Bill Evans / Portrait In Jazz
ビル・エヴァンス/ポートレイト・イン・ジャズ
SMJ-6144 LP 1976)
VIJ- 101 (1984)
VIJC-22156 (CD 1991)
ビル・エヴァンスのレコードは、ずいぶんたくさんあるが、リーダーとして吹き込んだ最初の作品から最新作に至るまで、愚作とか凡作とかいう呼びかたで片付けられるような演奏は、ほとんどなかったと言ってよい。同じように彼はまた、終始一貫して、他人からの影響を非難がましく指摘されるような類のピアニストではなかった。しかし、そのビル・エヴァンスにしても、リバーサイドに『New
Jazz Conceptions』を吹き込んでから今日まで、少しづつではあったが確実に、演奏スタイルを変えてきたのだから、聞き手の側で自然と、どの時期の作品が特に好きだという好みが分かれてきたとしても当然であったろう。もちろん、筆者自身も、長年にわたる彼の音楽への賛美者の一人として、自分なりに好きなエヴァンスのアルバムというものをたくさん持っているが、それをあえて少なく絞って言うとすれば、筆者は、リバーサイドに吹き込まれた最初の4枚のLP、アルバム・タイトルで言えば『New
Jazz Conceptions』『Everybody Digs Bill Evans』『Portrait In Jazz』『Explorations』の4枚に、最も深い愛着を覚える。その理由をこと細かに述べることは難しいが、要するに、この時期のエヴァンスのプレイが、今日までの彼の全作品系列を通じて、最も新鮮で、最も創意に満ちて聞こえるからである。つまり、後年のビル・エヴァンスのプレイが、依然として光彩を保ちながらも、他のピアニストのそれと比較対照した際に、次第に驚異の要素を薄めてきているのに対して、50年代後期のエヴァンスの録音には、誰にも真似られないような、曰く言い難いナイーブな味があり、それは、円熟とか、完成されたとかいった褒め言葉とはまったく別の、昇り坂のジャズメンの演奏にしか聞けない、ありあまる情感を感じさせるものであった。人はよく、芸術家の絶頂期の作品と共に、その処女作に強く惹かれるが、その意味では、上記の4枚のアルバムは、エヴァンスの、リーダーとしての最初の録音から、ベースにスコット・ラファロを得て、ピアノ・トリオの一つの理想像を築き上げるまでの歩みをあまさず映したものであり、殊更に筆者個人の――と断らずとも、多くの人々が共通して愛することのできる、ビル・エヴァンスの最良の時代の作品ということになるかもしれない。
周知の如く、ビル・エヴァンスは、58年の2月から11月までのあいだ、当時のトップ・グループの一つであった、マイルス・デイビス・セクステットの一員として演奏し、そのころすでに、ミュージシャン・サークルでは認められつつあった特異な才能に、新たな自信と人気を付け加える、願ってもない機会に恵まれることになった。リバーサイドの第1作の吹き込まれたのが56年の9月、第2作が58年の12月、そしてマイルスの傘下を完全に離れたのちに吹き込まれた本アルバム『ポートレイト・イン・ジャズ』が59年12月の録音であったことを念頭に置きながら聞いてみると、この間にエヴァンスが得たものの確かさと大きさ――つまり、元来はサイドマン格であるミュージシャンが、たまたま機会を得てリーダーシップをとった場合の録音と、完全に一人立ちしてからの録音の差というものが、演奏スタイルの変化ということとはまた別に、たしかに存在するということがはっきりと読み取れる。『New
Jazz Conceptions』と同じころの録音としては、ほかにトニー・スコットのビクターのセッションがあり、『Everybody Digs』と同時期のものとしては、アート・ファーマーの『Modern
Art』のプレイが、それぞれ50年代のエヴァンスを知る上で聞き逃せないが、これらと先のトリオ盤とを併せ聞くことによって、急速に自己を確立しつつあった当時のエヴァンスの実像を、いっそう明確に掴むことができよう。
エヴァンスのピアノ・スタイルについては、これまであまりにもしばしば語られてきたから、今さら付け加えるべきものはないが、一時期、スロー・ナンバーに聞かれる耽美的な音の組み合わせを指して言われた、印象派とかネオ・ロマンチシズム派とかいった表現は、いまとなっては、いかにもマスコミ好みの、大仰で皮相な見出し文句であったような気がする。それよりも、エヴァンス――とりわけリバーサイド・レーベルの契約下にあったころのエヴァンスのプレイを、もっと現実的な意味で特徴づけていたものは、彼がレニー・トリスターノから受け継いだと思われる、小節の垣根にとらわれない長いメロディック・ラインであり、バド・パウエルのそれにも比すべき、仮借のないドライブ感であり、さらには、これこそ彼一人のものでしかない、クリーンなタッチ・ワークであった。エヴァンスは、このほかにも、自ら影響を受けたピアニストとして、ナット・コールやジョージ・シアリングの名を挙げているが、これらの人々が共に、スタイルやテクニックを云々する以前に、1音でその存在を感じさせるほどの、強い個性に恵まれたピアニストであった点に注目しておきたい。
マイルスの許を去って独立したエヴァンスのトリオは、当初目まぐるしく、ベースとドラムが入れ換わり、スコット・ラファロとポール・モチアンという理想のコンビネーションに落ち着いてからも、レギュラーの仕事に恵まれるようになるまでには、なおかなりの期間を必要としたと言われる。だが、それはともかく、そうして出来上がったビル・エヴァンス・トリオのグループ・コンセプションは、従来のワンマン風なピアノ・トリオの概念を覆す斬新なもので、三者が対等の比重を以て協調し、時には効果的に対立し合う(これもまた協調の一種ではあったわけだが……)という、近代的なピアノ・トリオの原型として、多くのミュージシャンたちを啓発するところとなった。ご存知の如く、ビル・エヴァンスのこのオリジナル・トリオは、61年の7月にスコット・ラファロが思いがけない自動車事故のために急死し、以後、チャク・イスラエル、エディ・ゴメスがそのあとを襲ったが、トリオの性格自体にはなんらの変化もなく、当然予想されるマンネリズムにも陥ることなしに、現在に至った。ベースを一種ホーン楽器の如くに弾くことのできたラファロの天才ぶりは、このトリオの最初のレコーディングとなった本アルバムの中にも充分とらえられているが、ジミー・ブラントンによってソロ楽器として解放されたベースを、さらに一歩進めて、メロディー・ラインを創りだす地位にまで高めた、ラファロの功績は不滅である。
いささか前置きが長くなったが、『Explorations』と共に、エヴァンス〜ラファロ〜モチアンのコンビが残した、わずか2枚のスタジオ録音中の1枚であるこのアルバムは、59年の12月18日にニューヨークで吹き込まれた。「枯葉」の別テイクを除く9曲の大半が、いわゆるスタンダード・ナンバーである点が注目を惹くが、バードランドなどへの出演に際しても、これらの曲目を盛んに演奏していたようだから、この選択はあくまでも、当時のエヴァンスの好みを反映したものと考えられる。時代の移り変わりとともに、エヴァンス・トリオのレパートリーもずいぶん変化したが、このころの、耳慣れたメロディーのエヴァンス流の解釈に、いまなお懐かしいものを感じておられる方も多いに違いない。
二つのテイクが収録されている「枯葉」については、元来ワン・テイクのみと思われていたのが、イギリスのフォンタナ盤に別テイクが入っているという噂がたち、前に日本の某社が『ポートレイト・イン・ジャズ』の発売を企画したときに、筆者が強く両テイクの収録を推したといういきさつがあったが、その際の調査の結果、この別テイクというのは新発見でも何でもなく、もともとアメリカで、ステレオ版とモノーラル版とに、それぞれ異なったテイクが採用されていたのだということが判った。ビル・エヴァンスのファンは多くとも、同じ『ポートレイト・イン・ジャズ』を、ステレオとモノラルの両方で揃えている人は少ないところから、長く知られないままに過ぎてきたのだと思われるが、この1曲に限って、どうしてそういう差し換えが行われたのか、そのあたりの事情は、まったく判っていない。しかしいずれにしても、先の某社のレコードでは、LPからのダビングになっていたモノラル版のほうの「枯葉」が、今回はアメリカ本社のマスター・テープに準じた音で聞けるのは喜ばしい。
全11曲、いずれもそれぞれに聞きどころを持った演奏だが、特に傑出していると思われるのが、「ブルー・イン・グリーン」で、マイルス・デイビスの名盤『Kind Of Blue』の中にもこの曲が収録されているが、エヴァンスはここで、さまざまにムードを変えながら、この自作にオリジナル・バージョン以上の魅力を付け加えている。トリオの三人が三者三様の主張を持ちながら、無言の連携感を失わないあたりの呼吸の良さは、エヴァンス・トリオの真骨頂を示したものと言えよう。この日のセッションは、オリジナル・トリオとして最初の吹き込みにあたるためか、一口に「三人が対等の立場で……」と言っても、これ以後の録音に比べると、ややピアノ優位の形で演奏が進行しているが、少なくとも「ブルー・イン・グリーン」に関しては、より大胆な演奏フォームが確立されており、トリオがすでに次なるステップを探り当てていたことを示している。
「枯葉」も、これに劣らぬ良い出来で、トリオとして聞いた時にはモノラル版のほうが突っ込みが効いているような印象を受けるが、両テイクともに捨て難い逸品であり、エヴァンスのソロは1音1音が芳香を放っているかのように雅やかだ。
そのほかでは、「恋とは何でしょう」が、先に記したような、この期のエヴァンス・スタイルの特徴がよく出たスインギーな快演で、「スプリング・イズ・ヒア」にうかがえるユニークなハーモニック・センス共々、本アルバムの中のハイライトの一つとして傾聴に値する。
【1976/粟村政昭】
ビクターの「Portrait in Jazz」は、1976年が初出だが、その後も、表記に多少の変更がありながらも、90年代のCDまで、同じライナー・ノートが使われている。ここでは、初出ではなく、1991年のCDに使われたものを典拠にしている。単なる誤植と思われるものは、他の版を参照して訂正した。