雑記帳


イギリスの山を歩いて part4
前回、次からは山を歩くひとに焦点を当てていこうといったことを書いた。まずはそのひとたちがどうやって山まで来るのかから書き始めていこう。


山に行くのに、日本では公共交通機関を使うより自家用車を用いるひとが多くなっているようだが、イギリスでも同じようなものらしい。
わりとバス網が発達しているスノードニア(ウェールズ)でも土日に訪れれば駐車場が満車状態だ。マンチェスター南東にあるピーク・ディストリクトのEdaleでも休みの日には車道のわきにある空きスペースがどんどん車で埋まっていく。バスもそこそこ走っているのだが、席がすべて埋まるということはない。湖水地方はスノードニアに比べればバス網が発達しているとは言えず、とはいえ人間の居住度と観光地度が高いので、さらに車が多かった。ウィンダミア湖のあたりばかりをうろついていたので特にそう感じさせられたのもあるだろうが。
無料の高速道路網が発達しているおかげでか一般的に車の使用はかなり盛んのようだ。大ロンドンを取り囲む環状道路の高速25号線(M25)は「世界最大の駐車場」と呼ばれる。渋滞で車が動かないからだ。おかげで事故もなく道路脇の草花を愛でる余裕もできて平和的だ、などといういかにもイギリス人らしいコメントもWeb上ではみつかる。


こちらでも日本同様、ぜんたいとして山好きには中高年のかたが多いらしい。Edaleなどの低い山の地域ではたしかにそうだが、集落のあちこちにあるテント場に泊まるキャンパーは若者が多く、遊興施設はなにもないところなので皆して山に登ってくる。いわば関東で言えば秩父や奥武蔵よりもひなびたところに土日となると若者のテント派がやってきては山に上がるようなものだろう。スノードンのような派手な名前の山にはもっと若者が来る(山岳列車で観光客も来るが)。岩だらけで爽快なトレバン(Tryfan)だとさらに半分くらいは20代以下だったのではないだろうか。
日本でも夏の南アルプスや八ヶ岳とかは若い人が多いが(北アルプスは立山周辺しか知りません)、山中に泊まらずに行くには無理があるところが多い。イギリスでは少なくとも山は日帰り対象のわけで、手軽に爽快感を求める向きには羨ましいところと思う。
しかし年代に関係なく、行き交うひとびとの服装がわりと地味なのに気づく。
Pen-y-pasの駐車場にて、Snowdonia
Pen-y-pasの駐車場にて、Snowdonia
上下同じ色の雨具を着て歩いているひとは希少動物並みで、ほとんどのひとは上着とは別の色のオーバーパンツをはいている。おそらく日本でいうところの上下揃えの雨具への意識がかなり少ないようだ。雨催いの里に出て行こうとすると、宿のおばさんに「(防水防風の)ジャケットを持ったか?」と聞かれたが、レインウェアを持ったかとは聞かれなかった。察するに、上着がありさえすればたいがいの雨はやり過ごせるという感覚なのではないだろうか。なにせ雨の中でも半ズボンで歩いているひとが少なくなかったのだから。
その上着にしても、カラフルなものを着ているひとは少数で、どちらかといえばくすんだ色合いのものが多い。ピーク・ディストリクトでは山岳レンジャーも着ているような深緑系のジャケットをよく見たし、やはり青系のものが多い。私は色鮮やかな赤いアウターシェル(冬山でも使えるもの)を持っていったが、そんな派手なのを着ているひとはあまりいなかった。
上着に鮮やかなものが多くないのは、ひとつにはイギリスの山が見通しがよいので、「緊急時に発見されやすいよう蛍光色を身につける」という必要がないこともあるのだろう。わたしは赤のジャケットに黄色のレインパンツ、帽子も黄色でザックカバーが青という「歩く信号機」状態で、さすがに人目に耐えられなくなり、雨がやや強く降った湖水地方の二日目に黒のオーバーパンツを買った。
同じ店で、やはりオーバーパンツを買っていった若いカップルがいた。雨が多いことで有名なイギリスにオーバーパンツなしで来ているのは他国のひとだったのかもしれない。その日、わたしも彼らもウィンダミアの山道具屋に開店早々飛び込んだのだが、三人とも買ったのが黒だった。というかどこの店に入っても黒以外を見たことがない(濃紺があったかもしれないが)。派手なものはフリークライマーがはくものくらいだった。オーバーパンツには透湿機能のない3,000か4,000円だかのものと、その機能のある8,000円くらいのがあった。
しかし寒暖の感覚や降雨への感覚は各人ばらつきが大きいようで、冬の低山装備のひとの後ろに半ズボンのハイカーが歩いていることも珍しくないのである。軽装備のひとたちはたいがいスポーツ感覚でいるようで、ランニング登山をしているわけではないが、足取りは速かった。


好天の下山、Edale、Peak District
好天の下山 Edale、Peak District
ザックはご当地だけにロウ(Lowe)やカリマー(Karimor)がよく目立った。日本でそう頻繁には見られないぶん、こちらの目を惹くのである。逆にフランス製のミレーもUS製のザ・ノース・フェイスも見た記憶がない。天気がよくない日が多いのにザックのブランドがわかるのは、ザックカバーをする人がほとんどいないからなのだった。雨が降ってきても耐水性の上着は着るもののザックにカバーはまず付けない。よほどの土砂l降りなら話は別だろうが、それ以上に濡れを気にするものが入っていないせいだろう。ちょっとした雨ならザックそのものの耐水性で補える、というわけだ。
山中でバーナーを点ける人はまずいなかった。私自身暑い夏になれば、テント泊の朝夕は別として昼日中にバーナーで湯を沸かす気が起こらず、日帰りでは持っていかないことが多くなるが、5月の中部イギリスは涼しいか寒い日もあるというのに、誰もバーナーを出さない。そこそこ大きいザックを背負っているひともいるのだが、なぜか休憩時にバーナーは出てこない。いろいろ理由は考えられるが、天気が変わりやすく火を点ける気がしないとか、日帰りが基本だから荷物は軽量化することが当然になっているとかだろう。このあたり、英語が流暢であれば山で出会ったひとに訊きたかった点ではある。


しかし暑くないせいもあるだろうが皆とにかく水を飲まない。だいたい300〜400メートルの山でさえ木々がなく山中の見通しが抜群なので、生理的な用を足したいとなればたいへんなことになる。とくに女性は名誉に関わる状態になるので、水分摂取は相当控えているように見える。そのせいか、長時間歩行はせずに短時間でさっさと歩くスタイルが多い気がする(性別に関係なく)。
しかしこちらでは日本でいうところのノンカロリー飲料は少ないようだ。ミネラルウォーターとダイエットコークくらいだろうか。日本では緑茶・紅茶に烏龍茶とよりどりみどりで、いわばアウトドアお茶大国といったところだが、イギリスは紅茶の国とはいえ缶入りはもとよりペットボトル入りの紅茶飲料というのは売られていないようで、甘味系のものやエネルギー補填用のものばかりが目立つ。味にはオレンジやレモンにブラックカラントとかもあり、ブラックカラントは飲んでみたがおいしくて、日本でも売ってくれないものかと思う。
おにぎりがない当地としては、お弁当(=ピクニックランチ)はサンドイッチである。もちろん町中でも買えるわけだが、栄養のあまりないホワイトブレッドのは見たことがなく、ちょっとばさついているライ麦パンみたいなものを使ったのが主流だ。
しかし傍流もあるわけで、ハムとチーズを挟んだのを喫茶店で頼んだら、”チーズ”という言葉を聞き取ってもらうのに手間取り、そのせいでハムがどこかに行ってしまって、細切れのチーズだけ入ったのが出てきた。なにより驚いたのはパンが三角形でなくて丸かったことで、しかもただの白パンである。こうして肉なしの冷えたチーズバーガー(レタスもなし)というとんでもない代物を食べる羽目になってしまった。
丸いばかりではない。上腕ほどの長さかつ太さのホットドックみたいのもあった。これもサンドイッチと呼ぶのかと感心して商品棚の前で見入ってしまったものである。これがまた具だくさんで、一本食べればもうあとは要らない量だ。食べごたえもあるが美味くもあり、こういうのを日本でも売ってくれればいいのだがと思ったものである。とにかくもうなんでもありで、何かをパンに挟んでさえあればサンドイッチなのだった。
パン以外で目につく山の食料はバナナで、山道の脇によく黒ずんだ皮が落ちている。持って帰るべきなのだが。スノードンで写真撮影を頼んだ若い男性も食べていた。


食べ物の話に深入りしてしまった。次回は人間の話に戻ろう。
つづく
2003/7/10 記

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