Louis Armstrong

『スイングジャーナル』1960年4月号
ルイ・アームストロングのレコードは何を買えばよいか」(ジャズLP基本蒐集講座 その1

 あるプレイヤーの代表的なレコードを選ぶというのは仲々難しい事が多いが、サッチモの場合に限り之は簡単だ。サッチモは二八年を頂点とするホット・ファイヴ、ホット・セヴンなど一連の吹込みに於て、ジャズ史上を飾ると共に彼自身の音楽生活のハイライトをもなすべき数々の名演を残したが、これらの演奏は米コロムビアの「ルイ・アームストロング物語」全四巻に納められているし、我国でもその抜粋とも云うべきレコードが「サッチモ・ザ・グレート」(Col PL-5082)、「ゴールデン・エイジ」(Col ZL-1016)の二枚として出ているからだ。この二枚を聴けばサッチモの真価は明かとなる。その逆に、これらを聴かずしてルイは語れない。サッチモの数あるLP中先ず買うべきはこの二枚であろう。スキャット・ヴォーカルに新境地を拓いた”ヒービー・ジービース”。ホット・セヴンによる”ポテト・ヘッド・ブルース”。ハインズと組んだ”マグレス”、”タイト・ライク・ジス”、”ベイズン・ストリート”、そして”ウエスト・エンド・ブルース”。ジャックTと入れた”ノッキン・ア・ジャグ”。ロベール・ゴォファンが最高に推す”シャイン”。ことごとく不滅の名演揃いだ。ルイのスタイルの変遷を知る上で絶対に欠かせないと云われる二枚の”ワイルドマン・ブルース”は二七年五月のテイクが納められているが、四月の方の吹込みもコーラルの「ジャズの巨人達第一集」(LPCM-2017)の一部として出ているのが有難い。ただ、ビッグ・バンドのものは、小編成のものに比して音も悪いし、ルイ自身を除いて余り冴えないが、”スターダスト”の歌詞がテイクによつて違つているのは面白い。
 この二枚に次いで挙げられるのが、同じくコロムビアの「ハンディ作品集」(PL-5008)だ。之は先ず何よりも歌が素晴らしい。歌手としてのサッチモが、如何に優れた存在であるかを示す絶好のレコードだ。録音は五四年と新しいが、演奏も第四期のサッチモとしては最高のものだろう。ただ、曲によつてテープを利用した複合録音になつているものがあるが、之はゲテ物以外の何物でもない。
 三番手のレコードとしては、ユーグ・パナシェが大絶賛したデッカの二枚の十吋盤、「ニューオルリンズ・デイズ」と「ジャズ・コンサート」がいい。之は目下廃盤になつているが、その内千円盤として復活すると思うし、ルイのオールスターズが最高のメンバーを揃えていた頃の快演として挙げておきたい。そして、ここでもルイの歌が良い。この二枚を補強した――と云うよりも、別の演奏を無理にくつつけて作つた十二吋盤や抜粋EP盤なら今でも手に入るがこういうのは甚だ感じがよくなくて嫌だ。
 もう一つの「タウンホール・コンサート」(Vic EP-1065)が凄いが、全部で六曲ある録音の内、四曲しか入つていないのは、EPの性質上致し方ないが物が物だけに残念な気がする。
 この他にも楽旅の記録である「サッチモ大使の旅」(Col PL-5057)や心温まる回顧盤「サッチモ音楽自叙伝」(Dec JPL-6061〜4)など、凡そルイのレコードであつて魅力の無いものなど一つもないが、それを一々挙げて行つては基本的ライブラリイの枠から出てしまう。未発売の海外盤ではデッカの二枚組の「シンフォニイホール・コンサート」と、それから矢張りコロムビアの「アームストロング物語」の残り全曲が、どうしても発売して貰いたい歴史的な傑作レコードだ。

「ディキシーランド(上/下)」(1959年/10月-11月)の次にSJ誌に載った粟村氏の評論がこれ。
このシリーズの三回目も粟村筆で、「ベニー・グッドマンのレコードは何を買えばよいか」。
この回だけ「これからレコードを集める人のために」という見出しがついている。

注)「ハンディ作品集」の原文は「ハンデイ作品集」、これはもちろん「Louis Armstrong Plays W.C.Handy」のこと。
 そのほかレコード名で「サツチモ」「ジヤズ」などの表記は(本文が「サッチモ」「ジャズ」なので)「サッチモ」「ジャズ」に訂正した。同様に「ニユーオルリンズ」「シンフオニイ」も「ニューオルリンズ」「シンフォニイ」に訂正。
―ゴシックの小文字が無かっただけじゃないのかね。
―まあ、そうなんでしょうね。他のページも同じですし、活字を拾って印刷していた時代ですから。

また文中、「ルイのスタイルの変遷を知る上で絶対に欠かせないと云われる二枚の”ワイルドマン・ブルース”」というのは、油井正一『生きているジャズ史』から引用すると、
「第一期から第二期への移り変わりを、明瞭に示しているレコードとして、私が引用したいのは、二枚の”ワイルド・マン・ブルース”であります。そのひとつは、一九二七年の四月の終わりに、ジョニー・ドッズのブラック・ボトム・ストンパースに加わって吹き込んだもので、単純な、しかも感動的な美しいブルース・ソロを行ない、第一期の終結を見せております。ところが、わずか二週間後に吹き込まれた同曲(ホット・セヴン)はおどろくほど手のこんだ、複雑なソロを展開し、華やかな第二期へのスタートを明示しております。」
因みに、第三期は30年代前半のビッグバンド時代(1931-35)、第四期はその後(1935)から現在まで、となる。
(粟村氏の原文は「三七年」だが、明らかに「二七年」の誤植だから、断らずに訂正しておいた。)

―このLPは、一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩である。(注1)
―それは、アームストロング違いです。 ってか、誰ですか?
―ルイは友を呼ぶって言うし、ノー・プロブレム。
―類友って、「似てる」って意味だから、ニールですか。何か、よく分かりませんけど。
―ルイの友を呼ぶなら、庭でお茶会の、ジャック・ティーガーデンだと言えよう。
 それで、あっちも、こっちも、さっちも、じゃない、そっちも、お茶会かって、アメイジングだとは言ってほしくない。
―もしかして、ウノ先生ですか? 何を言っておられるのか、まったく意味が分かりません。
  (遠くで「おくすりですよ〜」の声)
(注1)"That's one small step for a man, one giant leap for mankind."(Neil Armstrong)


『スイングジャーナル』1965年2月号
「ベスト・プレイヤーズ ベスト・レコード(Best Player/Best Record)」
Aルイ・アームストロング
 フレッチャー・ヘンダースンやデューク・エリントンの再発物がどしどし世に出る現状にあって、米コロムビアに残された Armstrong Story 全四枚の傑作が未だに我国で日の目を見ないのを全くぼくは遺憾に思う。或はこれまでに抜粋物を余り出し過ぎた関係で完全な物の発売が遅れているのかも知れないが、27, 8年をピークとしたホット・ファイヴ、ホット・セヴンの熱演を納めたこれらのLPは、ひとりルイの傑作のみならずジャズ史上に輝く不滅の名盤である。一枚づつ購入しようとするファンには、ハインズと組んだVol.3(Col. CL-853)を筆頭に、Vol.2の「Hot Seven」(852)の順で買われる事をお勧めする。戦後のオールスターズ時代のものでは、音が少し悪いがティーガーデンとの絶妙なコンビネーションの聞かれる「Town Hall Concert」(Vic. LPM-1433)が素晴らしく、「サッチモをあなたに」(Col. PMS-7/8)の中の一枚「W.C.ハンディ集」は録音も良く、ルイの歌が最高の出来である。これらに続くものとしてはデッカの「シンフォニイ・ホール」(Dec.JDL-5016/7)と、ルイのオールスターズが最高のメンバーを揃えていた頃のスタジオ録音「N.O.Nights」(Dec.-8329)「On Stage」(Dec.-8330)が傑作だ。

後に『ジャズ・レコード・ブック』にまとめられることになる連載の第一回目。
(「N.O.Nights」は「New Orleans Nights」1958年に米で出されたコンピレーション盤(→Discogs
その上の記事で推薦されている10インチ盤「New Orleans Days」(→Discogs)を基にしたもの。)
@はキャノンボ−ル・アダレイ(これは省略)
序言も引用しておきます。

 「某々のレコードは何を買うべきか」といった類の文章には年中お目にかかる様な気がするが、実際にレコードを購入するに当って頼りになる内容のものは意外と少ない。
 その第一の理由は、選択が甘くて最高点クラスのレコードと称するものがやたらと沢山並べられている場合が多いからだ。近頃の我国レコード市場は可成り乱戦気味だから、上手く立ち廻れば外国盤国内盤共に相当安い値段で購入する事は出来る。
 しかし、千円、2千円の支出は我々の生活水準からみて、余程の金持でもない限り痛いことには変わりがない。そんな時に、これも良い、あれも結構という大様な推薦のされ方をすると、全くの話腹が立つ。それに執筆者の中には妙にイキがって、ゲテ物レコードや道楽的な吹込みを挙げる人もいるが、実際に身銭を切ってレコードを買うコレクターにとってこういう人々は明らかに敵である。
 そんな訳で、この稿を書くに当ってぼくは、推薦レコードは真に良いもの乃至は話題になったもののみにとどめ、出来るだけ少い数のレコードを選出しておくことに決めた。勿論この他にも傑作佳作といわれるLPは沢山あるから、ファンの方はこの稿を一つの参考として、後は自分の好みに応じてコレクションの幅を拡げていかれるといいと思う。


『スイングジャーナル』1966年2月号
「ジャズの巨人――5 ルイ・アームストロング」

現今のサッチモ
 現在のアームストロングのステージ演奏を一語にして評するならば「老醜」の一語に尽きる。
(以下、そのうち書きます。長い。)

―かつて栗村政昭氏が、昔の偉大さを知るが故に晩年のアームストロングをボロクソに書いたことがある。(注1)
―あっ、ユイ先生でしたか。アメイジングです。失礼しました。で、それが、これですよね。
―「老醜」か…まあ、一概に年のせいとは言えんのだがね。私も「マンハッタン・ジャズ・クインテット」を絶賛したこともあるし、
 その前は大ヒュージョン推しで、
 「ヒュージョンは、80年代に向かっての理想的な新しいジャズといえるのである」とか書いたし。(注2)
―ヒュージョンの方は未来予測だから、ま、いいと思いますけど、新しいMJQの方は…。
―イワナミ君やテラシマ君のように、昔と反対のことを、何事もなかったように平気で言える神経が裏山だ。
―ある意味、羨ましくはありますよね。でも、先生だって結構…
―うん、あんまり堅いことばっかり言うておると、クリムラ君みたいに引退するしかないからなあ。
―先生!クリ(栗)じゃなくて、アワ(粟)ですよっ!アワムラさんに「老醜」って言われちゃいますよっ。
(注1)油井正一『ジャズの歴史物語』(1972 スイングジャーナル社) 65頁。
(注2)『スイングジャーナル 1979年11月臨時増刊 モダンジャズ読本 '80』 55頁。
 因みに『生きているジャズ史』(1988年増補)の末尾には、
「見方によっては「フュージョンも立派なジャズの一種だ」という事は出来ます。そう信ずる人をコケにする気は毛頭ありません。」と、ナニゲに、書かれている。


『スイングジャーナル 1970年4月臨時増刊 ジャズレコード百科』
FOUR GIANTS: COLLECTION GUIDE
louis armstrong

 現在マイルストーンやオデオンから出ているキング・オリヴァー楽団での録音(MJ-7132, OR-8068)を聞いてみると、オリヴァーのリードに対する若き日のルイの、余りにも見事な協調ぶりに驚かざるを得ない。少くともルイのセカンド・コルネット・マンとしての役割には過不足なく、オリヴァーに脅威を与えたという恐るべき天才児ぶりは表面には出ていない。しかし24年にニューヨークのヘンダーソン楽団に迎えられて吹込んだ幾つかの水際立ったソロ(米コロムビアの「「Henderson Story」に一部収録)やこの間に付き合ったブルース・シンガー達の録音に聞く強力な助演ぶり(「永遠のアームストロング」マイルストーン MJ-7131)を聞くならば、若干20才余のサッチモがあらゆる楽器を含めて当時のジャズメンの水準を遥かに抜きん出た偉大な存在であったことが判然としよう。尤もこの期のルイのコルネットあるいはトランペット・スタイルはいまだオリヴァーの影響を強くとどめた単純素朴なものであり、ホット・ファイヴ、ホット・セヴンの録音に聞かれる様な天馬空を往くが如き奔放な吹奏ぶりには、まだいささかの距離があった様だ。
 翌25年にヘンダーソンの許を去って、シカゴへ戻ったルイはアースキン・テイト、キャロル・ディッカーソンのバンドにスターとして迎えられ、偉大なるジャズ・トランペッターとしてファンやミュージシャンの注目を集める一方、後に全世界の人々から愛されるにいたったエンターテイナー、サッチモとしての第一歩を踏み出すこととなった。「ルイ・アームストロング傑作集」全四巻(オデオン)はオーケー・レーベルに残されたホット・ファイヴ、ホット・セヴンによる録音をほぼ完全に収録したもので、ジャズ・レコードのコレクションを心がける人々がまず購入しておかねばならない永遠のクラシックスだが、これらの演奏が通常の三管編成をとりながらもその実「ルイ・アームストロングとその伴奏コンボ」的性格を備えているあたりにこの当時のルイの理想の一端がのぞいている様だ。
 28年にキャロル・ディッカーソンのバンドを引継いでニューヨークへ出たルイは、ルイ・ラッセル、ココナッツ・グローヴ・オーケストラ、レス・ハイトといったバンドを背後のステージに並べ、「世界一高音をヒットするトランペッター」として日ましにその人気を高めていったが、硬派のジャズ・ファン達からとかくその陳腐なアレンジを指摘されがちなこれら一連のビッグ・バンド演奏も、スターとしての己の芸を百パーセント売りたいというルイの芸人魂のなせるワザであったとすれば、あながち眉をひそめて弾劾するほどのこともない様に僕には思われる。当時のレコードは、そういった訳で、必ずしも全部が蒐集の対象になるとは思われないが、「ルイとビッグ・バンド1928〜1930」(パーロフォン PMC-7074)あたりは立派なものだし、「黄金時代のルイ・アームストロング」全二巻(ビクターSHP-6010〜1)も資料としての完全性からコレクターの関心をひこう。
 ルイのビッグ・バンドがリーダーのソロを除いてスイング・イーラに殆ど云々する程の貢献を残し得なかったのは「ピンキーとキラーズ」の「キラーズ」的役割から考えて当然のことであったが、それでもリーダーが一時の高音乱発癖から抜け出したデッカ時代の録音(35年以降)にはバンドとして見るべき演奏も何曲か残されている。特にルイ・ラッセルのバンドを使った録音の幾つかはサイドメンの秀れた力量にも助けられて聞き応えのあるジャズ演奏となっているものが多い。珍妙なタイトルでファンの失笑を買った「希有」(デッカ SDL-10343)も我国では割合軽く片付けられてしまったが、僕は可成りの名盤だと高く評価している。
 デッカはサッチモの幅広い才能をフルに利用してポップ・チューンからハワイアン・ナンバーの演唱までを彼に命じたが、いかなる吹込みにも手を抜かないルイの真摯な態度は、後年ヴォーカリストとして大成するための好ましい下地となって彼に幸いした。50年代になってポピュラー・ファンをも大いに喜こばせた「バラ色の人生」や「夢を描くキス」の円熟した表現は、いわゆるミュージシャンの唄には求め得ないプロフェッショナルな風格を持っている。
 ジャズマンとしてのルイが今一度ファンに再認識されるきっかけとなったのは、レコードで語る限りに於いては47年5月に行なわれたタウンホール・コンサートの大成功であったろう。この夜の演奏は6曲だけがLP化されて且てビクターから出ていたが、今は残念ながら日米共に廃盤となった。しかしこのコンサートが機縁になってサッチモとジャック・ティーガーデンのコラボレーションは恒久化し、バーニー・ビガード、シドニー・カトレット、少し遅れてアール・ハインズの参加したサッチモ・オールスターズは、この種のディキシー系コンボ中もっとも豪華なメンバーを揃えたグループとして「Satchmo at Symphony Hall」「Satchmo on Stage」「New Orleans Nights」といったレコードで名人芸の極致を競い合ったのである。
 しかし経済的な成功が人間の向上意欲を阻害するのは世の通弊であると見え、「Satchmo at Pasadena」(Dec..8041)の録音された頃から、さしも隆盛を誇ったオールスターズにもマンネリの色が見え始めた。メンバーの質的低下がこれに拍車をかけた。とりわけこれ以後のルイのグループにとって不幸であったのは(あるいはそれがリーダーの意志であったのかも知れないが)、トロンボーンにトラミー・ヤングという凡才が居坐り、ドラマーについぞ名手を見出すことが出来なかったという点である。これはサッチモの最後の傑作となった(恐らくは――だが)「アームストロング・プレイズ・ハンディ」を聞いてさえ感じられる難点であり、「聴衆が変るのだから毎ステージ同じ曲をやってもかめへんのや」という御大の厚顔ぶりと共に後期オールスターズへの決定的な悪評の因をなした。
 ハンディ集以後に吹込まれたアルバムのうちでは「Ambassador Satch」(Col. CL-820)が好評を博したが、ここで聞かれるエドモンド・ホールは遂にその真価を発揮し得ぬままオールスターズを去った。
 今一つ、デッカから出た4枚組の大作「Autobiography」(DX-155)は内容的には四ッ星程度の作品だが、老サッチモのしみじみとした語りが絶品で、それだけでもファンの座右に置かれて恥じない作品である。
 最後にヴォーカリストとしてのサッチモに触れねばならないが、前述したものの他ではエラと組んだ「Porgy & Bess」(Verve 4011〜2)が異色作として推薦に価する。ルーレットにある数枚のエリントンとの共演盤は人の賞める程立派な出来とは思えないのだが……。

校注)「水際ったソロ」→「水際立ったソロ」、「ホット・ファイヴ・ホット・セヴン」→「ホット・ファイヴ、ホット・セヴン」、「先笑を買った」→「失笑を買った」に訂正。
「且て」は「嘗て」に直したいが、訂正していない。

―「希有」(日本グラムフォン)は、「Rare Items (1935-1944)」1967米Decca(→Discogs)の訳ですね。ユイ先生、どうですか。
―間違った訳ではないと思うんだが…。
―ええ、でもキースの「残氓」(ざんぼう)と同じくらいのインパクトがあります。知りませんでしたが、残氓って「亡国の民」って意味だそうです。
それも「Survivors' Suite」だから「生存者たちの組曲」、あながち間違いじゃない。ちな、Suiteはスーツじゃなくて、スイートと発音します。甘いのスイートと同じ。ちな、キースは嫌いですが、邦題もアレですが、これが傑作であることは認めます。
―セシル・テイラー「Silent Tongue」の国内盤が「黙舌」というのはどうですか。
―「もくぜつ」?「沈黙の舌」? タングは舌じゃなくて言葉って意味です。mother tongueとか言うでしょ。母の舌ですか? …うん、まあ、それはそれで、ちょっとエロいかも。舌と言えば唇ですから。したのくちびる…
―はい、はい。じゃあ、Weather Report の「A Remark You Made」が「お前のしるし」と訳されてるのは?
―それを出しますか。これは、もう、アウトです。ソニーの担当者が忙しくて徹夜続きで、おまけに、エロい動画とか見過ぎだったんで、「これ、あなたがつけた、し・る・し。ウフッ」って思い込んだんです。よくあることです。
―「キス・マーク」って訳さなくてよかったですよね。ザヴィヌル、怒りますよ。
―それにソニーの担当者は、エロい動画なんて見てるヒマがあったら、我が青春のアイドル、ビックス(注1)の、ちゃんと編集したCDをなぜ出さんのですか、大いなる疑問です。映画が来たから、アメリカ盤を名前だけ変えて出せば売れるだろ、って思ったんですか。それに、コロンビア原盤のエリントンとブラントンのデュオ2曲、未だにCD化されていませんが、なぜさっさとCD化しないんですか?そもそも、ジャズという文化遺産をど〜思っているのか…
―先生、もう、お薬の時間だそうですから、今日はこの辺で…
(注1)「いまは、中森明菜がいいね。ハッハッハ」『スイングジャーナル』1984年3月号234頁


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