とろみ通信(5)チャプスイ、本領発揮は戦後混乱期だった!


 すいとん、芋の蔓、このような食べ物しかなかった時代……というと現代の日本人は「戦争中の食生活」と思っている人が大半だと思いますが、実はそうじゃなかったんですな。太平洋戦争末期は確かに食糧不足ではありましたが、食糧生産自体はそこそこにあったようです。しかしその食料は「軍部」が支配していたようなものでしたから、一般の庶民には届かなかった……というのが本当の姿であったと考えられます。

 しかし、戦後の昭和20年、21年は米や野菜の作付そのものがままならなかったり、冷害で生産量が減少したり、漁船不足で魚が取れなかったもんだから食糧生産量そのものが不足しておりました。だから戦中よりも戦後の数年間の方が深刻な食糧不足と言えるのです。

 有り合わせの野菜もGHQ放出の小麦粉も臓物肉もチャプスイにしてしまえば結構美味しく食べられたし、お腹も一杯になる!こりゃもうチャプスイを食べない理由が見当たりませんわな。と、そんな訳で昭和20年から30年頃までの料理の本にはチャプスイ、又はチャプスイと名乗らないまでも明らかにチャプスイのような「とろみ料理」が良く登場するのでした。

沢庵の古漬けチャプスイ

 これは昭和27年の本にありました。「古漬けの沢庵が酸っぱくなってしまいました。これを食べるにはどうすればいいのでしょう?」という読者質問に対して「細かく刻み、水洗いをしてから有り合わせの野菜と共に油で炒めましょう。最後に水で溶いた小麦粉を流し込み、とろみを付ければ美味しいチャプスイになります」と答えております。沢庵の酸味が効いてるからなんとなく「酢豚」にも似たチャプスイになるんですね。技あり!ですな。

援助物資系無国籍チャプスイ

 戦後ニッポン、とにもかくにも「たべものがなかった」。頼みの綱はGHQ、ラ・ラ物資などの外国からの援助食糧でした。とは言え、米を主食として食生活を営んできた日本人にとってはとっつきにくい食材も有ったんですね。そこでチャプスイもお役にたっていたようです。カレー粉で味付けした野菜類をトロミでとじたカレーチャプスイ、昭和21年に急遽再開された南氷洋捕鯨で獲れた鯨肉を使ったくじらのチャプスイ、援助物資の一つ、パイナップルの缶詰を使ったハワイアンチャプスイ、乾麺うどん同様保存性がよく運搬しやすい乾燥マカロニを使ったマカロニチャプスイ、……我がニッポンの先輩方は創意工夫の限りを尽くしてニッポンチャプスイ文化を開花させたんですね。

 そしてなんと!あのインテリ系生活雑誌「暮らしの手帖」(昭和31年)にも西洋風御飯料理としてチャプスイが登場しておりました。これは「日本的チャプスイ」のお手本みたいなレシピでして豚肉、玉葱、日本葱、キャベツ、インゲン、等の細切りを油で炒めてから醤油味で煮込んだものを御飯にかける……というものですから、「片栗粉」や「小麦粉」の水溶きでとろみをつける――が無くなっております。一世を風靡したチャプスイという料理名はその後、○○餡とじ……などに名前を変えますが、「とろみ料理」そのものは根付いているのでした。

(魚柄仁之助)

とろみ通信(4)チャプスイに似た日本食


 チャプスイという名前からしてこれは中華料理をベースにして生まれた物だと思いますわな。確かに中華料理にはとろみのついたものが多いのですが、とろみなら日本料理にだってあるのです。金沢名物の治部煮に代表される「葛引き」系の煮物汁物が沢山ありますね。魚や野菜の煮物、焼物などにどろりとした葛餡をかけた物も日本では昔からよく食べられておりました。

 チャプスイではないのですがチャプスイみたいにとろみが付いた料理を挙げてみましたら結構たくさんあるんですねー。チャプスイではないがとろみの付いた美味しい料理……そのようなものばかりを集めて本を一冊作ってみましたの。それが2014年2月に発売予定の『とろみの料理帖』であります。

 チャプスイに始まりあらゆるとろみ料理を取り上げてみましたところあまりにその種の料理が多すぎましてとても一冊では収録できませんでした。チャプスイの場合そのとろみ付けは大体片栗粉で行われますが、とろみ材はその他に小麦粉、米粉、ゼラチン、寒天、などなどいろいろ有るんですね。水溶き小麦粉でとろみを付ける料理という点ではクリームシチューだってそうだし、どろどろ、べっとりとした「もんじゃやき」だってチャプスイの親戚みたいなとろみ料理と言えますわな。

 これが小麦粉でなく葛粉になりますとなぜかお上品になってくるんです。葛粉と砂糖を混ぜたところに熱湯を注いでかき混ぜますととろ〜りとした「葛湯」ができますね。このとろみ飲料は昔から風邪をひいた時の飲物として飲み続けられてきました。また、葛粉と練り胡麻と砂糖に熱湯を注ぎ込み、弱火でかき混ぜてとろみをつけた「胡麻汁粉」はあの平塚雷鳥さんの大好物だったとか。

 チャプスイに端を発したとろみ料理の旅はどうやら気持ちを落ち着かせる「ほっとする料理」に行きついたような気がするのです。

(魚柄仁之助)

とろみ通信(3)年末年始の優しいとろみ


 私事ですまんですが昨年の年末はニッポン放送の「ごごばん」最終火曜日がラジオミュージックソン(24日)に当たるために「おやすみ」となりまして、約2週間ひま〜になるか……と思いきや、1月30日発売の新刊本『とろみ料理帖』の校正やらその次の本の原稿書き足しなんぞでおやすみなし!となっちまいました。今年は強烈な寒波が日本列島を襲うらしいので「風邪ひく前の風邪薬」で迎え撃つのでした。

とろみ料理帖には載せていない林檎葛湯の作方

・まずは林檎1/2個を摺り下しておきます

・熱湯250〜300ccを注いでかき混ぜたところに下した林檎とお好みの砂糖を加えて弱火にかける

・お玉で鍋底をこするようにかき混ぜているとだんだんとろみが付いてくる

 葛粉(片栗粉)を多くすればとろみがどろりんっとしてきますので好みで加減してくださいまし。このレシピで2人前できます。砂糖を蜂蜜に代えたり、下し生姜を加えたりしますとイガイガ咽喉にも優しい葛湯になりますな。

あんず葛酒の作方

・最近流行の干し杏(アプリコット)3個を鋏で細く切って小鍋に入れる

・干し杏と酒をミキサーで1分間攪拌してから小鍋に戻し、葛粉大匙1杯を加えて弱火にかける

・お玉で鍋底をこするように混ぜているとだんだんとろみが付いてくるが!加熱しすぎるとアルコールがぜーんぶ飛んでしまうので手加減をする(ノンアルコール好き、お子ちゃま向きには酒を味醂に代えて下さいまし)

 あんず葛酒でほろほろしましたら即席とろみ吸物でお雑煮代りといたしましょか?と言ったって何のこたぁない、御椀にとろろ昆布たっぷりと玉子麩一個を入れて熱湯を注ぐだけですがな。こんな手抜き吸物が昭和10年代の料理本には「即席雑煮」として紹介されていたんですね〜。

 戦後すぐの昭和21年正月、先輩方はなけなしの食料でなんとか「御節料理」を作っていたんでした。昭和20年12月の婦人雑誌に載っていた御節の献立表、手元にありますので次回掲載いたしましょう。

(魚柄仁之助)

とろみ通信(2)昭和のチャプスイ探訪


 中華料理でよく目にする「水溶き片栗粉で肉野菜炒めをトロリととじたお惣菜」を昭和初期のニッポン人はお手軽日常食として取り入れておりました。それがニッポンの「チャプスイ」であります。昭和30年以前の婦人生活雑誌にはそれらがちょくちょく紹介されておりましたので、その中からいくつかを並べてみませう。(気分を戦前に持って行く為、旧仮名遣いに変換致します)

1:豚ともやしの支那風煮――昭和13年

 細かく切った豚肉、一寸くらひに切った糸蒟蒻と良く洗ったもやしを豚脂(ラード)で炒め、煮出汁、酢、醤油で味を加減し砂糖を少し落とすとぐっと柔らかになります。最後に水溶き片栗粉を流してどろりとさせます。

 これが最も素朴な日本的チャプスイでありませう。中華ならば「春雨」と来るところでせうが日本では糸蒟蒻なんですね。

2:肝臓入りチャプスイ――昭和13年

 牛、鶏等の肝臓(レバー)を薄切りにし、ラードで炒めて取り出しておく。五〇ccのラードで甘藍(キャベツ)、玉葱、葱を炒め、千切りにした戻し椎茸ともやしを加える。先程のレバーを鍋に戻し、そこにスープ(注・たぶん鶏がらスープ)か水一五〇ccを加えて煮たてたら水溶き片栗粉と鹽、味醂、味の素で味ととろみを付ける

 日中戦争から大平洋戦争へと向かう頃ですからすでに食料は不足がちでそれまではあまり食べていなかった「臓物類」をいかにして食べさせようか?と考えた物と思われます。

3:チャプスイ玉子、又はチャプスイオムレツ――昭和10年頃

 豚肉、椎茸、キャベツ、西洋人参の千切りをラードで炒める。砂糖、鹽、胡椒で味付けをし、水溶き片栗粉でどろりとさせておく。鹽胡椒した溶き卵をバターを敷いたフライパンに流し入れて焼き、そこに作っておいたチャプスイを乗せて玉子で巻き、オムレツといたします。

 これはオムレツひとつに玉子二個を使ってますからあの時代にしてはかなり贅沢であったのでせう。

 このあたりまでのチャプスイは家庭で作るちょっとハイカラな支那料理……といった感じだったんでせうね。しかしこの後、昭和20年8月15日の終戦まで、食糧は生産されてはいたものの軍部に押さえられて一般庶民は食糧耐乏生活を強いられることとなります。最も食糧が不足した昭和19年から22年頃には、チャプスイの中身も変わってまいります。喰うや喰わずの時代、乏しい食材を美味しく食べさせる調理として「とろみ料理」は食べヂカラを発揮致しました。とろみ通信、次回は「復興食チャプスイ」です。

(魚柄仁之助)

とろみ通信(1)「正しいチャプスイ」とは?


 広東麺やかたやきそばなどには「とろ〜りとした餡」がかかっておりますな。このような「水溶き片栗粉でとろみを付けた料理」をチャプスイと呼んでた時代がありました。 これは米国生まれの中華風料理でありまして英語では「chop suey」と書き、たぶん中華料理の「炒上雑酔」が基になってると思われます。中国の政治家「李鴻章」が渡米した時に作られた……と言う説があるくらいですから明治の終わり頃に発明?された料理なんでしょね。日本では関東大震災後、昭和になってからの料理本に紹介され始め、昭和30年頃までは良く見かける料理でした。

 そもそも李鴻章をもてなすべく米国側がお出しした料理がおいしくなかったのでその残った御馳走を中華鍋に入れて炒め直し、水溶き片栗粉でとろみを付けた物……と言われてますから「チャプスイたるものこうでなければならぬ!」といった決まりごとは無いんですな。材料はある物でよろしい。味付けも味噌だろうが醤油、オイスターソースだろうがケチャップだろうがお構いなし……ときたもんだから戦中戦後の食糧難の時には最適な料理だったんでしょうな〜。

 干からびかけた野菜だろうが魚の粗だろうがお構いなしで鍋にぶち込み、持ち合わせの調味料で味をつけ最後にはGHQ放出の小麦粉を水で溶いてとろみ付けをすればこれはもうまぎれも無い「チャプスイ」なのです。「正しいチャプスイ」というものが無い以上、「これがうちのチャプスイぢゃ」と言ってしまえば言ったもの勝ちだったんですねー。このチャプスイ、1920年代のパリのチャイニーズレストランにもあったようで、これは獅子文六さんの「達磨町七番地」と言う作品にも書かれています。

 そんなチャプスイも1975年以降の料理本にはほとんど登場しなくなり、現在ではその名前すら忘れられてしまいました。子供の頃から大のチャプスイ好きだった私はチャプスイレシピを過去の料理本からかき集め、片っ端から試作試食を繰り返してみて「とろみ料理」が現代の家庭料理、介護食、離乳食の救い神にもなるんじゃなかろうか?と言う思いに至ったんですな。ま、そんな訳で家庭で作れるあつあつとろみ、つべた〜いとろみ料理を写真とレシピでまとめてみましたの。次回から「幻のチャプスイ」などをご紹介いたしましょう。

(魚柄仁之助)

家庭から出る食料ゴミは減らせるか?


 家庭ゴミのゴミ袋の中に手つかず・未使用、つまり「封も切っていない」食料品がどのくらい含まれているのだろうか?……という調査を、もう30年程前から京都大学をはじめとする研究チームが続けてきました。結果だけをかいつまんで言うと《加工度の高い食品の未開封食品ごみが増えている》と言えそうなのです。そんな現状を踏まえて「さて、これはいかがなものか……」をテーマにしたテレビ番組がNHKで作られていますの。

 うちにもその取材が入りまして、「余分な買いだめ、食べきれない食品の廃棄などをどうすればいいのでしょうか?」と質問されたんであります。

 しかしだ! この問題提起には「買いだめ」や「廃棄」がイケナイこと……という前提があるんですね。ヒトとして食べものを廃棄するのはマチガッテいる、……これ、一方では正しいと思う。でも、常に食料を備蓄しておくという意味においては「買いだめ」を一方的にイケナイこととは言えますまい。

 あらゆる生きものは常に飢餓と戦ってきた。食料が手に入らなくなることが日常的だったから、生きものの体は余分なエネルギーを「脂肪」や「でんぷん」などに変えて蓄積できる仕組みになっているのでしょう。そんな「備蓄遺伝子」を持った人類ですから、食料を買いだめする……ということは生命維持、種族保存のための本能的な行動と考えていいのではないでしょか? しかし、だからといって買いだめしては腐らせて、腐らせなくても古くなったというだけで「捨ててもいいのか?」と言われると、そりゃぁイカンでしょ。

 でも現実に21世紀のニッポンジンたちは、コソッとゴミ袋に入れて捨てている。わかっちゃいるのに捨てているのはなんでだろう? 家庭から出される食料ゴミ減らしを考えるうえで、ここが重要なポイントではありますまいか? 手に入れた食料品を食べずに捨ててしまう理由を考えてみると、次の二つが挙げられるのでした。

1:おいしいものは腐らない

 ほっぺが落ちるほどにおいしい食べものだったらハテ、あなたは捨てますか? 腹を壊そうが、肥ってしまいそうであろうが、やっぱ、食べてしまうでしょう。反対にたいしてうまくもないものだったら「そのうち食べればいいや……」となめてかかり、そのうちに腐ってしまって捨てなきゃならなくなる。今日のニッポンジンに欠けているのは「ほっぺが落ちるほどおいしくする技術」なんではないでしょか?

2:保存や調理技術の継承がストップしてしまった

 冷蔵庫が普及したことで、乾燥・塩蔵・発酵・熟成などの保存や調理の知恵と技術が無くてもいい……と勘違いをしてしまった。今日、乾物づくりなどに注目が集まっているが、「日持ちがよくなるエコな技術」という認識が中心になっていて、「生とは別の旨さを生み出すために干している」の部分がやや抜けているようなんです。

 このような「食べる智恵」を冷蔵庫以前には当たり前のように誰もが持っていたんだが、冷蔵庫以降は「いらない智恵」として置き去りにしてきてしまって早や40と数年が経ちました。かつての日本人が持っていた、食べものを腐らせず・おいしく食べ尽くす知恵と技術は、1960年以前の料理や食文化の書物などにたくさん載っておりますが、それらの料理や食べ方が今や「迷宮入り」しておるようです。

 幸か不幸か大正時代に創業した料理屋で生まれ育ち、明治以降の料理を再現→検証してきた私にとっては、今日の迷宮入り料理がごく身近な料理でありました。最近、それらの迷宮料理を連載エッセイやラジオ番組で紹介していますが、今回のNHKテレビでもいくつか紹介することになりそうです。

 今のところ予定しているのは、玉子からすみ乾物味噌汁の2品。

*卵からすみ:生の卵黄を塩漬けにした後、からすみの形に形成したもので、生のまま一切火を入れなくても数カ月保存できる。大正から昭和初期にかけて紹介されていた。

*乾物味噌汁:カボチャ、サツマイモ、ゴボウ、タマネギ、タイのアラ、ミカンの皮などなどを茹で干しにして保存しておいたものを、一晩水に浸けて作った味噌汁。

 これらをスタジオで試食させる予定でおります。因みに玉子からすみをテレビでみせるのははじめて……かもしれません。

(魚柄仁之助 百舌鳥族伝承文化保存会)

■放送予定:2013年1月13日 NHKテレビ「サキどり

【第5回】食べることを忘れて、「干す」のが目的になってませんかぁ?


 百舌鳥(モズ)には、餌を木の枝に突き刺しておき、冬に備えて食糧を保存する「非常時対策鳥類」のようなイメージがありますが、その実、保存しといた食糧を「ころっ」と忘れてしまうという忘れんぼ鳥だったようですね。ワシら人間は忘れずにきちんと食べて食糧を無駄にしないのだ!ということを今一度確認したいものであります。

 鳥の百舌鳥と違って、人間の方の百舌鳥族は食糧を干すだけでなく、塩漬け・粕漬け・オイル漬けなどさまざまな保存方法を使いわけておりまして、単に「保存」だけでなく、より美味しく食べるために食品を熟成させていたんですね。ここが百舌鳥と違うところなんですが、ワシら人間の中にも百舌鳥みたいに「干すだけの人」がおるようですの。

  買ってきたキャベツやキノコ類を半日ほど干してから料理する人、イチゴやキウイをこれまた一日干してから食べるとより甘くなって美味しいということを知っている人などが多くなってきたようでして、雑誌や本でも取り上げられているようです。これらはまことに「賢い百舌鳥」と言えましょう。単に日持ちを良くするだけではなく、より美味しく食べられる方法を実践しておりますな。つまりその目的は【食べること】にある。あたりまえか……。

 しかしこの「当たり前」が【たてまえ】や【めんざいふ】となってしまったような雑誌や本もよく見るのです。

 サツマイモは「このようにして干しておけば日持ちがよくなり1カ月は大丈夫!」とか、「魚は塩と酢で〆ておけば4〜5日は大丈夫!」とかね……。この手の編集者がうちに来ると決まって「こうすると何日ぐらい腐らずに保存できるんですか?」と聞くんですな。要は保存できること、腐らせないこと……が「目的」であって、食べることにはあまり触れたがらない。

 食べものを腐らす→もったいない→エコじゃない→よくないこと……だから反対に、食べものを腐らせない→エコである→いいこと→だから保存方法を載せた本は正しいのだ! どーやらこんな風にとらえてんじゃないでしょか。その証拠に、しばらく酒粕に漬けておいた野菜などを食べさせると、恐る恐る味見をして「食べられるんですねぇ」と反応する人がすごく多い。保存の先に「食べる」があることを考えていない人の反応なんですね。

 パス回しと連携プレーは非常に上手だが、点が取れないサッカーみたいなもんですな。「いい攻め方をしたんですがねぇ」、「点は取れませんでしたが、攻撃もディフェンスも良かったですよ」……だからなんなんだ? 負けたんでしょ。それと同じで、いくら保存が上手にできたって、その保存食は食べなきゃ意味が無い。それもただ単に食べられるだけでなくより一層美味しく食べられなきゃ本当の保存食ではないってことなのです。

 今日も今日とて「食品を無駄にしない使い回し、保存方法を教えてください」と言う取材がきます。「保存方法」自体に意味があるのではありません。ゴールは手に入れた食品を美味しく食べ尽くしてしまうところにあるのだ!ということを置き去りにすると、そりゃ百舌鳥どころか、偽善鳥になってしまうのです。

(魚柄仁之助 百舌鳥族伝承文化保存会)

【第4回】地鶏並みの旨さを持った自鶏をつくる


 今日の養鶏業はブロイラー一羽ずつが狭ーいワンルームのケージにお住まいになって飼われております。運動どころか歩く事もままならないような小部屋に住み暮らし、やる事と言へば、餌を食べる事と卵を生む事だけ……。しかも食べてる餌がハイカロリーの濃厚飼料と来てるもんだから、そりゃぁ肥りもしますわな。おぎゃーと生れてから出荷されるまで100日足らずというスピード出世。どこぞの文明国のおこちゃまよろしく、肉もぶよぶよで締りがない。だから「ブロイラーは水っぽくて不味い」と言われるようになったんでしょね。

 もともと農家の庭先で放し飼いにされてた鶏がワンルーム飼いになってきたのは、1960年代以降のことなんですね。この大量飼育のおかげで卵や鶏肉の値段がググッと安くなり庶民の食卓に上るようになってきた。ってことは、玉子や鶏肉の一般的な普及はテレビの普及とほぼ同じ頃からとも言えるのです。テレビ文化と並行して、水っぽい鶏肉文化も進行してきたんです。しかし日本人は水っぽい鶏肉をより美味しく食べる工夫はあまりしなかった。せいぜい調味料で濃い味を付ける……ぐらいに留まっていたようです。

 さ、そこでわれらが「百舌鳥の技」。水っぽくて締りのない現代の鶏肉を自鶏並みに美味しくするテクニックを百舌鳥に学ぶのでした。詳しいことは明るい食品偽装入門に書きましたので、ここでは簡単に述べておきます。


・鶏のもも肉、胸肉などに塩をすり込み 朝から晩まで天日干しにする。

・保存性をよくするならば 24時間干しを2日間行う。


 たったこれだけのことで水っぽさはなくなり、ぷよぷよとした身も締まってくるんですな。塩をまぶす→浸透圧の関係で水分が抜ける。タンパク質から作られる旨みの素であるアミノ酸と塩がくっつくことで、より一層旨みを感じることができる。こうして干した肉を焼いたり炒めたりすると何もしていない肉との違いは歴然としてくるのです。

 かつて日本の農家では卵を産ませるために、庭先で鶏を放し飼いにしていた。だから「庭鶏」? その卵の大半は現金収入を得るために売っていた。そして卵を産まなくなった鶏=廃鶏をハレの日の御馳走としてつぶして食べていたんです。その時、解体した鶏の内臓はすぐに食べ、肉の方には塩をすり込んで風通しのいい軒先に2〜3日吊るしてから食べるといった習慣もあったそうだ。先人の知恵というか百舌鳥に知恵ですねぇ。ただ下手に吊るしているとイタチなんぞに喰われてしまうので、籠に入れたり土間に吊るしていたそうです。肉を天日、風に晒して保存する……なんとなく百舌鳥に似ておりますな。百舌鳥は塩をすり込むなんてことはしないだろうけど、ヤモリやカエルを干す訳だから、それら生物の血中塩分で塩を振ったのと同じ効果があったんではないでしょか? まあしかし百舌鳥がその塩分を「おいしい」と思ったかどうかはワカランですが……。

(魚柄仁之助 百舌鳥族伝承文化保存会)

【第3回】野菜だけじゃない、お肉だって干せるんです


 野菜を干すことにやぶさかでない人でも、肉や魚となるとちょっと引いてしまう……。やっぱり肉や魚って、「腐敗菌→食中毒→アブナイ→手を出すな」と言う気持ちが働くのでしょうか。しかし腐敗ということをよく知ってさえいれば、干すことでより美味しく、より保存性もよくなるんですね。我々がよく食べている魚の干物なんぞはその代表的なもんでして、これなら素人でもおうちで簡単に作れるのです。


◎おうちでできる干物

・鰯の頭をちぎり、腸(わた)を抜き取ってから水洗いをする。

・親指を鰯の腹に突っ込み、尾から頭へ向かって開く。

・開いた鰯に薄塩を振るか、5%の塩水に30分浸けてから天日で干す。


 一日干したのが柔らかい生干しで、3〜5日干すと日持ちの良い硬い干物になります。これは鰯に限らず 秋刀魚、鯵、鯖、カマス、鯛、などもできるのです。

 開かずに丸のままで干す――所謂丸干しです。できれば腸は抜いてから干す方がよろしい。鰰、メヒカリ、ハゼ等も丸干しに向いております。干すのも天日にあてず風に晒すだけの「風乾」にすると、柔らかで上品な味に仕上がりますが、保存性は天日の方がいいようでした。

 天日も風も使わず「灰」で干す灰干しと言うやり方もあるのです。これは火山灰を使うやり方や木灰を使うやり方があり、どちらかと言うと高級干物の部類に入るのです。簡単に言うと、塩をしみこませた魚を「灰」でサンドイッチにはさみ、魚の水分を抜くというものでして、すこぶる旨いが、買うと高い!


魚の干物の行き着くところは……

 とことん干してしまうと、かちんこちんになってしまう。それがスルメだったり身欠き鰊、干鱈なんですな。なまを干すのでなく一度茹でたのを干したのが「煮干し」。人間も百舌鳥同様、昔から魚も干しておったんです。それは単に保存と言うだけでなく、より美味しくするために干してたという方が正しいと思うのであります。

(魚柄仁之助 百舌鳥族伝承文化保存会)

【第2回】進化した百舌鳥族(モッズ)


 冬場に備えて食糧を備蓄した(つもり)の百舌鳥なのだが、忘れたか病気にでもなったかして保存食が単なる干からびたのが「百舌鳥のはやにえ」なのでしょう。

 しかし進化したモッズはそんな愚かしいことをしてはいられないのです。しかもただ単に保存するだけでなく、よりおいしく、より栄養価を高めることを求めたのでした。

 そこで使った百舌鳥技は、干すだけでなく、塩や砂糖に浸けること、酒粕や味噌に浸けること、発酵させること、またそれらの技を組み合わせることを覚えたんでした。


北大路魯山人 百舌鳥族の始祖鳥

 魯山人の活躍した大正から昭和初期にかけての時代、冷蔵庫はありはしたが一般的ではありませんでした。しかし魯山人は贅の限りを尽くして美食を追求した人でした。当然冷蔵庫も持っておったんですね。鮮度のいいものを冷蔵、冷凍設備のある輸送手段で取り寄せることもできておりました。

 しかし彼は干したり塩蔵した方がより美味しくなる食品もあることを知っていた。バカの一つ覚えみたいに「鮮度が……鮮度の……」とは言わなかったんです。たとえばお魚にしても、鱚や甘鯛などはいくら鮮度がよくても、ひと塩して1日から2日干したものを好んでいたらしい。ここで言うところの「干す」というのは、保存性より食味を追求したものと言えます。カラカラになるまでで干しあげた干物ほどの保存性は望めませんが、旨さや食感は比べものにならんくらいによろしい。魯山人はこれを「中干し」とよんでいます。

 また魯山人は白瓜の皮を剥いた時もそれを捨てずに塩を振り、糠床に小一時間ばかしつけて「香の物」にしております。昨今では「エコクッキング」とか言われそうな料理ですが、魯山人に言わせると「これがいっとううまいんぢゃ」なんでしょね。この白瓜皮の漬物技は結構みなさんやっているはずです。ここに元祖百舌鳥技である「干す」を加えますと、この漬物がますます旨くなるんですね。

◎大根,蕪、人参、瓜などの剥いた皮に薄塩を振ってから半日〜1日干す。それを糠床に漬けたり、きざんで唐辛子醤油をかけたりすると、ぱりぱりした香の物になる。


あなたも今宵、魯山人

甘鯛→薄塩→中干し→炭火で炙る=魯山人……なるほど。そりゃ旨かろうて。 しかし、こちとらとて大正7年創業の“れうり屋”の倅ですたい。魯山人と同時代に東京と京都で修業をし、九州で店を開いた祖父が残してくれた「絶品」の甘鯛れうりがあるのです。

◎甘鯛の頭を縦二つに割り、塩をまぶして天日干しを一日。それをグリルでやや焦げ目がつくくらいに焼く。これを丼に入れ、刻み葱をタップリ散らしてから熱湯を注ぐ。蓋をして5分間じっと待つ。甘鯛の「かま」や「目」のところの実が熱湯でやわらか〜くほぐれております。スープはまさに潮吸物といった感じですね。生臭さが無く、至って上品なお吸い物なんですな。甘鯛でなく真鯛の頭を使っても結構うまくいきますのでお勧めです。

 干したり塩蔵にしたのを忘れてしまってはそりゃアナタ、百舌鳥並みのニンゲンでしかありません。しかし、干し加減、食べどきさえ極めれば進化した百舌鳥になれる。

 百舌鳥技を極めますと魯山人とまではいかなくとも、魯山人風……くらいにはなれるのです。美食をかまして、食糧保存もできて、捨ててた皮まで使い切る。しかもこの百舌鳥技、電力使用ゼロ!ときた。非電化の百舌鳥技はまだまだ続くのでした。

(魚柄仁之助 百舌鳥族伝承文化保存会)

百舌鳥族伝承「干す」文化の復活!


 百舌鳥(もず)のはやにえとかなんとかいう言葉がある。昆虫やカエルなど、百舌鳥の餌になる生き物を高い木の枝に突き刺しておくというものなのだ。そんなところに突き刺しておけば、カエルもバッタも「干物」になっちまいますわな。餌の少なくなる冬場に備えて保存してるんではなかろうか?と「人」は考えた……とされているが、刺さったままの蛙がずっと残っているということは、保存のためと言うのも怪しいもんですな。

とすると、考えられることは

  1刺しておいたことを忘れた

  2刺した場所を忘れた

  3百舌鳥が病気になったか 死んでしまった

てなことが 考えられるのです。

 まあ、ワシら人間に百舌鳥の気持ちは分かるはずもない。しかしワシら人間も百舌鳥同様食べ物を干して保存するということをやって来たんですね。

 身近なところで、干しシイタケや魚の干物などがありますな。ワシら人類は一応万物の霊長?とか言われているだけあって、保存性のみならず、食味向上をも求めて、食品を干してきたんです。それが食品保存や精進料理と言った食文化につながって来たんでしょう。

 干すことによって、保存性が向上し、栄養価が上がり、食材の持ち味が引き出されていた。

 しかし1970年代以降 冷凍冷蔵技術、冷蔵庫の普及などによって人々は「干す」ということを「必要のないこと」と考えてしまったようなのだ。

 干さなくても保存できる。食材の味を引き出さなくても、さまざまな調味料で「着味」できる。

 こうして人々は「干す」ことをしなくなってきた。

 そんなニッポンで最近「干した野菜」がすこぶるウマイ!と 声高に唱える人々が増えてきております。キャベツ、ニンジン、大根などを干すと美味しくなる!と言った特集がテレビでも流される時代になったんだ。

 五十数年の人生のほとんどを「干したもの」=乾物とともに生きてきた私としては我が「百舌鳥族」=モッズの時代が来たー!と言う感じなのです。

 ニッポンの食文化に百舌鳥族は大いに貢献してきたといえましょう。野菜、果物、魚、肉、穀物、あらゆる食べ物の食味向上、栄養価向上、保存性向上にモッズの智恵が生きております。「台所の穴」をご覧の皆様なら干物や乾物など、常識でありましょう。しかしいまどきニッポンでは目新しいことであるらしいのだわ。百舌鳥族が絶滅の危機に瀕した希少生物となってから約40年、佐渡のトキ同様、百舌鳥族も保護されなければなりませぬ。かつて日本全土を席巻した百舌鳥族繁栄の知恵を我々は取り戻さなきゃならん。

 こんにち全国津々浦々でひっそりと受け継がれている百舌鳥族の技を、「台所の穴」で連載してまいりましょう。古い文献から拾い出したもの、実家の料理屋でやってた技、実際にやってみた技、等々を紹介していこうと思っているのです。

(魚柄仁之助 百舌鳥族伝承文化保存会)

鍋蓋の取っ手


 信州の山間部に住む、うちのかみさんの母親から、「取っ手の壊れたやかんの蓋」が届けられた。アルマイト製やかんは、もう40年以上前に作られたもので、硬質プラスチック製の取っ手も熱で劣化したらしく、ネジ穴部分が「割れる」んじゃなく「壊れて」しまっていた。長年の劣化とは恐ろしいもんで、指でちょいと押すだけで、ボロッと崩壊してしまうんですな。

 その崩壊してしまった取っ手を「つけ直してくれい」というリクエストを受け、さっそく「取っ手」を求めようとしたのであったんだが……。

 蓋の取っ手という部品、かつては荒物・金物屋においてあった……はずなんだが、2011年の今日、街に荒物・金物屋が無くなってしまった。かっぱ橋道具街のような専門店街でも、鍋・釜・やかんはあれど、その部品なんざ扱ってはいない。台所用品売り場をのぞいて店員さんに聞いてみると、「新品のやかん、500円をお求めになったほうが……」とすすめられるのだ。

 インターネットで検索したら「パール金属」というメーカーで、取っ手1個100円くらいから小売すると出ておりましたが、こちらは取っ手より送料の方がずーっと高くつく。

 うちの場合、武蔵小山、戸越銀座という昭和の匂いの残った商店街が近いので、そのあたりを徘徊してみましたところ、かろうじて荒物屋にめぐり会えたんですなあ。とは言っても店頭に並んでるのは、最近はやりの何とかモップとか、防寒シールなどばかりでして、蓋の取っ手なんざその影すら、気配すらない。ダメもとで店主に聞いてみると、突先にカギ状金具がついた竹の棒(矢筈:やはず)を取り出し、天井近くにぶら下げてあった袋をおろしてくれたのだ。その袋の中に、大中小さまざまな大きさの黒い取っ手が10個ばかり入っており、うちのやかんにピッタシの小さいのも混じっていた。

 「やった!!」とばかり買ったのではありますが。これがなんと150円。その値段札の黄ばみ具合からすると、1980年以前のものらしい。あまり古くなると、このような石油から作られた製品はモロく、壊れやすくなりがちなのでちょいと心配でしたが、一応ビニールでぴっちりラッピングされていて、空気は遮断されてるから、「ま、いいか」ってな感じでありました。

 うちに帰り、さっそくやかん蓋にとりつけたんですな。蓋の内側から直径5ミリくらいの太さのネジを差し込み、蓋の外の取っ手にネジ込んで「出来上がり」。なんの工具のいらん、いたって簡単な修理でありましたが、これとて、取っ手という部品が入手できなきゃ修理もままならない。やかんや鍋という道具が売られてるんだから取っ手という部品も当然生産されているハズ。なのに、取っ手という部品だけを入手することが困難……という流通状況になっちゃったってことなんでしょね。

 この先、街の荒物・金物屋はもっと減りそうだし、地方都市ではすでに商売として成り立たなくなってるだろうから、蓋の取っ手はますます入手困難になるのかもしれない。

 その後、ことあるごとに「取っ手」を気にしておりましたら、ナント百円ショップでみつけてしまった。また、地方によくある「ホームセンター」でもたまに見かけるんですね。21世紀に入り、鍋・やかんなどの台所用具の多くは低価格で買える輸入品が主体となり、傷んだり壊れたりしたら新品に買い替える……があたりまえとなった……、どころか、使い飽きたら買い替えるのがフツーになったらしい。飽きて買い替えてリフレッシュすることでストレスを発散する……ほどまでにストレスの多い時代なんぢゃろか?と思っちまうのです。

 節電とかエコとか言いながら、より多くの消費を促さなければ経済復興しないから、消費を増やす……という、えらく矛盾した生活を日本中で進めておるような気もするのです。

 「新品を買って古いものを捨てる」快感。

 「古いものを修理し、磨いて使う」快感。

 両者のバランスを考えた暮らしが今、必要なんだろーなーと思ったのでした。

魚柄仁之助

食べ方上手への道――原発事故後

●1● セシウム等放射線関係の情報の信頼性

 元々自然界に放射能はあるのですが、原発や原爆・水爆のような人為的核分裂・核融合からドッカーンと生じさせたのは20世紀に行われた核実験や、広島、長崎、ビキニ、チェルノブイリあたりからなんですね。人類にとって未知だった核分裂だから、当然データは取ってたようですが、先々どうなるか?なんて誰にもわからなかったし、今でも予測は難しいと思われます。

 そんな中での暫定基準値とか、そうあてになるものでもないでしょう。セシウムのような表面に付着するものなら、一時的に食用としなければ危険は回避できると思われます。このような科学的情報は政治屋で無く科学者から出される資料を基に、我々「食べる人」が判断すべきことでしょね。間違っても「せーふ」のお墨付きなんぞを求めないことでしょう。大切な人生をあのレベルの人々に委ねる度胸はありませんの。

●2● 何を食べるか?

 そもそも加工食品はどんなものを使っているやらようわからんような表示方法が認められていますから、【加工度】の低い食品を選ぶのが賢明かと。素性の分かる素材を入手し、自分で加工するのが安全でしょう。そのためには、大量流通させてる食品より、近場で小さく生産している野菜などの方がましだと思われます。しかしマスコミ報道では、牛肉が、ホウレンソウが、魚が……と、「あぶない!」の連発ですなぁ。テレビ制作に関わってるスタッフの中には「セシウム米」などとフツーに表現するメンタリティの方がかなり多いの。正直言って何をどのくらい食べたら危ないか?は誰にも言えないことじゃなかろうか? それは放射能に限らず、どんな食べ物でも同じでして、「これさえ食べてりゃ――」も無いし、「どれだけ食べても」いいなんてものも無いと思われます。 より安全な食べ方、それは少量多品目を食べ過ぎない程度に食べることでしょね。

●3● 今後、食糧はまかなえるのか?

・TPP加盟で食糧生産はどうなるか?

・食糧生産を支えるエネルギーは?

・田畑の除染はできるのか?

 せーふの方々は自然エネルギーとか海外農地を強い円でもって購入するとか……ま、夢物語は国会だけにしておいて、ワシら生活者は実現可能なやり方で「食べ方上手への道」を進みたいものです。

 より豊か、より便利を目指して生産と消費を拡大してきた「無限大化」から、知恵と工夫で豊かさと便利さを手に入れる「無限小化」を選択する時が来たんではありますまいか?

魚柄仁之助

*WEBサイト「台所の穴」によせられたメールを基にお返事しました。余命30年を割った隠居の魚柄でした@2011.8.30 ニッポン放送「ごごばん」生放送のちょいと前、昼御飯のちょいと後。


いか焼牧野の宅配いか焼

魚柄さんの本で何度も紹介されている、大阪生野区・鶴橋商店街の「牧野のいか焼屋」。このたび、自宅でもアノいか焼の味を堪能できるように、名物「いか焼」真空パックを開発、通販を開始したそうです。

で、味の方ですが、ものすごーくシンプルな小麦粉の甘みと、戻したスルメの味が、あっさり目のソースでからみあった絶品。粉もんにはうるさい魚柄さんも太鼓判を押すほど。
戻し方は、電子レンジよりも、チラシにあるように熱湯で暖める方がおいしくできます。ぜひ一度ご賞味を!
お問い合わせ先はこちら

魚柄さん原作の「おかわり飯蔵」ドラマ化決定!

魚柄さん原作の人気コミック「おかわり飯蔵」が、テレビ東京でドラマ化決定! 
放映は2007年1月スタート予定です。

主演ヒロイン「美咲さくら」役を募集しています! くわしくはこちら

これに注目! 「よっちゃんなんばん」

text: 魚柄仁之助

これまで特定の食品をおすすめするようなことはほとんどなかったこのおいさんが、これだけはおススメしたい、そのくらい旨い調味料を宮城で発見した。それが「よっちゃんなんばん」であります。

唐辛子栽培農家が地元の麹や醤油・味噌などをブレンドして作ったペースト状のものなんだが、これが旨い。ほどよい辛さと発酵・熟成させた甘さ、そして醤油や味噌のしょっぱさがみごとに溶けあっておる。もろきゅうや冷奴はもちろん、炒め物、パスタなどにも使える万能麹なんばんであります。

作っているのは「よっちゃん農場」の高橋夫妻で、仙台の青空市で月に1回売っておった。仙台市内で委託販売を2〜3ヶ所やっとるが、東京では売っとらん。そこで強引なおいさんは、お茶の水GAIAに持ち込んだところ、GAIAスタッフが全員ハマってしまい、さっそく店頭に。これがバカ売れでたちまち追加注文ですがな。

そして来る4月10日、生産者である高橋夫妻が上京してGAIAで店頭販売をすることになった。その時には別の唐辛子食品も持ってくるそうだ。お茶の水店か代々木上原店でやるのかは知らんが、行きがかり上、おいさんも手伝いに駆けつけることにしたですよ。

めったに買えんスコブル付きのきざみ麹なんばんですけん、ぜひこのチャンスをものにしておくれ。なお、GAIAにはすでに入荷しとりまして、今でも買えますど。

よっちゃん農場のブログは―― http://blog.goo.ne.jp/tougarashi3/