戦争の倫理


戦争には
1)暴力
2)戦略(ゲーム)
3)政治―外交の延長(クラウゼヴィッツ『戦争論』)
という三つの面がある。

国家間の戦争は、しばしば個人間の喧嘩(決闘)に例えられる。
例えば、電車の中で足を踏まれたといった些細な理由で口論が始まり、
「文句があるなら表に出ろ」という次第で、喧嘩沙汰になって、一方が勝った場合、
一応の(後の遺恨を残し、その後の更なる喧嘩の火種になる可能性はあるので)
あくまでも一応の、決着は着いたと言ってもよい。
というのは、双方が腕力で決着を着けることに同意していたからである。
(そうした場合には、暴力だから悪いとは、必ずしも言えない。)
しかしながら、腕力で勝ったからといって、勝った側の主張が正しかったとは言えない。
(また口論であったとしても、口論に勝った方が正しかったとも言えないだろう。)
正義が勝利する、とは必ずしも言えないのが世の中というものである。

個人間においては、仲裁者や、客観的な第三者の判断、
争い事を解決する組織としての警察や裁判所(力には力)が存在する。
国家間の戦争においても、国際法や国連の決議は存在するが、その拘束力は弱い。
(国連の民主化は最重要課題。特に五大国の拒否権は多くの国際紛争の解決を不可能にしている。)
勝った方が正しかった(正義)という事になる事が多いのが戦争である。

戦争とは、暴力によって自分の意思を他国に強制することである。
暴力による支配である限り、戦争という手段は正当化されえない。
過去の戦争を振り返ってみても、肯定される戦争はほとんどない。
正当化され得るのは、防衛戦争だけである。

侵略戦争と防衛戦争
朝鮮戦争、ベトナム戦争、シリア内乱など ―超大国の代理戦争(→ウィキペディア「代理戦争」
(その特徴は、長引いていつまでも終わらないという事、戦場になった国が悲惨な目にあうという事である)
湾岸戦争(1990/1年)―国連の決議のもと多国籍軍によるクエートの解放戦争(→ウィキペディア「湾岸戦争」
イラク戦争(2003/2011年)―米英を中心とした有志連合によるフセイン政府の打倒(→ウィキペディア「イラク戦争」
(ロシアによるクリミア侵攻(2014年)、中国によるウイグル自治区(1949年)とチベット自治区(1951年)の併合、などは侵略戦争である。
イラクに併合されたクエートの領土を回復するために行われた湾岸戦争は、防衛戦争だと言える。
大量破壊兵器から自国を守るためだったといっても、明確な証拠もなく行われたイラク戦争は、防衛戦争だったとは言えない。)


カント『永遠平和のために』(1795)

理性の力によって、どのようにして暴力で紛争を解決することを避けられるのか、考察したのがカントである。
カントの出発点は、現実における人間の邪悪さであり、
目指す目標は、人間の最も重要な性質である「自由」を実現するためのメカニズムである。

予備条項
1)将来の戦争の火種を残すような平和条約は平和条約とは言えない。
2)国家は一つの道徳的人格であり、物件ではない。他の国が所有したり支配したりすることは出来ない。
3)常設の軍隊は廃止されなければならない。
  (軍事的脅威は軍備拡張の競争を招き、その重荷が戦争を誘発する。
   また殺したり殺されたりするために人を雇うことは人間性に反する。
   ただし、国民が自発的に軍事訓練を受け外からの攻撃に備えることは、別の話。)
4)紛争に関して国債を発行してはならない。
  (国債は戦争の宝庫であり、戦争を誘発する。また結局は財政の破綻を招き、他の国にも被害を与える。)
5)他の国(内政)に暴力をもって干渉してはならない。
6)戦争においても、平和時において信頼を不可能にしてしまうような行為、
  例えば、暗殺、裏切り、内乱の誘発、降伏条約の破棄など、は行ってはならない。
  (敵への最低の信頼がなければ、平和条約も結べないし、戦闘は敵の殲滅を目指すことになり、
   全員の死滅、したがって正義そのものの死滅に至る。)

確定条項
「自然状態」は平和状態ではない。むしろ戦争状態である。
法が不在の自然状態では、実際の戦いがなくても、隣に誰かがいるだけで、常に安全が脅かされている。
平和状態とはそこから創り出されるべきものである。
1)国家法―国家の体制は共和的でなければならない。
  (共和制とは立法権(=主権)と行政権が独立した体制、つまり独裁的でない体制を指す。
   ((各人は、自分が同意することができた法則にしか従わないという「自由」、その法には誰もが服従するという「平等」、
   ―こうした原則に基づく社会契約によって成立するものが共和制である。))
   共和制では戦争を始めるには国民の同意が必要になるが、国民は戦争がもたらすあらゆる厄介事
   (兵士として戦う、自分の懐から戦費を払う、荒廃から復興する、返済できないほどの借金を背負う)
   を考えると、戦争という博打を打つのには極めて慎重になる。)
2)国際法―国際法は自由な国家の連合に基礎を置くべきである。
  (国家は一つの人格であるから、「世界政府」というようなものは不可能。
   この連合は、ある国家の自由と、連合する他の国家の自由を、維持し保障する。)
3)世界市民法―世界市民法は普遍的な歓待の条件に制限すべきである。
  (世界市民法は、国民としてではない普遍的な個人(とりわけ外国人と)の関係(「人類国家」の一員)を定める法である。
   誰でも友好的な歓迎を受けることは出来るが、それ以上のものを求めることは出来ない。
   例えば訪問者(難民を含む)は客としてもてなされるが、誰も植民地支配におけるような待遇を求めることは出来ない。)

追加条項
1)永遠平和の保障―自然が平和を促進する
  (人間はその本性である利己心のためだけでなくプライド=名誉心のためにも戦争に向かう。
   戦争のせいで人々は世界の各地に追いやられ、自然の配慮によって、そこで暮らしを立てている。
   戦争に対抗して人々はそこで国を作り(―利己心だけしかない悪魔であっても共和国を作ることは出来る)、
   戦争を避けるために互いに協定を結ぶ(―文化や民族の違いによって、国々が一つの国になることはない)。
   各地の特性は利益のために国の間での貿易を促し、そうした経済的な結びつきは戦争を防止する最大の力になる。)
2)秘密条項―哲学者の声に耳を傾けよ
  (かつて「哲学は神学の婢である」と言われたが、
   侍女の仕事は、裾を持って後ろに付き従うのではなく、灯りを持って行く先を照らし出すことである。)


大東亜戦争肯定論

林房雄『大東亜戦争肯定論』
作家の林房雄は、昭和39年(1964)の『大東亜戦争肯定論』と翌年の『続・大東亜戦争肯定論』において、
1945年に終わった太平洋戦争を、明治維新以前から始まっていた、百年にわたる日本の独立戦争の一環ととらえる。
「日本人は長い歴史と豊かな可能性に恵まれた民族である。
その故に、西洋諸国の東洋植民地化の嵐のなかで唯一の独立国として生き残り、
明治維新という国内改革を行い、
日本自身とアジアのために約百年間の苦しい反撃戦争をつづけてきた。
大東亜戦争はその悲壮な終曲である。」
「日本は繁栄している。だが、魂の旗はまだひるがえっていない。
強制された歴史の断絶と、戦争犯罪者意識が、日本人の大多数をいまだに無気力と、太平ムードの暗い谷間にさまよわせている。
苦難に満ちた〈大東亜百年戦争〉を雄雄しく戦いぬいた日本人の誇りと自信をとりかえすために、私は本書をここに書き終えた。」


小林よしのり『戦争論』
二十世紀も終わりに近づいた1998年、この問題に関する一般の関心を呼び覚まし、
その後の大いなる論争(「自虐史観」)の切っ掛けを作ったのが、
小林よしのり『戦争論』(その後、2001年『戦争論2』、2003年『戦争論3』、2015年『新戦争論1』)である。
個々の論点での相違を置けば、
大東亜戦争は、防衛戦争であり、日本(とアジア)の独立戦争である、
東京裁判は勝者による敗者への復讐であり全く正当性を持たない、
といった基本的主張は、上に引用した林房雄の立場に近い。

検討すべき問題群
19/20世紀の世界―帝国主義と植民地化(大東亜戦争の結果としての植民地からの解放)
日清戦争と日露戦争(→付録1)
朝鮮併合と満州国の樹立
太平洋戦争の始まり―ABCD包囲網、真珠湾攻撃
南京大虐殺と慰安婦の強制連行
終戦―ハル・ノート、原爆投下
東京裁判―戦争犯罪とは何か?
(詳細は、続く)

更に検討すべき問題
「大東亜戦争」の肯定は、それが「防衛」戦争であったとしても、戦争自体の肯定に繋がる。
(林と小林の立場は、その背景に違いがある。)
戦争は、しばしば、それ自体が悪であるような「絶対悪」だと考えられている。
しかし「必要悪」という便利な言葉もあるように、善悪は相対的な概念である。
戦争そのものが善いとは言えないとしても、戦争に善いといえる面がないのだろうか?
二―チェは「善い」と言われる(騎士的=貴族的)活動の一つとして「戦争」を挙げている。
また、カントの批判者であるヘーゲルは、固定化したものの流動化という点に、戦争の肯定的な点を見ている。
ただし、効率よく人を殺すメカニズムが追及される現代の戦争は、彼らが考えていた戦争と同じではない。)


防衛論日米安保・集団的自衛権・憲法改正

戦争の本質は暴力であり、可能な限り避けるべきものであるが、
現実の世界は(何時でも何処でも)戦争に満ちており、これを避けることは出来ない。
戦争自体は悪だが、自衛のための戦争は善悪の彼岸に位置する。
(スイスは永世中立国だと言われるが、徴兵制度による軍隊と非常時のための蓄積によって、外からの脅威に対して自国を守っている。)
日本は、戦後70余年、余りにも平和な日々を過ごしてきた。
平和という意味では、現状維持が最善である。
しかし時代は変わりつつある。
周りが変わりつつある時に、自分だけ変わらずにいることは現状維持ではない。
(続く)


暴力について―進化倫理5


付録1
司馬遼太郎『昭和という時代』
「日露戦争そのものは、江戸という時代が終わって三十何年たってから起こった事件であります。
江戸期には四つの階級がありました。その四つの階級がひとつになるには時間がかかります。実際のところ、明治期の学問あるいは政治、行政を支えていたのは旧士族でした。それ以外の階級だった民衆を加えて、国民がだいたいひとつになったのが、日露戦争だろうと思います。
つまり、ロシアにつぶされてしまうという共通の恐怖心から、国民がひとつに近い状態になった。こういうことが政府の宣伝によらずして実現したのは、その前にも後にもありません。ですから日露戦争というものは、客観的にはどのように評価されようとも、主観的には祖国防衛戦争だったのではないか。調べてみまして、やはりそうであったと考えています。」


参考文献
小林よしのり『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論』(幻冬舎)
小林よしのり『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論2』(幻冬舎)
小林よしのり『ゴーマニズム宣言SPECIAL 昭和天皇論』(幻冬舎)

美化、誇張、誤りはあるが、読んでみてもよい本だ。マンガとはいっても、文字数は異常に多い。一冊だけなら『2』を。
日露戦争については、
司馬遼太郎『坂の上の雲』(文春文庫)
正岡子規と秋山兄弟(兄は陸軍で最強のコサック騎兵隊を撃退し、弟は海軍で難敵バルチック艦隊を完璧に打ち負かした)
を中心にした小説だが、歴史の勉強にもなる。ついでに、

司馬遼太郎『明治という時代』(NHKブックス)

太平洋戦争については
戸部真一他『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(中公文庫)


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