Tal Farlow / Fuerst Set (テイチク ULS-1640-T)


ファースト・セット/タル・ファーロウ

Side A
ジョードゥ
ジョーンズ嬢に会ったかい
Side B
アウト・オブ・ノー・ホウェア
オパス・デ・ファンク

タル・ファーロウ<g>
ヴィニー・バーク<b>
エディ・コスタ<p>
ジーン・ウイリアムス<vo>
…B-1のみ
                       ■1959年12月18日録音

 タル・ファーロウが、ピアノのエディ・コスタ、ベースのヴィニー・バークとトリオを組んで、ニューヨークの小クラブ「ザ・コンポーザー」に出演を開始したのは55年の秋のことであったが、これは、それまでレッド・ノーヴォ・トリオの一員として働いて来たタル・ファーロウが、はじめてリーダーシップをとった記念すべきグループであると共に、この種のコンビネーションとしては、三年間という異例の長きにわたって活動を続け、単なるギター・トリオの一つと言うにとどまらない強力なグループ・カラーの確立に成功したという意味でも、特筆さるべき50年代の名コンボの一つであった。
 ご存知の如く、タル・ファーロウのこのギター・トリオは、56年の3月と6月に、ノーマン・グランツ氏のプロデュースで、「Tal」、「The Swinging Guitar of Tal Farlow」と題する二枚のアルバムを吹込み、共に当時のファンやクリティックから絶讃を博したが、彼等の最盛期のプレイを伝える記録が、これら二枚のレコードにとどまってしまったということは、録音のチャンスそのものがいくらでもあったであろうだけに、いかにも残念な結末であった。
 それだけに、ザナドゥ・レーベルのオーナーでありプロデューサーでもあるドン・シュリッテン氏が、56年に録音されたタル・ファーロウ・トリオの未発表テープをLP二枚分獲得したというニュースは、我々ジャズ・ファンを欣喜させるに充分な快報であったが、さてその一方で、これらの音源が、近年各国でレコード化されつつあるような音質粗悪なエア・チェックの類ではなかろうかという懸念が、一部のコレクター達のあいだで囁かれたことも事実であった。
 だが――現実にレコードとして市場に送り出されたこれらの演奏を一聴した時、我々の抱いていたささやかな心配は、跡片もなく吹き飛んでしまった。かつてジョージ・シェアリングのロード・マネジャーを務めたこともあるエド・ファースト(Ed Fuerst)氏からシュリッテン氏に譲渡された原テープは、当時ニューヨークの71丁目にあったファースト氏個人のアパートで録音されたものであったが、アフター・アワーのミュージシャン達が多数出入りしていた彼の居室には、調律されたピアノと高性能のテープ・レコーダーが常に備えられて居り、ジャズマン達が自らの楽しみのために録音したりプレイバックしたりしたそれらのテープは、当時の私的録音の水準を遥かに超えた秀れた音質と好ましいバランスを記録していたからである。恐らくエド・ファースト氏自身もこれらのコレクションを大切に保存して居たものと想像されるが、前後二枚のアルバム中の第一集(本LP)が、「First Set」ならぬ「Fuerst Set」と名付けられたのも、こうした陰の功績を考えればむべなるかなであろう。
 周知の如く、ギター、ベース、ピアノという楽器編成は、それまで主としてピアニストをリーダーとしたトリオの場合に聞かれ、アート・テイタム、ナット・コール、オスカー・ピーターソンといった人々が、それぞれの時代に、それぞれの音楽的商業的な成功を収めたが、中でもナット・コール・トリオの演奏は、三つの楽器が対等に近い比重でからみ合うという点に於いて、近代的なピアノ・トリオの先駆的存在として注目を浴びた。もちろん、タル・ファーロウ・トリオの場合は、同じ楽器編成とは称しても、演奏の中心はあくまでギターにあったわけだが、それでも二人のサイドメンの果たした役割が、単なる伴奏者の域にとどまっていなかったことは明瞭であり、中でもベーシストとしてのヴィニー・バークの感覚には、ウエスト・コースト・ジャズ以前の白人ミュージシャン達には、求めることの出来なかった種類の柔軟性が認められた。加えてこのコンボの性格を強く特徴づけていた要素の一つに、ギターとピアノの演奏スタイルが瓜二つという意外性があったが、あたかも一人のミュージシャンが二つの楽器を弾き分けているかのような錯覚が、屡々聴く者を驚かせたり、喜ばせたりした。無論これがこのグループの卓越性を創るに与った最高の条件であったかどうかは速断の限りではないが、ファーロウとコスタの二人が、最初のリハーサルで生じた異和感を克服して、音楽的双生児とでも言うべき域にまで彼等の楽想を近付け合ったことが、トリオの演奏を、きわめて奔放なものとさせていたことに疑いはあるまい。
 演奏の方は、実際にレコードを耳にされれば直ちに判る如く、ヴァ―ヴのスタジオ録音には聞かれることのなかったような長いトラックが、プレイヤー自身の楽しみのためという気持ちを反映させながら生き生きとして続く。プロ入り以来、幾度もドラムのない編成を経験して来たタル・ファーロウは、演奏がいかに長くなろうとも、そのリズム感覚に少しの乱れも見せない。一曲に、クロード・ソーンヒル楽団で歌っていたジーン・ウイリアムスが加わるが、こうした顔合わせも、プライヴェイトなジャム・セッションならではの面白さであろう。
 タル・ファーロウのレギュラー・トリオが残した、最高のアルバムと称しても過言ではない快作と思う。

(粟村政昭)


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