Lee Konitz / Figure And Sipirit (テイチク KUX-13-G)
(2026年 追記)
プログレッシヴという名のジャズ・レーベルは、50年代の中期に、数枚のアルバムを出しただけで活動を中止したマイナー・カンパニーであったが、「カフェ・ボヘミアのジョージ・ウォリントン」という、ハード・バップの小傑作を録音したことによって、長くわが国のコレクター達に、その存在を注目されて来た。しかし、そのコレクター・アイテムも、近年別テイクまでも含めてわが国で復刻され、プログレッシヴ・レーベルをめぐるファンの執心にも、一応の決着がついていたのだが、このほど思いがけなく、往時のオーナーの下で、新録音を開始することが決まり、早くもその第一回新譜として、このリー・コニッツ〜テッド・ブラウンのテープがテイチクに送られて来た。プログレッシヴのオーナーは、昔のジャケットによれば、ガス・グラントという人であったはずだが、今度こちらに来た資料のコピーによると、ガス・スタティラスという名前に変わっている。ミュージシャンでもない人が、別名を使っていたというのも、少々妙な気がするが、テイチク側の説明では、間違いなく同一人物だということだ。してみれば、この新しいプログレッシヴ・レーベルは、かつてのオーナーが、長年出版やスタジオ経営の仕事にたずさわってきたのちに、ふたたび初心黙し難く復活させたジャズ・レーベルだということになり、ノーマン・グランツ氏の場合同様、以前に勝る意欲的な企画が待たれるということになろう。本アルバムで実現した、リー・コニッツとテッド・ブラウンの顔合わせなども、言われてみれば、なるほどと、誰もが納得のできる無理のないコンビネイションでありながら、その実、関係者の誰もが思いつかなかったような名企画であり、76年度のニューポート・ジャズ・フェスティヴァルの直前に第一線に復帰したテッド・ブラウンを、素早くキャッチしてスタジオに連れて来たあたりのソツのなさは、今後に対する期待を、いやが上にもかき立てるものがある。
ところで、このレコードで、事実上、対等の共演者であるテッド・ブラウンを措いて、リーダーの名を冠せられているリー・コニッツは、近年もいよいよ健在で、スティープル・チェイスやホロといったヨーロッパのマイナー・レーベルを中心に、興味深い新作を発表しつつあるが、彼の演奏に対する変わらぬ賛辞がある一方で、近年のコニッツのプレイはいかにも締まりがなく、往年のクール・ジャズ全盛期が懐かしいという声の混っているのを、否定し得ない形勢にあった。それだけに、75年の秋ごろより、コニッツが、かつての同志の一人であったウォーン・マーシュと屡々ヨーロッパで共演の機会を持ち、トリスターノ・スクール時代さながらの息の合ったプレイを聞かせたというニュースは、昔からのコニッツ・ファンにとっては、一日も早く、その顔合わせによる新録音を耳にしたい快ニュースであったのだが、ソネット・レーベルが彼等をレコーディングしたという噂が流れるばかりで、いっかな現物が市場に出たという話を聞かなかった。
一方、テッド・ブラウンはと言えば、56年にヴァンガードに吹込まれた「Free Wheeling」というアルバムが、好個のコレクターズ・アイテムとして、蒐集家達の血を沸かせて来たという以外、ついぞその近況に接することもなかったが、76年の6月に、突如ニューヨークのクラブに登場したというニュースが伝えられて、われわれを驚かせた。なんでもこの数年来、彼はコンピューター関係の会社に勤めていて、音楽とは縁を切っていたということであったが、その会社が倒産したのを契機にふたたびサックスを手にする気持ちになったらしい。従ってブラウンの再起は、再起そのものが、本稿の執筆時にはまだまだホット・ニュースであったわけで、その彼が、早くも10月にはレコーディング・スタジオに現われて、マーシュに代わって、旧知のリー・コニッツと共演しようとは、当の本人達やプログレッシヴ・レコードのスタッフを除いては、誰もがいまだ、予想する段階にはなかったのである。
御存じの如く、リー・コニッツとテッド・ブラウンは、共に通称トリスターノ・スクールの一員として、50年代初めのクール・ジャズの最盛期に、その才能をファンに謳われ来た。ただし、トリスターノ派の代表的なテナー・マンと言えば、誰もが直ちにウォーン・マーシュの名を思い出すように、テッド・ブラウンの方は、その当時から、どちらかと言うと地味な存在で、トリスターノ一家のレコーディングにも、ついぞ起用されるというチャンスに恵まれなかった。それと言うのも、ブラウンの場合は、生計を維持するために、昼のあいだオフィスで働くことが多く、深夜に及ぶミュージシャンの生活には、ある程度以上には深入りすることが出来なかったからである。
テッド・ブラウンは、27年にニューヨークで生まれたが、14才の時に一家と共に西海岸に移住し、兵役が終わったあとの48年に、ふたたびニューヨークへ出て来て、トリスターノに師事することとなった。彼をこうした方角に導いたのはウォーン・マーシュで、マーシュとブラウンとは陸軍の基地で出会い、そのマーシュが、一足先にトリスターノの教えを受けることになったからである。
ブラウンは、前後7年もの長きにわたってトリスターノの薫陶を受けたということだが、彼がトリスターノの門下生として得た最大の教訓は、決して他人の真似をしてはいけないということであり、もっと現実的な意味では、彼自身の楽想を間断なく発展させて行くための重要なバックグラウンドとして、ステディな4拍子を送り出すことに徹した、忠実なドラマーを得るということであった。かつてトリスターノの門弟中、最高の秀才と目されていたリー・コニッツが、パーカーの存在を知りながら、敢えてトリスターノ流のリズム感覚に徹して行くことの難しさに悩んで師の許を去ったことを考えると、テッド・ブラウンの場合は、その点での不満はあまりなかったように思えるが、ただ彼としては、トリスターノが説くような、あらかじめ幾つかのアイディアを暖めておいてソロの手がかりとするという考え方には賛成ではなかったらしく、たとえそのために、ソロ・コーラス全体のまとまりを失なおうとも、第一音から束縛なしにイムプロヴァイズして行くことが好きであったらしい。そうした彼の基本姿勢を、実例を以て検討出来るほどには、相憎とわれわれは充分な資料(録音)に恵まれていないが、その意味でウォーン・マーシュの方が、よりトリスターノのお気に入りの弟子であったろうことだけは、容易に想像出来る。
いささか前置きを述べるのに熱心であり過ぎたようだが、こうした事情を背景として、リー・コニッツとテッド・ブラウンの50年代以来の共演は、76年の10月20日、ニューヨークのダウンタウン・サウンド・スタジオに於いて行なわれた。二人のサキソフォン奏者を含む、このレコーディング・セッションのパーソネルは、次の通りである。
Lee Konitz (as, ss)
Ted Brown (ts)
Albert Dailey (p)
Rufus Reid (b)
Joe Chambers (ds)
このうち、ベースのルーファス・リードについては、あまり馴染みがないが、ピアノのアル・デイリーは、60年代に入ってから、デクスター・ゴードン、アート・ファーマー、ソニー・ロリンズ、ゲイリー・バーツ、スタン・ゲッツらと共演している、38年生まれの中堅ピアニスト。ドラムのジョー・チェンバースは42年生まれで、エリック・ドルフィーやフレディ・ハバードのグループで演奏して、次第に頭角を現わし作曲の才能にも恵まれていて、最近では自身のアルバムも出すようになった。ブルー・ノートやフリーダムといったレーベルに、彼の参加したセッションが沢山あるが、さまざまなタイプの演奏に、広く融通性を持った、堅実なドラマーである。
演奏の方は、両面に各三曲ずつ、計六曲という配分になっているが、「Figure And Spirit」と「Dream Stepper」の二曲がコニッツ、「April」がトリスターノ、他の三曲がブラウンと、それぞれのオリジナルで固めているあたりの構成は、スタンダード・ナンバーの多かったコニッツの近作からすると、一寸異色である。
全六曲中、トリスターノ学派の再会という意味で、最も印象に残るトラックは、B面冒頭の「April」で、コニッツとブラウンのアルト〜テナーのユニゾンによって、イントロ抜きで、いきなりテーマが始まるあたりの呼吸は、正に往時のキャピトル・セッションの再現といった感じでスリリングである。コニッツのソロも、近来になく流麗で、緊張感に満ちている。ただ、ピアノのアルバート・デイリーが「Rockin'
in Rhythm」の一節を引用するあたりは、やはり蛇足で、このあたりのセンスが、結局は、コニッツやブラウンとの世代の違いということであろうか。
同じような意味で、「Featherbed」のテーマの合わせかたも、まことに魅力的で、「April」のような鋭角的なメロディではないが、ソフトなサックス・ユニゾンのような響きが耳にこころよい。それだけに、コニッツのソプラノの持ち換えには、この場合やや違和感が残るかも知れない。
一方、インタープレイという見地から言えば、A面の「Dream Stepper」や「Smog Eyes」が、基盤を一にする二人のサキソフォン奏者の共演という点で、まことに聞き応えがある。コニッツがこういったセッティングで録音したのは、考えてみれば、可成り久しいことだ。
二人のソロの識別は、コニッツがサックスを使い分けたり、ブラウンのテナーがアルトのように聞こえたりするので、モノーラルだったら大いに弱るところだが、スピーカーに向かって右隣の位置から聞こえる方がコニッツだということで、ひとつじっくりと、二人の妙技に耳を傾けて頂きたい。
(粟村政昭)