ストア派

―最高善、ないし我々の行為の目的に関して、哲学者達の間には、三つの意見があります。
すなわち、快楽であると言うエピクロスの意見と、徳であるべきだというゼノンの意見と、
精神と肉体の全ての完成によって成り立つという、アリストテレスの意見です。
(デカルト「エリザベトへの書簡」)


ストア派とエピクロス派の比較

宇宙(コスモス) 目標 理想 社会生活
ストア派 物質(=神)の理性的秩序→必然的法則(=自然法則=運命)の支配 善=徳=理性に従う生活 克己 感情を支配 アパテイア
(無情念)
世界市民主義
(コスモポリタン)*
エピクロス派 原子論 偶然性 無「神」論 快楽=善  個人の幸福=快楽の総量の最大化 アタラクシア
(心の平安)
徹底的個人主義
「隠れて生きよ」

*コスモポリタン(cosmopolitanizm)とは、コスモス(宇宙)が自分の国(ポリス)だという思想
 宇宙の理性は一つであり、理性にしたがって行動するなら、正しい行動は一つだから、日本人とかアメリカ人とか中国人とか、関係ない。


キュプロスのゼノン(333/2-261B.C.)

「ピレモンもまた『哲学者たち』という劇の中で、次のように述べているからである。
   一片のパンと、おかずは乾し無花果、それに水を飲むだけのこと。
   この人は新しい哲学を創り出し、
   飢えることを教えているが、それでも弟子たちは集まってくるのだから。」

「というのも、彼は、九十八歳まで生きて世を去ったのであるが、生涯の最後まで病気にかかることもなく健康を保っていたからである。
ところで、彼の最期の模様は次のようなものであった。すなわち、彼は学園から出かけて行くこうとしたとき、つまずいて倒れ、足の指を折った。それで彼は、大地を拳で叩いて、『ニオベ』の中から、
   いま行くところだ、どうしてそう、わたしを呼び立てるのか。
という一行を口にした。そしてその場で、自分の息の根をとめて死んだのであった。」

「このゆえに、ゼノンが最初に、『人間の自然本性について』の中で、(人生の)目的は「自然と一致和合して(ホモログーメノース)生きること」であると言ったのであるが、そのことは、「徳に従って生きること」に他ならなかったのである。なぜなら、自然はわれわれを導いて徳へ向かわせるからである。‥‥しかしまた、クリュシッポスが『目的ついて』第一巻の中で述べているように、「徳に従って生きる」ことは、「自然によって生ずる事柄の経験に即して生きる」ことに等しいのである。なぜなら、われわれの自然(本性)は、宇宙万有の自然の部分だからである。
それゆえに、自然に随従して(アコルートース)生きることが(人生の)目的となるわけであり。すなわちそれは、各人が自分自身の自然(本性)にも、また宇宙万有の自然にも従っているということであり、そしてその場合には、共通の法(コイノス・ノモス)が―この共通の法とは、万物に遍くゆきわたっている正しい理法(オルトス・ロゴス)であり、それはまた、存在するものすべてを秩序づけるにあたっての指導者である、あのゼウスと同一のものなのであるが―通常禁止していることは何ひとつ行わないのということなのである。そしてまさにそのことが、幸福の人が身につけている徳であり、かれの生の淀みなき流れなのであるが、それは各人の傍らにつきそっているダイモーン(守護霊)と、万有の統括者の意志との間の一致協和にもとづいて、全てのことが行われる場合に生ずることなのである。」
(以上、ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者たちの生涯と学説』第七巻(加来彰俊訳)より)


セネカ (5/4B.C.-65A.D.)

「我々は、単に外見だけの善ではなく、堅実で不変で、しかも、隠れたほうの部分ほど美しい或る善を求めようではないか。…
ストア派のすべての人々の間で意見の一致をみているように、私は自然の定めに従う。自然から迷い出るころなく、自然の法則と理想に順応して自己を形成すること、これが英知なのである。」
セネカ「幸福な人生について」(茂手木元蔵訳)より)


エピクテトス (55?-135?)

「世にはわれわれの力の及ぶものと、及ばないものとがある。
われわれの力の及ぶものは、判断、努力、欲望、嫌悪など、一言でいえば、われわれの意志の所産の一切である。われわれの力の及ばないものは、われわれの肉体、財産、名誉、官職など、われわれの所為(せい)ではない一切のものである。われわれの力の及ぶものは、その性質上、自由であり、禁止されることもなく、妨害されこともない。が、われわれの力の及ばないものは、無力で、隷属的で、妨害されやすく、他人の力の中にあるものである。」

「人を不安にするものは、事柄そのものではなく、むしろそれに関する人の考えである。だから、死は本来、それ自体として恐ろしいものではない、そうでなかったら、ソクラテスもまた死を恐れたはずである。死が恐ろしいものだという先入的な考えがむしろ恐ろしいのである。それゆえ、われわれは、何者かによって妨げられ、不安にされ、あるいは悩まされたなら、決して他人を咎めてはならない。むしろ責むべきものは、われわれ自身、ことにそれに関するわれわれの考えである。自分の不幸のために、他人を責めるのは、無教養者の仕方であり、自分を責めるのは、初学者の仕方であり、自分もを他人をも責めないのが、教養者の、完全に教育された者の、仕方である。」

「君が知恵の正しい進歩を欲するならば、次のような誤った考えをまず取り除かねばならぬ、「自分の財産を不注意に取り扱うならば、やがて生計の道を失うだろう。自分の息子を罰しなければ彼は悪人になるであろう。」不安の心を抱いて贅沢三昧に暮らすよりも、恐れと憂いなしに死んだ方が勝っている。自分が不幸になるよりも、息子が悪人になる方が勝っている。」

「忘れてならないことは、君は人生において、饗宴の席におけるように振る舞わなければならぬことである。馳走の皿が君の前に回ってきたなら、手を差し伸べてその中から控えめに少しの分量をとれ。君の好むものが、しばらく回ってこなかったからといって、強いてそれを求めてはならぬ。むしろそれが君のところに回ってくるまで待っていよ。妻子や身分や富に関しても同様に振舞うが良い。そうすれば君は、いつかは神々の客人となるであろう。」

「あまりに長く肉体上のことに、例えば飲食やその他のことに、かかわっているのは、品性の卑しいしるしである。これらのことはすべて余計なものとして取り扱わねばならぬ。時間と精力とは、もっぱら精神のために用いなければならぬ。」
(以上の引用は、ヒルティ『幸福論』「エピクテトス」(草間平作訳)より)


マルクス・アウレリウス (121-180)
(省略)


付録
平凡社『世界大百科』の説明は以下のようである。
ストア学派
ギリシア・ローマ哲学史上,前3世紀から後2世紀にかけて強大な影響力をふるった一学派。その創始者はキプロスのゼノンである。彼はアカデメイアに学び,後にアゴラ(広場)に面した彩色柱廊(ストア・ポイキレ Stoa Poikile)を本拠に学園を開いたのでこの名がある。
 ストア学派の思想によれば,あらゆる認識の基礎をなすのは感覚である。世界は感覚的認識の総体であり,それゆえ物質的存在である。しかしその中には物質に還元できない英知が宿っており,それが物質世界に一定の秩序を与えている。この事物を秩序立てる力を〈神的火〉,または〈運命〉と呼ぶ。人間は内在する英知を自覚することによって,世界という秩序(コスモス kosmos)を認識しなければならない。人生の目的は,この自然の秩序にのっとって生きることであり,それが最大の幸福をもたらす。それが道徳であり,義務であるとともに宇宙と一体化する修行法なのである。世界は巨大なポリスであり,人間は〈世界市民(コスモポリテス kosmopolites)〉として,この世俗においても一定の役割を果たさなければならない。宇宙秩序に対する透徹した観照から,情念や思惑にかき乱されない〈不動心(アパテイアapatheia)〉を養い,厳しい克己心と義務感を身につけてこの世を正しく理性的に生きること,これをストア学派的生活と呼ぶが,この事情は英語のストイック stoic,ストイシズム stoicism などの語に反映されている。
 ゼノンの高邁(こうまい)な生き方は,クレアンテス,クリュシッポスに受け継がれた。これを古ストア学派と呼び,論理学,自然学に多大の業績を挙げた。前2〜前1世紀の中期ストア学派に属するパナイティオス,ポセイドニオスは道徳的,実践的局面を強調し,人事における神的英知の介入として〈摂理〉を説いた。新ストア学派にはセネカ,エピクテトス,マルクス・アウレリウスなどが属する。またパウロや初期キリスト教の教父,さらにはルネサンス期のリプシウス,F. ベーコン,T. モア,グロティウスなどに与えた影響も無視できない。(大沼 忠弘)


参考文献
岩崎允胤『ヘレニズムの思想家』 講談社(人類の知的遺産10→講談社学術文庫)

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