Sonny Stitt plays from the pen of Quincy Jones (コロムビア YW-7504)


Side A
1. MY FUNNY VALENTINE
2. SONNY'S BUNNY
3. COME RAIN OR COME SHINE
4. LOVE WALKED IN

Side B
1. IF YOU COULD SEE ME NOW
2. QUINCE
3. STARDUST
4. LOVER

スイングジャーナル選定【ゴールドディスク】


 四十年代の中期から七十年代を迎えた今日に至るまで、ソニー・スティットは随分沢山のアルバムを沢山のレーベルのために吹込んで来た。しかもなお現在、「チューン・アップ」と題されたコブルストーンの新作に聞く如く、第一級のアドリブ・プレイヤーとしての実力を失なっていない驚くべき存在である。スティットという人がジャズ界のファッションの移り変わりとは無関係に、昔ながらのスタイルで吹き通して来たジャズマンだけに、こうした不死鳥の如き活力と息の長さには今更の如く目を見張る思いがする。だがそうは申しても「ではスティットの最高傑作は?」ということになれば、我々は今でもやはりこのルースト盤「Sonny Stitt plays Quincy Jones Arrangements」を真先に選ばねばならないかと思う。55年の秋という、いわばソニー・スティットの最好調時に吹込まれたこの作品は、クインシー・ジョーンズの巧みなアレンジと相俟って、いわゆるワン・ホーン・ジャズのアルバムには期待出来ないヴァラエティ豊かな構成となって居り、文字通りスティットの全貌を描き出し得た快作として発売当時ダウン・ビート誌でも五ッ星の評価を受けて絶賛された。

 ソニー・スティットは1924年2月2日、ボストンに生まれた。一家は言うところの音楽ファミリーで、彼も7才の頃からピアノの手ほどきを受け、次いでクラリネット、アルト、テナー、バリトンとマスターして、四十年代の中期よりジャズ界の第一線に進出し注目の存在となった。彼がクラリネットを吹いた録音というのは寡聞にして知らないが、バリトン・サックスの方は五十年代の初めに何度かレコーディングに用いていたから、その荒々しいサウンドを御記憶の方も多いかと思われる。
 しかしスティットの主要楽器と言えば何といってもアルトとテナーであり、常にパーカーと比較して論ぜられたアルト・ソロ、レスター・ヤングの影響を多分に感じさせるテナー・ソロは、共に第一級のものとしてファンに親しまれて来た。
 スティット自身の主張するところによれば、彼は1943年までチャーリー・パーカーのレコードを聞いたことはなかったと言う。また42年頃、タイニー・ブラッドショウのバンドでアルトを吹いているスティットを聞いたというマイルス・デイヴィスは、彼はその頃から現在と同じようなスタイルで演奏していたと証言している。まあこうしたミュージシャン自身の、あるいは彼等同志の思い出話というのは屡々信憑性に欠けるのでどの程度まで本気で聞いてよいものやら判らないが、いずれにしても47年頃までのスティットが一聴パーカーを思わせるスタイルのアルトを吹き、しかも<第二のパーカー>とか<小型バード>といった見方をされることをひどく気にしていたことだけは事実のようだ。それかあらぬか49年に麻薬禍から解放されて退院した後のスティットは、専らテナーを吹くことによって世評に対抗し、ジーン・アモンズと豪快なサックス・バトルを演じて非常な成功を収めた。
 以後スティットはテナーとアルトを適宜持ち換えて吹くようになったが、筆者個人としては本アルバムに聞く如く、アルトを吹いた時の情感漲るスティットのプレイの方をより好んでいる。パーカーとの類似性についての筆者の個人的見解は――スティットはたしかに心情的に最もパーカーに近い線にあったが、スティットにはバードの持っていたリズムの面での冒険性がなく、ために彼のプレイは時として<先の読める>平板なものに陥る弊があった。その代わりスティットには原曲の美しいメロディをストレートに歌い上げる率直さと大胆さがあり、この良い意味での保守性が彼の演奏を常に著しくエモーショナルなものにしていた。結論としてスティットとバードとは、その気になれば明快に識別のつくサックス奏者同志であり、コンセプションが似通っているという点だけを見て簡単にイミテーター扱いすることは、スティットの側からすれば極めて心外な評価であったことと同情される。パーカーの死後、スティットがにわかに伸々とアルトを吹き始めた――などという観察も、だから、根っからの野次馬的な感想とは言えないと思う。

 一方このアルバムの今一人の重要人物であるクインシー・ジョーンズは、53年にライオネル・ハンプトンのヨーロッパ楽旅に加わった頃から次第に頭角を現わし、やがてディジー・ガレスピー楽団の中近東楽旅の音楽監督を経て自楽団を組織。一躍五十年代末期ジャズ界の最有望人物の地位にのし上がった。しかしその後の彼が持前の多才さ故に次第にジャズ界を遠ざかる結果となったことは先刻御承知の通りである。
 ではここで本アルバムの録音データを御紹介しておきたい。

Come Rain Or Come Shine
Love Walked In
If You Could See Me Now
Lover

            Sonny Stitt with Quincy Jones Orchestra
                Jimmy Nottingham, Ernie Royal (tp);
                J.J.Johnson (tb) ; Anthony Ortega
                (fl, as); Sonny Stitt (as); Seldon
                Powell (ts); Cecil Payne (bs); Hank
                Jones (p); Freddie Green (g); Oscar
                Pettiford (b); Jo Jones (dm)
                          September 30, 1955
My Funny Valentine
Sonny's Bunny
Quince
Stardust

            Sonny Stitt with Quincy Jones Orchestra
                Thad Jones (tp), Joe Newman (tp)
                & Jimmy Cleveland (tb) replace
                Jimmy Nottingham, Ernie Royal &
                J.J.Johnson.
                             October 17, 1955

 上記の如く素晴らしい顔ぶれを揃えた中型編成のアールスター・オーケストラになっているが、内容的にはほとんどスティットのワン・ホーン・アルバムといってもよい演奏で、クインシー・ジョーンズのアレンジが適度にアンサンブルを引き締めてスティットのソロをいやが上にも浮き彫りにしている。

サイド1
1. マイ・ファニー・ヴァレンタイン

 お馴染みのリチャード・ロジャースの佳曲で、マイルス・デイヴィスの名演によってよく知られているが、スティットは原曲の美しいメロディを残しながら見事に歌い上げている。モダン派ジャズメンのバラード演奏はえてして「泣き」の要素のない無味乾燥なものに走ったり、原曲の旋律を全くないがしろにしたコワモテの扱いに終始することが多いのだが、エモーション一本で押しまくって来るスティットは流石にオリジナル・メロディをストレートに吹いて動じない。

2. ソニーズ・バニー
 単純なリフ曲で、作者はソニー・スティット自身である。トランペットのソロはジミー・ノッティンガム。彼はハンプトンやチャーリー・バーネット楽団に於ける活躍で知られた名手で、リードをやらしてもソロをとらしても、共にソツなくこなす重宝な存在であった。

3. 降っても晴れても
 ハロルド・アーレンの名曲。クインシー・ジョーンズのアレンジが達者なところを聞かせるが、彼の編曲手法というのは一聴ヘッド・アレンジを思わせるさり気ない構成のうちに、要所々々だけは適確に押えて行くといった巧妙なもので、数年後彼がジャズ界の寵児となり、やがてコマーシャリズムと握手するに至った道程も、善悪は別としてうなずけるものがある。

4. ラヴ・ウォークト・イン
 ジョージ・ガーシュインの最後の作品で、ここでもスタンダード・ナンバーを吹くスティットの魅力が圧倒的だ。

サイド2
1. イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ

 モダン・エイジに入ってから創られたバラードで、作者は鬼才を謳われた故タッド・ダメロン。サラ・ヴォーンの決定的な名唱によってファンに知られるようになったが、ここに聞くスティットの2コーラスのソロも、作曲者、演奏者の名を共に恥かしめない第一級の出来だ。(註1)

2. クインス
 タイトルから直ちに察しがつくように、クインシー・ジョーンズが書いたオリジナル・ブルース。ベースとピアノが2コーラスづづアドリブしたのちにアンサンブルによるテーマが現われ、次いでサッド・ジョーンズ、ソニー・スティットと気分満点の盛り上がりを見せる。

3. スターダスト
 リズム・セクションだけをバックにして、ヴァースの部分から熱っぽいスティットのソロが続く。情緒纏綿とした「スターダスト」の多い中にあって、この、内に力感を秘めたスティットの吹奏ぶりは正に異色だ。

4. ラヴァー
 リチャード・ロジャース作のこれまた耳慣れたスタンダード。スティットはバックのアンサンブルの存在をほとんど意識させないほどの馬力とテクニックによって、完全に聞き手を圧倒してしまう。
                    
          解説 粟村政昭
                                 (1973. 1)

(註1) 原文は「出来事だ。」


→粟村政昭
→ジャズの聞こえる喫茶室

→村のホームページ