グノーシスの神話


グノーシス(gnosis)とは「知識・認識」を意味するギリシャ語(英語の know の語根)です。
グノーシス神話は、いろいろなヴァリエーションをもつ神話の総体ですが、善と悪の二元論をその特徴とし、自己の本質の認識(グノーシス)による人間(というより人間の内にある神性)の解放を目指します。キリスト教の教父アウグスティヌスが、若い頃に傾倒したマニ教も、グノーシスの一派でした。
キリスト教では、全能である神の世界支配が前提になるため、我々が生きているこの世界にある諸々の悪の存在を、うまく説明できません。
これに対して、グノーシスは、世界の堕落と腐敗という事実から出発します。
至高神は、創造神(デミウルゴス)を創造し、この創造神が世界を創造しようとするのですが、失敗してしまいます。だから世界には不完全さと悪が満ちています。
そして、もともと人間は、神の子なのですが、この堕落した世界の中で、自己の本質を見失い、眠り込んでいるのです。
神は、これを救おうと使者を送りますが、彼もまた、この世界に囚われ、光を見失い、眠り込んでしまったりします。

「 I am God's child.
 この腐敗した世界に堕とされた。」
と歌う、鬼束ちひろさんの「月光」は、グノーシスの世界像の表現そのものです。

グノーシス神話に共通の特徴
(1) 人間の知力をもってしては把握できない至高神と現実の可視的・物質的世界との間には超え難い断絶が生じている。
(2) 人間の「霊」あるいは「魂」、すなわち「本来的自己」は元来その至高神と同質である。
(3) しかし、その「本来的自己」はこの可視的・物質的世界の中に「落下」し、そこに捕縛されて、本来の在り処を忘却してしまっている。
(4) その解放のためには、至高神が光の国から派遣する啓示者、あるいはそれに機能的に等しい呼びかけが到来し、人間の「自己」を覚醒しなければならない。
(5) やがて可視的・物質的世界が終末を迎えるときには、その中に分散している本質は至高神の領域へ回帰してゆく。
(大貫隆「グノーシス主義救済神話の類型区分」 『ナグ・ハマディ文書T 救済神話』所収)


参考文献
ハンス・ヨナス 『グノーシスの宗教』 秋山さと子・入江良平訳 (人文書院)
が、少し高くて厚い本ですが、古典的な概説書です。
大貫隆訳著 『グノーシスの神話』(岩波書店) もコンパクトでよい。


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