺望を遮る木を伐ろうと、地元のかたが手伝ったくれたとのこと。子どものころから木登りに慣れたかたが船岩の眺望を遮る山中の木に一本一本登っては「これを伐ればよいか?」と白地の旗を振り、境内から「それ」「それじゃない」とやはり旗を振って指示を送ったという。いまや通信手段は進歩したものの、木に登れる人はいなくなってしまったとのこと。


境内の奥を詰めて稜線に上がり、鎖場をよじ登って奥の院の大日如来に詣でた後、さらに先の稜線に足を踏み入れる。そのまま釜ノ沢五峰登山口の長沢に下ろうと思っていたのが、道を間違えて稜線を延々と辿ってしまい、結果的に五峰の先に出てしまった。五峰は後日。

間違えて辿った稜線、コブの上り下りは多いものの歩きにくいということはなく、当然ながら静かな山道だった。出た先はおそらく地図で565m峰地点で、かたや文殊峠、かたや釜ノ沢五峰、という標識が立っている。もちろん今来た稜線側への案内はない。登りはよいものの、逆コースを辿ると稜線を外して下るところがわからず、かなり苦労すると思う。


中ノ沢分岐(…と思ったのは間違いで、布沢峠)から下った先の長沢の里は、法性寺山門前と同じく桜が満開だった。このあたりの桜は背が高く豊かだった。ヤマモモやシモクレンも妍を競う。

遠近の花に向けて首を巡らせながら歩いていると、行き交った年配のかたがすぐ先のバス停にバスが来るよと教えてくれる。だいぶ先の停留所まで行こうとしていたので近場で乗れるのであれば助かる。礼を言って早足になりながらも、畑地が広々とした高原風情の景色にはついつい足を止め、写真撮影してしまうのだった。



祝、シミッチ復活。
失点の多くなったチームを助けていって。

19 Apr 2022

休みを取って上野原市の軍刀利神社へ。


上野原駅からバスで井戸という停留所に出て徒歩30分。しかしこの井戸行き、驚いたことに現在では一日2本しかない。朝8時台を逃すと次は15時台。駅から徒歩だと3時間近くか、それは少し無理。なので素直に朝のバスに間に合わせる。終点まで乗っていったのは自分を含めて二人だけだった。

晴れ渡った空を見上げつつ舗装道を辿り、車一台の幅の車道に入るとしばらくで氏子のかたたちで賑わう社務所前に出る。境内はその先で、昨日の雨で滑りやすくなっている階段を登って聖域に出る。

かつて山を下って初めてこの境内に足を踏み入れたときは灯が灯っておらず、周囲の森が漂わす湿度に覆われた感がしたものだったけど、本日は扉を開き明かりを点しているので清々しさを感じる。本日が例大祭の神社は、明るい静謐さに満ちていた。

当初予定では生藤山に上がろうと思っていたのが、午後に用事ができてしまったため、せっかくの休みなのに午前中だけとなり、神社参拝のみ。稜線方面を見上げるだけにして来た道を戻る。


行きはバスに乗ったものの、帰りは徒歩。新緑を見渡し、集落のあるところではヤマモモを初めとする春の花を眺め、聖武連山や権現山を見上げつつ八重山を北回りに回っていく。トレッキングといえば聞こえがいいが、こういう遠出も悪くはない。

”山風呂”という風流な名の集落を過ぎた先でバスの本数が増え(とはいっても一時間に2本、しかしこれでも多く感じる)、タイミングよく来たのに乗って上野原駅に向かう。駅まで歩こうと思っていたので楽ができた。

運転手さんに聞いたところ、井戸行きのバスは、平日でも乗るお客さんが減ったものだから減便になったものらしい。ただ坪山行きは大賑わいで、本日も増発が出たとか。


バス運行状況も変わっていたが、上野原駅も変わっていた。朝、駅に着いて改札の先の階段を上り、バス停は左と思っていたら皆右に行く。「みんなして鶴島御前山に行くのだろうか」。違った。かつて上野原市街地側にあったバス停が反対側の立派なバスプールに移っていた。

バスプールの周囲には大型商業施設まであってさらにびっくり。これも運転手さんに聞いたことには、一帯はもとは耕作放棄地のような駐車場だったとのこと。そんな面影など微塵もないほどの変わりようだった。

23 Apr 2022

好天の朝、早起きしたものの身体が重い。
山は止めて再び寝る。


しかしこの天気は無駄にしがたい。家事を済ませて亀戸へ。寺社巡り。

まず向かった亀戸天神社は、藤まつりの真っ最中。藤棚の藤はまさに見ごろ。境内は人で溢れ、猿回しの出し物まで。参拝の行列は長く、あちこちに屋台が軒を連ね、頭上の空にはビールを宣伝する飛行船まで飛ぶ(天神様とは無関係)。うーん、まさにハレの日。御朱印をいただいたらアメが四つに絵はがきまで。藤まつり期間中だけかも。

脇の出口から出て、何度もクランクする昔ながらの道に入る。出た先は亀戸香取神社、スポーツの神社。鳥居の足下には、吉田沙保里選手の名のある提灯が。亀戸大根碑も建つ境内は天神様とは異なり落ち着いたもの。今後の山行の無事を願って新緑の境内を後にする。

川沿いを歩いていると神社の大きな本殿が目に入る。惹かれて寄ってみるとそこは江東天祖神社。参道を横切るように大きな鯉のぼりが渡され,少々雑然とした境内の先には深閑とした本殿。ここでいただいた御朱印は華奢で流麗、じつに素敵。聞けば、天神様に朝の九時過ぎから行列したというかたが来ていたと。亀戸は寺社巡りをする人が少なくない模様。

本日の最後は萩の寺として名のある龍眼寺。竹で仕切られた庭に草木の佇まいが美しい。腰を下ろせる東屋もあって、優しい雰囲気のお寺。ご本尊の観音様にいろいろお願いしたのち、昼過ぎに降り立った錦糸町駅へ。振り返れば都区内なのに遠地に観光に来た気分。寺社は異界と改めて。

29 Apr 2022 

午後からの雨予報にめげず秩父へ。とはいえ山に歩いて登る気はせず、お手軽な宝登山へ。

長瀞駅からシャトルバスに飛び乗って宝登山ロープウェイ乗り場へ。文明の利器で山頂近くまで。山頂付近を周遊したのち、徒歩で下り出す。予報通り、午から雨が降り出す。傘を差して宝登山神社へ。境内では日本刀による剣技が披露されており、初めて巻俵を斬るのを直に見た。

本降りの中を秩父市街に戻り、札所十二番の野坂寺へ。境内のあちこちで、庇の下にベンチがしつらえられていて、雨に当たらず休憩できる。寺務所前の藤棚にはまだ花が残っていた。

30 Apr 2022

秩父の浦山大日堂から仙元尾根を辿って仙元峠へ。都県界尾根を一杯水まで歩いてヨコスズ尾根を下る。

本日は好天だったものの吹き上がってくる風が異様に冷たく、雨具の上着をウィンドブレーカ代わりに着込んで歩いた。仙元尾根は下山後の交通が不便で、登った人の数はわからないが、下ってきたのは3パーティ4人だけだった。

一杯水に着くまで、眺望の主役は三ツドッケだった。徐々に近づいてきて、しまいにはのしかかるまでになる。三ツドッケ以外でも、仙元尾根の途中にある巨大なガレの上から眺める有間山は、山稜全体が全貌を現していて圧巻だった。都県界尾根では武甲山から大持山に至る山塊が併走し、ヨコスズ尾根では川苔山と本仁田山が疲れたハイカーを見送っていた。

(都県界尾根の棒杭尾根への下り口では、下った先の林道は台風被害により一部崩落していて通れないとの案内が下がっていた。脇を流れる沢に道幅全体が抉られた林道の写真が掲示されており、日が沈んでから通るのはかなり危険なように見えた。)


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