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翻訳コーナー(2) 日本文

お正月の豆歌手

ヨハンナ・スピリ作


1章:
バスチとフランツェリが 歌をおぼえます

2章:

3章:

tshp訳


お正月の豆歌手(題名はスピリ全集より)

(あなたが彼を好きなら、いつだってささえてくれる)

 作 ヨハンナ・スピリ 1882


第一章 バスチとフランツェリが歌をひとつ、おぼえます

 

 ウーリ州のアルトドルフから山の方にむかうと、ビュルグレンという、小さな村があります。

 夏には、いい香りのする草や、咲いたばかりの花々で、野原が緑におおわれます。
 ながめたり、散歩したりすると、とてもすばらしいところです。

 村のまわりにはクルミが木かげをつくっていて、そばをシェヒェン川という小川が流れています。
 川はザワザワと大きく音をたて、岩にぶつかるところでは、激しいしぶきをあげています。

 小さな村のはずれには、古い塔がポツンと立っていて、壁がツタでおおわれています。
 

 川にそってさらに向こうに、小道をたどっていきましょう。
 ここにとても大きくて古いクルミの木があります。

 木のかげはすずしくて、つかれた旅人は思わずホッとして、寝ころんで休みたくなります。
 するとこずえのかなたに、山々が青い空高くそびえたつのを、見上げることができます。

 

 この老木から少し歩いたところ、激しく流れる小川の上に、木の橋がかかっています。
 ここから山に向かう道は、けわしい上り坂になります。

 道のわきに小さな家がたっていて、横のカベにはもっと小さなヤギの小屋がついています。
 もっと登っていくと、また一軒。そのつぎにまた一軒と、ぽつんぽつんと山肌に家をはりつけたようになっているのです。

 

 そんな中でも一番みすぼらしい家がありました。
 ドアは、とても小さくて低いので、だれでも身をかがめなくては入ることはできません。

 家にくっついているヤギ小屋もこれまた小さくて、やせた雌ヤギが一匹入るだけで、いっぱいになってしまいます。

 この小さな家の部屋は二つだけで、居間と、横の寝室になります。
 居間のドアの前には小さなかまどがあって、ほんすこしばかり場所があいています。

 夏のあいだ、家のとびらは一日中あけたままで、小さな部屋の中を明るくしてくれます。
 そうしなければ真っ暗になってしまうんです。


 この小さな家には、野原で草をかりとって干草を作るヨーゼフさんが住んでいました。
 でも、もう4年前に、ヨーゼフはなくなっていて、今も住んでいるのは彼の奥さんと二人の子供たちです。
 ものしずかで働きもののアフラお母さんと、小さいけれどしっかりしていて、元気な男の子のバスチ。
 それから、もっと小さくて、か細くて、明るい金髪のクルクル巻き毛の女の子、フランツェリです。

 ヨゼフとアフラの二人は、とてもおだやかに、幸せに暮らしていました。

 この人たちが小さな家を離れるのは、一緒に教会に行く時ぐらいです。

 いつもアフラは、ほとんど家の近くにいて自分の仕事をしていました。

 一方、ヨーゼフは朝に仕事にでかけ、夜にもどってきます。

 

 二人の間に男の子がさずかったとき、カレンダーを調べると聖セバスチャンの日でした。

 それで自分たちの子供に、この名前をつけたのです。

 その次の女の子の時は、聖フランツィスクス(男性)の誕生日だったので、その名前になり、この国の昔からの言い方で、フランツェリと呼ぶことになりました。

 子供たちは、アフラにとってなによりのたからものです。

 妻は夫をなくしてからというもの、子供たちがいることは、前にもまして、なぐさめとなり、ただ一つのかけがえのない楽しみなのです。


 お母さんは子供たちをいつも清潔にして、さっぱりとした身なりをさせます。

 ですから、このあたりの土地で、いちばん小さくて粗末な家の、いちばん貧しい母親の子供たちだとは、だれも思わなかったでしょう。


 毎朝お母さんは、子供たちをしっかりときれいに洗いあげ、フランツェリの明るい巻き毛をクシでといてあげます。

 だからボサボサの髪になっていることはありません。


 いつも日曜日の朝に、二人の子供がそれぞれ持っている2枚のシャツのうち、洗いなおされたのに着がえます。

 その上にフランツェリはお出かけ用のスカートをつけ、バスチはおとうさんが持っていたズボンを小さくしたものをはきます。

 ふだん二人は、それ以上に着ているものはありません。

 クツ下やクツも、夏の間ずっと、はくことはないのです。

 冬になると、お母さんは子供のために、ちゃんと暖かいものを準備するのですが、十分ではありません。

 それにどうしても、必要なわけでもないのです。

 子供たちが、小さな家から外に出ることは、ほとんどないからです。

 

 お母さんには次から次へと、いっぱい仕事があります。

 アフラは朝早くから夜遅くまで、なにかしら働いていなくてならず、ほんの少ししか休めません。

 それでも、おかあさんはいつでもきちんとしています。

 子供たちがそばにいて,二人のひとみがうれしそうにキラキラと見上げてくれるなら、いまにも倒れてしまいそうな疲れが、どこかにいってしまいます。

 世界中のどんな豊かで、満ち足りた暮らしでも、子供たちに比べたらどうでもいいことなんです。

 

 子供たちは、出会った人みんなに、「いい子たちだな」と思ってもらえます。

 アフラと子供たちが、手をつないでいっしょに山から降りてくるときは、いつもバスチはフランツェリの手をしっかりとつかんで、ちゃんと守っています。

 ですから近所の人は、お母さんとこどもたちが通りすぎるのを見て、横の人にこう言ったりしました。

「まったくねぇ。

 アフラの子供たちのようすには、ときどき驚かされるよ。

 本当になんて可愛くさせてるんだろう。

 ほかじゃ見たことないくらいさ」

「そうさ、こっちもそれを言おうとしてたんだ」

 言われた人はうなずいて答えました

「うちの子も、あんなぐあいにならないか、嫁さんに言おうかな」

 でも、それを聞いた奥さんたちは、まったく面白くありません。だから言いかえします。

「そんなのだれも、かんしんしないね。

 あの子供たちはとにかくそうなんだし、そうじゃない別の子だっているんですよ。

 それにアフラだって、子供がきれいでかわいいのが、一番だなんて思っていやしませんよ。」

 もちろんアフラは、子供はきれいでありさえすればいいなんて、ぜんぜん考えていません。

 このお母さんは、こんなにもかわいい子供たちが、天からさずけられたのだから、汚れたままで放り出しておけない、と思っていたのです。

 それでも近所のだれかが、彼女にこんな風にいうとき、

「ねえアフラ、あなたの子供たちって、私とてもいいと思う。

 男の子はまっかで小さなリンゴみたいだし

 フランツェリは、ぽちゃぼちゃのほっぺたと金のまき毛で、まるで教会の祭壇に飾ってある天使の絵みたいじゃないの。」

 返事はこうです。

「私たちを守ってくださるお方が、あの子達に健康を与えられ、お利口でいさせてくださいますようにと、それだけを毎日、お祈りしているだけなんです。」

 本当にそうだったのです。

 

 今は、お父さんがなくなってから、5年がすぎさろうとしています。

 バスチは少し前に6歳になっていました。

 フランツェリは5歳ですが、ふわふわと頼りなく、かぼそい体をしています。

 ですから丈夫で、体つきのしっかりとしているバスチよりも、二つぶんも小さく見えてしまうのでした。


 その年の秋はひどいものでした。

 冬が早くにやってきて、どんどんきびしくなりそうでした。

 10月には、深い雪がつもり、とけて消えることがありません。

 11月はなると、もうすっかり、アフラの小さな家は雪に埋もれてしまいました。

 ですからもう、ほとんど外には出られません。

 

 バスチとフランツェリは、暖炉のそばの自分たちがいつもいる所に座っていて、もはや外への戸口の前には行こうとしません。

 それでもお母さんは、時には外に出なければなりません。

 それは家の中に、パンのひとかけらもなくなった時なのです・・。


 山をおりていくことは、雪が深いので、ほとんどできそうもないことです。

 もっと高いところに、たった一人で住んでいる男の人が、ときどき先に歩いて道をつけたときだけ行けるようになります。

 アフラはその男の人の足跡の真上を、まったく同じように踏んで歩くのです。


 でも、雪が新しく降り積もれば、道を自分で探し、雪をかけわけて、いかないといけません。

 お母さんは、こんなふうに動きまわって家へ帰ってくると、つかれきってしまいます。

 床に倒れないようにして、立っているのがやっとです。


 それでもまだ、やらなければならない仕事はいっぱいあって、ゆっくり休んではいられません。

 でも、近ごろのお母さんは、心配そうに、だまっていることが多くなりました。

 毎晩最後に腰をおろして、子供たちのつくろいものをするときに、重苦しいためいきがいくつもでてしまうのは、疲れているからだけではありません。

 重苦しい考えごとがあって、お母さんをおちこませます。

 それが、一日一日大きくなっていくのです。

 仕事が少なくなって、パンを小さく切ったひとカケラさえ、どうやって買ったらいいのかわからなくなって、とほうにくれることが、あたりまえになっていました。

 そして、ある週、編物や紡ぎものの仕事がぜんぜんなくて、パンを買うことができなくなりました。

 やせっぽっちのメスヤギの、少ししかでないミルクが、親子三人の最後の食べ物になりました。

 それで、アフラは夜になると何時間もいろいろと考えてしまいます。

 なにかできるはずです。

 少しでもいい。何かを手に入れましょう。
 どうすればいいでしょうか。

 だって、親子のゆくてには、まだ冬が三ヶ月も続いていくのです。

 いつも、お母さんは子供たちがベッドに入るとき、すぐそばであみもの仕事をします。
 そして、歌を歌ってきかせてあげ、そのまま自分も眠り込んでしまうことがありました。

 近ごろのお母さんは、静かにそばに座ったままで、歌を歌いません。

 心がしめつけられ、不安な気持ちが、中からあふれだしそうです。

 こうしてアフラは何日かの夜を、だまったまま、沈んだ心のまますごしていました。

 外では風が吹き荒れて、小さな家をひっくりかえしそうに、ゆさぶります。


 フランツェリはぐっすり眠り込んでいます。

 お母さんがそばにいるのがわかっているので、どんなに風がピューピューと吹き荒れても、なにも心配いらないのです。


 でも、バスチは、ぱっちりと目を開けて、お母さんがつくろい仕事をするのをじっとみています。

 少年は急に言います。

「ねえ、お母さん。どうして、ぜんぜん歌わなくなったの?」

「そうね」

 ためいきをつきます。

「歌えないのよ」

「忘れちゃったの?

 そうなら、ボク、歌が出てくるようにしてあげる。」

 バスチはおきあがって、ベッドの上に背すじをのばして座りなおします。

 歌いはじめます。

 

♪いまは夜が ふけていき

 森と ゆく道 とざします

 だからすべてを おまかせします

 ほほえみ ぼくらにくださいと

 しっかりとした、すきとおった声で、バスチは最後まで、まちがわずに歌いました。

 夜ねむる前に、何回も歌ってもらっていたからですが、お母さんはとっても驚いてしまいました。

 そして、いい考えが浮かんだのです。

「これは神様からの贈りものなのね!」

 そう言って、自分の小さな男の子に、うれしそうに目をそそぎます。

 

「バスチ。おまえ、お手伝いできるかもしれないわよ。

 前みたいに、おまえとフランツェリにパンをあげられるようになるの。

 がんばれるよね?」

「やるやる ! いまからなの ?」

 バスチはやる気まんまんで、すぐにベッドから降りました。

「まだいいの、ベットに入っていなさい。

 ほら、とっても寒いでしょ ?」

 母親は小さな子に、いそいで毛布をかけてあげます。

「でもね、あした歌をひとつ教えてあげる。

 そしてね、お正月にみんなの前で歌ってあげるのよ。

 もう、それまであんまり日にちがないけど、パンや、クルミの実なんかがもらえるのよ」

 バスチは贈り物がもらえそうで、それは自分ががんばりさえすれば、できるんだと聞いて、うれしくなってしまいます。

 もう目がさえてしまって、すこし時間がたつごとにお母さんにききました。

「おかあさん、もうすぐ朝になるかなぁ?」

 でも、さいごにはやっばり、ねむたさのほうが強くなって、バスチの目がとじていきました。


 朝になって、男の子は眠ったときに考えていたそのままに、頭がいっぱいで目がさめました。

 でも、お母さんがこういったので、まだガマンしなければなりません。

「夜になったら、すぐに一緒に歌おうね。

 お昼のうちは、お母さん、やることがいっぱいあるから」

 それで、バスチは夜になるまで、フランツェリに話してあげることで、時間をすごしました。

 お母さんが自分に何を教えるつもりでいて、それでもってパンと、もしかしてクルミの実なんかも、家に持って帰れるかもしれないんだよー。って。

 フランツェリは、ものすごくわくわくして聞きました。

 だからやっぱり、夕方になるのが待ちきれません。

 やっと日がくれて、お母さんの用事もみんなおわりました。

 アフラはランプに火をつけて明かりをともします。

 テーブルについて、フランツェリを自分のすぐそばに引きよせ、バスチを体の反対側に同じようにします。

 それからバスチが、歌を歌いにでかける時にはいていくための、温かそうな小さなクツ下をとりだします。

 クツ下を編みながらお母さんは言いました。

「よーく 聞いていてね、バスチくん。

 歌の一番目の歌詞を、何回かお手本で歌ってあげる。

 それから歌えるかどうか、みんなで試してみましょ。」

 お母さんは歌いはじめました。

 

 まだ長く歌わないうちに、バスチはもう、いっしょに声をそろえます。

 思いもかけないことに、フランツェリまで中に入ってきて、ものすごくしんけんに、歌いはじめます。

 お母さんはそれを聞いて、女の子に「そうね」とやさしくうなづきました。

 最後まで歌いきってから、お母さんがいいます。

「とてもよくできましたよ、フランツェリ。

 もしかして、おまえにもできるかもね」

 そうして、みんなでいっしょに同じ歌を何回も歌ってから、お母さんは試してみます。

「今度は、自分でやってみる? バスチ。

 フランツェリも少しぐらいなら手伝って、いっしょにやってくれそうだし。

 そうでしょ、フランツェリ ?」

 女の子はうれしそうに、コックリとうなづきます。

 バスチはしっかりとした声で歌い始めました。

 すると、なんともまあ。お母さんはびっくりしてしまいます。

 歌に加わったフランツェリの小さな声は、これまで聞いたことがないくらい、銀のようにきらきらとかがやいて、明るく澄んでいるのです。

 そしてバスチは、まだときどき、メロディーの音をはずしそうになるのですが、小さな女の子は、もっとうまく、まるで小鳥のように、かろやかに歌うのです。

 つかえたりせずに、どの音も正確に高く低く、長く短くして、その歌を最後まで歌いきりました。

 お母さんはおおよろこびです。

 こんなこと思ってみたこともありません。

 だって こんなちっちゃなフランツェリが手伝ってくれるんです。

 そして、なんといっても、二人が一緒になって歌うと、とってもかわいらしい響きになって、ずっと聞いていたくなるのです。

 こうやって、みんなは、思っていたよりずっと、うまくやることができました。

 それからは毎晩、がんばって練習しました。
 その週の終わりになると、子供たちはもう、歌のぜんぶを、4番目まで、すらすらと歌えるようになって、とても喜んでいました。

 二人は歌が終わりになると、また最初から繰りかえして、あきないで何度も歌います。

 お母さんは、とてもホッとしていました。

 もう、子供たちはかんぺきに歌えて、たとえお母さんが近くにいなくても、途中で間違えたり止まったり、するわけがないんです。

 12月がやってきました。

 まもなく一年が終わります。

 年の瀬もおしつまった夕べに、お母さんは、もう一度歌を聞こうと子供たちと腰かけました。

 本当にちゃんと歌えるか、最後の確認です。

 そして歌を歌いはじめました。

 いまでは子供たちは、お母さんよりいつも先になって、夢中になって歌います。

 ですからお母さんは、一緒に歌おうとして、リズムをとるのをすこしはやくしたほどです。

 どこにも問題なく、子供たちは4番目まである新年の歌を、全部歌いました。

 

 こんな歌なんです。

 

♪今はもう 古い一年どこかにいって

 新たな年が やってくる

 どうかおねがい みんなのきもち

 めぐみと へいわの よい年に



 いまは冷たい 冬のとき

 地面は氷で おおわれる

 けれど はなれぬ いつくしみ

 わからなくても まもられている



 それでも小鳥は こまってる

 どこなの わずかな たべるもの

 それは ぼくらも おなじこと

 幸せさがして さまよいあるく



 いまこそおいで すべてをつつめ

 あかるく さちある あらたな年よ

 ほんとの希望が ともだちなら

 だれでも どこでも ささえてくれる♪



 第二章 思いがけない、お正月の歌手

 新年の朝になりました。

 とても早いうちに、お母さんは教会に行ってきました。

 毎年必ず、お母さんは行くのです。 

 さあ、これからが始まりです。

 待ちこがれた子供たちは、ありったけを身に着けて、暖かい格好になります。 

 それでも寒さをふせぐのに、けっして十分ではありません。

 でも、お母さんはフランツェリにも暖かいクツ下を一足、新しく編みあげていました。

 どうしても今日、それがいるのでした。 

 最後にお母さんは、いつも自分がはおっている、たったひとつの古いショールを取り出して、フランツェリに何回もぐるぐるまきつけます。

 抱き上げて、いいました。 

「それでは、いきましょうね」

 バスチは先頭に立ち、深い雪にとびこんでいきます。

 とっても勇ましく、ガンバッて雪をかきわけて、シェヒェン川ぞいの下り道まですすみます。 

 川のところに出てきて、バスチはお母さんとならんで歩くことができるようになりました。

 ものすごくいっぱい知りたいことがあって、お母さんに聞きます。


「ねえ、今からどこへいくの? そして何するのかなぁ?」


 それで、あっという間に時間がすぎて、知らない間に一時間近く歩きつづけていました。 


 三人は、アルトドルフの最初の家の近くまでやってきました。

 大勢の子供たちが、先に来て新年の歌を歌いだしていて、どの家にも出たり入ったりしています。それが、お母さんにはすぐわかりました。


 アフラは、古い塔が立っている教会のそばの大きな旅館まで、足をゆるめませんでした。

 ここなら、まだあまりさわがしくありません。

 お母さんはフランツェリを降ろして地面に立たせ、くるんでいたショールをほどきます。

 そして子供たちを大きな建物へ送り出しました。 


「近くまでいったら、すぐに歌をはじめるんですよ。」と言ってありました。

 お母さんだけはすこしもどって外の門の後ろにいることにします。

 でも、子供たちが戻ってきたときに、すぐわかるようにしています。 


 バスチはフランツェリの手を固くにぎって、中に入っていきます。

 すぐに明るい歌声で歌い出しました。

 フランツェリもきれいなメロディでいっしょに歌います。 


 旅館の食堂のとびらが開きました。

 中の人たちが子供たちに声をかけて、歌がうまいとほめてくれます。

 それから、バスチにお母さんが持たせたバスケットの中に、何人もの人がいくつもいくつもパンやコインを投げ入れてくれました。

 旅館のおかみさんは、クルミの実を、手にどっさりすくって入れてくれ、こう言いました。 

「お正月なんだし、パンだけじゃあねぇ。これももっておいき!」

 バスチはとっても大きな声で、フランツェリはちっちゃな声で、「ありがとう !」っていいます。

 子供たちは、おおはしゃぎで、お母さんのところへ贈り物をもってはしっていきました。 

 それからさらに別の家に歌いにいきます。

 でも、そこではもう別の子供たちが歌っていて、後から別の子達もやってきました。

 そんなわけで、時には子供たちが、うじゃうじゃと同じ家に集まることになります。

 そうなるとみんなが勝手に歌ってしまって、めちゃくちゃになってしまいます。

 すると、おかみさんかご主人が外にでてきて、こんなにやかましいなら、さっさとみんなに小さなパンをばらまいたほうがマシだと思うのです。 

 それで、ごほうびをもらえない子があって、何ももらえずに戻るときだってあります。

 でも何回かは、そんなふうに一軒の門の前に大勢が集まったときに、おかみさんはフランツェリにこっちにおいでと呼びよせて、にこにこして言ってくれました。

「おいでなさい。なんて小っちゃい子だろう。寒いんだね。

 これは、なにかあげなくっちゃ。

 でも、終わったらおうちにお帰り、ぶるぶる木の葉みたいにふるえてるじゃない。」

 こんなぐあいにして、子供たちは5、6軒の家を回って歌いました。

 そしてお母さんには、もうこうして続けていけないのが、はっきりわかってきました。

 とても寒くなっていました。

 お母さん自身が、寒くて寒くて凍えてしまいそうです。

 か弱いフランツェリは、体中がふるえてしまって、まったく歌えなくなっています。

 バスチでさえ、青ざめた顔をして、手がひどく冷たくなって感覚がなくなっています。

 ですから、何か受け取ろうとしても、手でつかめなくて、腕にぶらさげたカゴをまるごと前にさしだして入れてもらうのです。 

 お母さんは決心して、来たときのように、フランツェリを手早くショールに包み込んで、だきかかえます。

 「さあ、バスチ」

 お母さんは言います。 

 「走ると大丈夫。行きましょう。 そうすれば暖かくなっちゃうよ」 


 みんなでいちもくさんに走りだします。

 自分たちの小さい家にたどりつくまで、立ち止まることはありませんでした。 


 そして三人は、ちっぽけな暖炉の前で、お互いにできるだけ身をよせあって、こごえた手足がすっかり温まるまでそこにいました。

 なんとか落ち着くと、バスチが暖炉の前にカゴをもってきました。

 やっぱり、中になにが入っているか、全部みたくてしかたがありません。


 こうして子供たちは、いっしょうけんめいがんばって、おいしいパンとクルミをもらうことができました。

 そして、みんなでとっても楽しく、新年の最初の夜をお祝いできたのです。

 おかあさんもうれしいし、ありがたく思っていました。

 ささやかではありましたが、とても助かったのです。

 これで何日かはたっぷりとパンがありましたし、カゴの中には、投げ入れられたコインもいくつかあって、お母さんはそれを大切に使ったのでした。

 

 もちろんですが、つらい日々はまだまだ続きます。

 お母さんは、くりかえしやってくる貧しさと寒さに、たちむかっていくのです。 

 しかし、とうとう長い冬の終わりがやってきました。

 太陽は暖かく光をさしのべ、子供たちが小屋の外にずっと出ていても大丈夫です。

 もう、寒さに凍えることはなくなりました。 

 雌ヤギも外につれだし、若々しいおいしい草がたべられます。

 するとミルクを少し多くだしてくれるんです。 


 お母さんは、暖かくなってかなり楽になりました。

 なぜかというと、小さな家のカベは薄くて冷えやすく、なんとか暖かくしておくために、いろんな場所から、けんめいにたきぎを集めていたのです。

 いまは窓から、太陽のあたたかくきらきらする光がさしこみ、新鮮なおだやかな空気が部屋の中をみたします。


 それでもお母さんは冬じゅう、あまりにもがんばって働きすぎていました。

 それに自分は、ろくに食べていませんでした。

 ですから、お母さんの体はすっかり弱っていました。

 春の暖かい光も、体の力をもとにもどしてはくれません。 


 それなのに、お母さんはいっしょうけんめい働くことをやめません。

 朝から晩まで、一日中休むことなくがんばります。


 時々、疲れはて、力がでなくなってしまうことがあります。

 そんなときお母さんの心の中で、心配事が大きくふくらんで、せめたてて、もうダメかもしれないと思ってしまいます。 


 もしも自分と子供たちが、暮らしていくことができなくなれば、どうなるでしょう。

 子供たちは、貧民救済局という役所に保護されてしまいます。

 自分の手元から引き離され、大きくなって自分で働いて、パンを買えるようになるまで、どこかの家庭にあずけられることになってしまうのです。 

 お母さんには、それはがまんできません。

 そんなことになるなら、最後の最後まで、力をふりしぼってガンバルほうがましだと思っています。 


 日の長い、暑い夏がやってきました。

 雲ひとつないまっさおな空で、太陽は焼け付くような光を、きりたった山肌にふりそそぎます。

 そのあちこちに、シーズン遅くに刈り取った干草が、積み上げられたり、すでに束にされてまとめられたりしています。 


 アフラも子供たちといっしょに、山の高いところへ登っていきました。

 山の上のところに、ほんの少しの土地を持っていて、そこの干草を毎年冬の間、ヤギにあげているのです。


 お母さんは、お昼に、前の日に刈り取って、束ねておいたワラをかかえあげます。
 乾いたとても暖かい荷物で、家まで運ぶには、頭の上にのせていきます。

 フランツェリは、お母さんの手がふさがっているので、着物のすそをしっかりと手でつかんでついてきます。

 そして、バスチのほうは、小さな干草の束をかかえて運ぶのです。


 家に帰るとすぐに、お母さんはミルクをもってきました。

 三人は、ほんのちょっぴりのまずしい朝ごはんをたべてから、帰ってくるまでの間に、ほんのわずかのパンしか、口にしていなかったのです。

 もう、夕方の5時になっていて、みんなお腹がすいて、へとへとです。 


 お母さんは、ミルクの次にパンをだそうとして戸棚の中をみると、ドキッとしました。

 パンの残りがわずかなのに気がついたのです。 


 注文されているクツ下を、完全にあみあげるまでは、パンを買うお金はありません。

 そして昨日と今日の二日間、干草の仕事のために、編み物仕事ができていません。 


 お母さんは、小さなパンの半分をフランツェリにあげ、残りの半分をバスチにあげて、言いました。

 「いいこと、おまえたちがお腹がぺこぺこなのは、お母さんよくわかってる。

 でも、もうこれしかパンがないの。

 わかるよね。

 ほら。こんな少しになってしまうけど、がまんしてちょうだい。 

 でもね、今日の夜、お母さんはがんばって編み物をするの。

 そうすればね、明日はおっきなパンが食べられるよ」


 バスチは待ちかまえていて、うれしそうに小さなパンをもらいました。

 でもすぐにパクリとかぶりつきません。

 お母さんは、子供たちのために、うつわにミルクをそそいで、だしてくれます。

 そのあと、机の上で、自分の頭を手でおおってしまうのを、バスチはみあげています。 


 そのまま、じっとお母さんをみつめます。

「ねえ、おかあさんのパンはあるの? 」

 とうとうバスチはききました。 

「ないのよ、バスチ。

 でもね、お腹はすいてないの。

 だからすこしもほしくない」

 お母さんは返事をします。 

 そこにフランツェリがとことこやってきます。

 そしてまだ食べてなかった小さなパンの残りを、ぜんぶ、お母さんの口におしつけようとします。

 バスチも同じように、パンをお母さんにさしだして、泣きそうに言いました。 

「ねえ、お母さんのパンがないんでしょ。

 お腹すいてるんでしょ?

 だったらみんなで分けようよ」 

 でもお母さんはさしだされたパンを子供たちにもどします。

「いいえ。いけません。(きっぱりと)

 バスチ、気にしないでみんな食べなさい。 

 わかってね。

 お母さん、食べたくない。

 なんだかとっても具合がよくないの。 

 でも明日になったらアルトドルフにおりていって、お医者さんにみてもらいましょう。

 そうしたら、きっとよくしてくれる。

 ・・そうじゃないと、もうだめ・・。」


 おわりの言葉は、自分につぶやくような小さな声でした。

 そして後ろにくずれおちて、目をとじてしまいます。

 体が弱っていたのと、疲れていたのとで、気を失ってしまったのです。


 バスチは、じっと倒れたお母さんをみつめます。

 そしてフランツェリにささやきます。

「おいで、ボク何をしたらいいかわかってる。

 それからさ、うるさくしちゃだめだよ、お母さんをおこしちゃうからね。

 ごらん。お母さんは、少しお休みするんだよ」


 それからフランツェリの手をしっかりつかんで、戸口までつれていきました。

 ですから女の子は、しずかに、そっと外にでることができました。

 そのときクツ下もクツも、小さな足にはありません。

 バスチも同じハダシです。

 そうして、二人は音をたてずに、開きっぱなしの家の戸口を出て、山の下の遠くまで歩いていくのです。

 急な道をおりきったあとは、激しく流れる小川のそばを、ずっと歩いていきます。

 バスチはフランツェリを小川とは反対の方向に押し付けるようにして守ります。

 そして、広々とした牧草地の中にでるまでそうやってから、教えてあげました。 

「わかるよね、フランツェリ。

 こっち側を歩いたらだめなんだ。

 シェヒェン川に落っこっちゃうんだもん。 

 お母さんが言ったんだけど、おまえみたいなちっちゃい子供たちは、落ちたらおぼれて死んじゃうから気をつけなさいって。」


 フランツェリはよくわかっていました。

 そして、草はらをつれていかれる間もずっとおとなしくして、自分からすすんで歩いていきました。 


 バスチはまた話し始めました。

「これからだよ。フランツェリ。

 ぼくたちアルトドルフで、何軒かお家をまわって、前みたいにぼくらの歌を歌うんだ。 

 そしたらさ、パンとかクルミとかもらえるよ。そしたら、お母さんのところに持っていこうッ !

 今日、お母さんのパンはなかったんだもの。

 でも、おまえ、まだあの歌をおぼえているよね ?」

 フランツェリは、これを聞いて、とってもうれしくなり、がんばる気持ちがでてきます。

 ですから、クツをはいてないハダシの小さな足でも、げんきに野原や石だらけの道を歩いていくのです。 

 女の子は、あの歌ならぜったいにちゃんと歌える。って言いはります。

 バスチは、歌えるかどうか、いっぺん試してみようよ。といいだします。

 そして、子供たちは、新年の歌を歌い始めました。

 だいじょうぶです。二人とも、しっかりと覚えていて、なんども初めからくり返します。


 そのうちに、アルフドルフまで降りてきていました。

 フランツェリのやわらかいはだしの足は、歩きすぎで、まっ赤にはれあがり、痛そうです。

 でも、がまんしています。 


 アルトドルフはウーリの州都で、かなり大きい村でした。

 そのいちばんはずれの家までやってきました。 

 二人は歌うのをやめます。

 バスチが言いました。 

「ぼく、どこで歌えばいいかも、ちゃんとわかってる。

 まだここじゃないんだ。」

 少年は、すこし疲れてきたフランツェリの手をひっぱって、大きな宿屋の近くまでいきました。

「金鷲亭」(金のワシ旅館)です。

 お母さんがお正月に、二人を最初に送り出したところです。

 でも、あのときとはちがった感じがしています。

 夕日が、宿の入口の前庭を、金色の光で、てらし出しています。

 そこから騒々しい音がして、にぎやかな様子です。 

 外国からの見なれないお客さんたちが、仲間同士でさわいでいるのです。

 まじめそうな若い男の人たちで、色とりどりのきれいな帽子をかぶっています。

 その人たちは、この旅館に到着すると、すぐに大きな机を、食堂からひらけた外の前庭に運び出しました。

 それから、みんな席について、にぎやかに楽しそうに、食べたり飲んだりしているまっさい中でした。

 今日、この人たちは長い道のりを、歩いて旅してきました。

 それでくつろいで、楽しくひとときをすごそうとしていたんです。 

 バスチは、若者たちが座ってさわいでいるのを、離れたところからながめます。

 でも、フランツェリはなんとなく怖くて、もじもじとして、前にすすもうとしません。 

 すぐに男の子は、考えました。
 あの人たちに聞かせるには遠いけど、妹が安心できるここから歌うのが、いちばんよさそうです。


 そして、むこうでわいわい騒いでいても聞こえるように、大きな声でバスチは歌いはじめました。

 大丈夫です。ちゃんと聞こえました。


「しずかにしよう !」

 テーブルのいちばんいい席についていた、とんでもなく背の高い大男が、いきなり大声でみんなに命令しました。 

「・・しずかに。

 いいか。 私は音楽が聞きたい。

 どうやら、我々の楽しい祝宴に、音楽がつきそうだぞ」

 

 若い紳士たちは、みんなでまわりをみわたしました。

 そして古い木の後ろに、かくれるように立っている子供たちをみつけて、いっせいに手をふって、口々に呼びました。 


「こっちにおいで !」 「もっと近く !」

「ここまで、くるんだよー !」


 子供たちは歌い終わり、バスチは、前にすすみでます。

 でも、フランツェリが、とてもビクビクしているので、すこしひきずるようにしなければなりません。


 長い金髪ともじゃもじゃヒゲの男が、長い腕をのばし、バスチをテーブルに近よせます。

 みんなが声をかけました。 

「子供たちを歌わせてくれ。 バルバロッサ君 !」 

「さあ、いまみたいに、歌ってごらん」 はげまします。

「がんばるんだ !」


 バスチは大きな声で歌い、フランツェリは、まるでかわいい銀のベルのように、小さく声をひびかせます。

 ふらついたりしないで、しっかりと二人は歌いました。



♪今はもう 古い一年どこかにいって

 新たな年が やってくる

 どうかおねがい みんなのきもち

 めぐみと へいわの よい年に 



「天のお慈悲を ! (こりゃおどろいたよ)

 おれたちは地球の反対側に着いちまったぞ。

 この子達、新年(新しい世界)のお祝いをしてる」

 バルバロッサが大げさにいいます。

 そして、楽しくはやしたり、笑ったりして、おおさわぎになります。


「いいかげんにしろ。バカ騒ぎはやめておけ」

 バルバロッサの隣に座っていた、黒い巻き毛の背の高い男がみんなをとめます。


「よくみなよ、(われらが)ちっちゃなマドンナ(聖母マリアさま)を。

 こんなに怖がって、ふるえているじゃないか。」 

 すぐにシーンとしずかになり、みんなの目がフランツェリにそそがれました。

 女の子は、心細そうにバスチにしがみついています。 

「正義の勇者・マクシミリアンよ。

 なんじは、それなる聖母マリアちゃんを、命をかけて守ってあげなさい !」 

 バルバロッサがいいわたします。

「さあ、歌の続きだ !」

 マクシミリアンは手をのばしてフランツェリをやさしくひきよせて、いいます。

「ぼくのそばにおいで。

 なんてちいさい子なんだ。

 きみに怖いことをする奴なんか、一人もいないよ。安心おし」


 フランツェリは、この人を信用して、手をしっかりつかみました。

 妹が落ち着いたようすになると、すぐにバスチは歌い始めます。



♪いまは冷たい 冬のとき

 地面は氷で おおわれる

 けれど はなれぬ いつくしみ

 わからなくても まもられている 



「ほんとうだ。

 天のお方に、今日わたしは、寒々としたことから、守っていただけた」 

 バルバロッサがはやします

 金色の夕日の中で、この大男は、目もほほも、ひげも、(そしてたぶん心も)、すべてが熱く燃えているようでした。


 歓声と笑い声が、またわきあがります。

 でも次は、みんなで叫びます。 


「その次を !」「歌っておくれ !」

「続きを !」 「続きを !」

 子供たちは歌います。



♪それでも小鳥は こまってる

 どこなの わずかな たべるもの

 それは ぼくらも おなじこと

 幸せさがし さまよいあるく 



「あげよう、あげよう、食べ物を(幸せを)」

 大勢はくちぐちに答えます。

 そして、ごちそうが乗ったお皿が何枚も何枚も、子供たちの方に運ばれます。


 でもバスチはそれにまどわされずに、ちゃんとした声で歌い続け、フランツェリも最後まで一緒に声をあわせました。



♪いまこそおいで すべてをつつめ

 あかるく さちある あらたな年よ

 ほんとの希望が ともだちなら

 だれでも どこでも ささえてくれる 



 陽気な歓声がわきあがります。

 みんな、ごちゃごちゃにしゃべっています。 


「なんて素晴らしいお祝いとお願いなんだろう !

 これは、ぼくらの旅に、幸運をはこんでくれるぞ !」


 その一方バルバロッサは、バスチを自分のほうへ引き寄せます。

 そして少年の前に、これまで一度も見たことのない、ごちそう山盛のお皿がドスンと置かれました。


 お皿のふちには、雪のように白い大きなパンがありました。

 バルバロッサがすすめます。

「さあ、我が息子よ。

 いまこそ、おまえの目標に攻めかかるのだ。 

 すべてをかたづけ、たいらげるまで、くじけてはならぬぞ」


 そして、さらに続々と別の山盛りのお皿がバスチの前にやってきます。

 みんながまわりで言います。

「これもだぞ !」 「男の子にこれもあげてくれ !」 


 バスチはそこにたちつくし、目を輝かせて、すみずみまで見つめました。

 思いもかけない出来事にその両目は、大きく見開いていきます。

 でも、ぜんぜん食べようとしません。 


 フランツェリの方は、いまだに「守り主・マクシミリアン」の手にしっかりにしがみついています。

 若者は、バスチがされたのと同じように、ごちそうをフランツェリの前まで持ってきて、食べるように言います。


 フランツェリは、ずっと歩いてきたので、お腹がとてもすいていました。

 すぐにフォークで小さく切ったおいしそうなパンをとって、口にはこぼうとします。


 でも女の子は、その前にチラッとすばやくバスチの様子を見ます。

 するとフランツェリはピタリと止まって、食べようとしません。

 女の子は、ぐずぐすしないで持っていたパンを、サッとお皿の中にもどします。


「いったいどうしたんだい?

 なんで手をださないのだ、我が勇敢なるテルの孫よ ?

 きみの本当の名前はなんていうんだ?」 

 とバルバロッサはたずねます。

「ぼくはバスチ」 返事します。

「よろしい。バスチ君。

 わが息子よ。 

 さて、君にはどんな深い事情があるのだろう。

 そんなにびっくりしたように目をひらいて、ぜんぜん食べようとしないなんておかしいよ ?」

「フクロがあったらなあ・・!」 ぽつりといいます。 

「フクロだって ?  それをどうするんだ ?」

「みんな中に入れて、お母さんのところに持っていきたいんだ。

 今日、おかあさんの食べるパンがひとつもなかったんだもん」 

 今度は紳士たちが「う〜ん」と言って、考えこみます。

 そしてみんなが大声で言い出します。

「こうなったら、この子におみやげを持たせてあげよう。

 望みをかなえてあげなきゃいけない」 

「お母さんはどこに住んでいるの? 近くにいるの?」

 と別の人が聞きます。 

 バスチが、「ビュルゲンの山の上のほうに住んでいるんだ。」

 と答えると、全員が「どうして ?」とふしぎに思いはじめました。

 バルバロッサが言います。 

「あんな高いところから降りてきたんだったら、君たち、お腹がすいてるんだろう ?

 ちがうかい ?  バスチくん」 

「うん、そうなの。

 それにボクたち、今日は朝からほんの少ししかパンをたべてない」

 そのとおりと、うなづきます。 

「でもね、あしたになったら、お母さんが作ったクツ下で、もうちょっとパンがもらえるかもしれないよ」

 さてさて。紳士たちは、みんながみんな、何かしてあげようとガンバリはじめます。

 一人はごちそうをつめこむフクロをとりにいくし、別のひとりは山の上へ運ぶため、手はずをととのえはじめます。 

 でもバルバロッサは、みんながいっせいに止まってしまうような大声でどなります。

「まだだ !  いまは、この二人の「聖なる子供」が、お腹いっぱいになるのが先だ。

 それから次のことをやろう。

 聞きたまえ。バスチくん。 まず、ここで君のお皿に用意したものをかたずけてしまおう。

 君が食べ終わったなら、お母さんに残りをみんなあげるんだ。」 

「これぜんぶ ?」

 バスチは、おどろいた目をして、山盛りになったお皿を指さしていいました。

「ぜーんぶだ !」

 バルバロッサが約束します。 

「さあ、これで食べはじめてもいいだろう?」


 さっそくバスチはフェークをにぎりしめ、わきめをふらずにパクパク食べていきます。

 それをバルバロッサは、とってもうれしそうに見守っています。 


 黒い巻き毛のマクシミリアンも、ホッとして同じ気持ちでいます。

 フランツェリが空っぽのお腹をいっぱいにしようと、やっと決心していたからです。 


 二人のお仕事は、どんどん片付いていき、ときどき短いことばのやりとりの時、ほんの少し手が止まっただけです。


「君たちはお母さんに、歌を歌うようにいわれて、ここに来たのかい?」

 バルバロッサは一度聞いてみました。 

「そうじゃないよ。

 お母さんは、なにも食べられなくて、疲れて眠りこんじゃったんだ。 

 それから明日になったら、お医者さんにいってみてもらうんだって」

 バスチが、はきはきとこたえます。 

「それでボク、フランツェリと出かけることにしたんだ。

 お母さんが目をさましたらパンがたべられるように。 

 前にね、ここでボクたち歌ったら、パンがもらえたんだよ。」


 やっと若者たちにわかりました。

 なんで子供たちがここにやってきて新年の歌を歌ったのかが。


 バルバロッサが号令をかけます。

「諸君、やってみないだろうか。

 我々みんなで、私たちをお祝いして歌ってくれた歌手たちを、ビュルゲンの山の上まで送りとどけるのだ。

 もともと我々は、あした、あの勇敢なるテルの最後の場所――彼を荒々しい波で飲み込んだシェヒェン川を訪れることになっている。

 今晩、月明かりのもと、そこまでの夜間遠征を決行しようではないか。

 そして我らがさまよえる友人たちを、母親の元に返してあげるのだ」


「それから、君は腕のいい医学生として、お母さんをきちんと診察すること。だね」

 マクシミリアンが、横からつけくわえました。


 若者たち全員が席を離れて、ステッキを手にして、すぐに出かけようとします。

 マクシミリアンはそれを見て、いらだったように呼び止めます。 

「みんな、何をかんちがいしているんだ !

 つまりだ。

 この小さくてかよわい子供たちが、君らと一緒に歩いて、ついていけると思っているのか? 

 それどころか、こんな小さな足で、家までの帰り道をてくてく歩かせていいわけないぞ。

 まず最初は、宿の主人に馬車を用意してもらおう。

 そして小さな女の子は馬車の中に座ってもらう。となりには食べ物をつめたカゴを置く。

 それから「前へすすめ」だろ。」

「いい提案だな」

 バルバロッサは、おおきなカゴを一目みて、感想をいいます。

 それは宿のおかみさんがフクロのかわりに持ってきたものです。

 おかみさんは、紳士たちが何をしようとしているかわかって、教えてくれたのです。

「こんなにいろいろある食べ物を、ひとつのフクロに、ゴチャマゼにつめこむなんてできませんよ。

 そうではなくって―。」

 と、思いっきり大きなカゴを持ってきて、どれもきちんとカゴのなかに並べてくれたのです。 

「では、準備完了だ」

 バルバロッサはマクシミリアンに近よろうとしましたが、

「おまえはそのままだ。

 マドンナちゃんと食べ物のカゴを守って、馬車に乗っていなさい。 

 ぼくらは先にたっていこう。

 バスチは道案内をするんだ。」 

 それが出発の合図になりました。

 でも、この行列が動き出そうとすると、バルバロッサは全体を引き止めます。

 そしてやけに真剣そうに言い出します。 

「だれにも、これから先のことはわからないのである !

 どのような危険や苦難が、これからの暗闇につつまれた旅路で、我々に襲いかかるであろうか?

 だから、一人一人、わたしと同じようにしたまえ。

 つまりだ、ポケットへ元気づけのワインを、一瓶つっこんでおくのだ。」 

 それから彼は、ゆっくりと宿屋の中へ歩いていきました。

 今、いい出したものを準備するためです。 

 ほかのみんなも、この提案に大賛成でしたから、ガヤガヤと騒がしく後に続きました。

 そのうち、みんな出発場所に戻ってきて、「旅」をはじめることができました。

 行列の先頭には、おっきなバルバロッサと、ちっちゃなバスチがいます。

 すぐ後ろには、マクシミリアンが屋根の開いた馬車にお嬢様を乗せて、自分はその隣に座ります。

 そのまた隣には、カゴがうず高く積み上げてありました。 

 美しい夕日が、進んでいく一行を照らします。

 沈んでゆくお日様の光が、空を金色に変え、しゅんかんごとにちがう美しさに変えていきます。 

 フランツェリには、そんなきれいな中を、馬車に乗ってドライブするなんて夢のようです。

 そばには優しく守ってくれる人もいます。 

 マクシミリアンを信じきった女の子は、とぎれることなく次から次へとお話していきます。

 おうちでは、お母さんとバスチとヤギと暮らしていて、なにをどうしているのか、といったことでした。


第三章 そのつぎに、おどろくこと

 お母さんは夜になるまでに、二ど三どと、何度か目がさめそうになりました。

 でも、力がのこっていなくて、自分でおき上がることができません。 

 そのたびに力が抜けて、ぐらりと倒れこみます。

 そして何時間ものあいだ、頭がぼんやりとして、まわりのことがよくわからないのです。 

 でも、なんとか目がさめてきました。

 もう、夕日が落ちて、どんどんと暗くなっていきます。

 子供たちが見当たりません。

 それなのに体に力がなくて、すわりこんだまま動けません。

「バスチーッ」

 しばらくして子供たちをよびます。

 あたりが静まりかえって、物音一つしないのに気がついたのです。

  

「フランツェリー。 どこなの、みんなー」

 返事がありません。 そのしゅんかん、不安が体に力をそそぎこみます。

 いそいで立ち上がると、小さな家の外へ出てみます。

 だれもいません。

 ヤギのところへいっても、ぽつんと一匹でいるだけです。 


 それから家のまわりを回りながら、やすみなく、子供たちの名前を呼びつづけます。

 へんじがなく、静かなままでした。 

 シェヒェン川が激しい音をたてているばかりです。

 ぞっとするような想像が、お母さんをおそいます。

 立っているのがやっとです。

 手を組み、あらんかぎりの気持ちをこめて祈ります。

 恐ろしいことがおきないように、すべてを救い主にお願いするのです。 

 それから小道を走り出しました。

 山をおりていこうとします。 

 そこへ下から大勢の人たちが行列をつくって、上にのぼってくるのが見えました。

 みんなガヤガヤと熱心にしゃべっています。

 何人かがアフラの小さな家をステッキでさし示しています。 

「ああ、天のお方 (なんてことでしょう)」

 最悪の予感がして言いました。 

「あんな大勢が、私に何か知らせるために来たっていうの ?」

 もう一歩も動けず、凍りついて立ちつくします。

「おかあさん。おかーさーん !」

 その時、下から呼びかける声がします。 

「ぼくたち、すぐにそっちにいくよ。

 そしたら、何を持ってきたか見せてあげるー ! 

 おじさんたちがいっしょだよ。

 フランツェリはお馬さんの後ろの車にのってるんだよー !」 

 バスチがみんなの先を走って、叫びながら、近づいてきます。

 そしてゼイゼイ息をきらしながら、なにが起こったのか全部、お話ししようとします。

 どんなことになったか、お母さんに知らせたくて、待ちきれないのです。

 バスチがやっと上までのぼりつめてとびつくと、お母さんがぎゅっと抱きしめました。

 心から空の彼方に「ありがとうございます」と感謝し、心が満たされてあたらしい元気がわきだしてきます。 

 でも、びっくりして驚くことは、まだまだいっぱいふえていくのです。

 わが子のバスチのあとから、紳士たちが大勢やってきて、みんな古くからの友達のような親しさであいさつするのです。

 ふたりの人が二本の棒を肩にわたして、その上にものすごく大きなカゴを乗せて運んできます。

 最後からやってくるのはフランツェリと手をつないだ男の人です。

 ふだんはとっても内気で、ひっこみじあんの女の子なのに、その人とは心が通じあって、すごく仲が良さそうです。

 女の子はお母さんをみつけると、若者の手をつかんではなさないまま、お母さんのところまで引っぱっていきました。


 心がきれいでとても良い人のアフラには、感謝の気持ちが大きすぎて、どうやってこの人たちに伝えたらいいかわからないほどです。


 バスチのお話から、すぐにピンときて、すべてを感じとっていたのです。

 この紳士たちが、子供たちをどんなに親切にむかえ、もてなしてくれたのか。

 それに、こんなにもたくさんの贈り物を、カゴにつめこんで、目の前まではこんでくれたのです。 


 アフラは、バルバロッサの方に姿勢をととのえ、礼儀正しくむかえました。

 この人が若者の中で、一番大きかったので、たぶんリーダーだろうと思ったのです。


 温かく真心のこもった言葉とふるまいで感謝をのべます。

 バルバロッサは、アフラのそんな姿に心を動かされて、立派な人だ。と思います。 


 いまバルバロッサがやってきたのは、お母さんを医者として診察するためです。

 そして、アフラに、家の中に入って、どこの具合が悪いのか話してくれませんか。と申し出ました。


 これも、アフラにはとてもありがたくかんじました。

 そして家の中で、若者に説明します。

 痛いところなどはありません。

 だけど体がおとろえて、力が抜けてしまって、ふつうに立ったり歩いたりできなかったのです。

「どんなものを食べたりのんだりしていますか?」

 バルバロッサは聞きます。

 アフラはつつみかくさず、すべてを話しました。 

 若者は聞き終わると小さな家をとびだしました。

 大声で騒ぎ立てます。

「持ってるビンをみんな出せ !」

 自分であちらへ、こちらへと、けんめいに走って、集めてまわります。

 とうとう、机はワインのビンでいっぱいになってしまいました。

 何本かは置ききれずに、床の上に立ててあります。

 それから、口もきけないほどびっくりしているアフラに言いました。 

「どうぞ奥さん。お聞きください。

 私達はこのような薬をもってまいりました。 毎日、グラスに一杯、たっぷりと服用するのです。

 そうすれば体は良くなることでしょう」


「なんとご親切なことを」

 アフラは、やっとしぼりだすように言います。

「ときどき私は、ほんの少しでもワインを飲むことができましたら、きっと体に良いものと思っておりました。

 それが、こんなにもたくさんあるなんて !」


「お礼にはおよびません」

 バルバロッサが答えます。 

「ほんの少しのワインで、お体が良くなるなら、もう少し飲めばもっと良くなることでしょう。

 それでは、おいとまいたしましよう。 お子様たちにもよろしく」 

 握手しようと、アフラに手をさしだします。


 外にでて、お見送りします。

 若者たちみんなに、お別れのあいさつをするのですが、とても感謝しきれるものではありません。


 フランツェリはというと、自分を守ってくれたマクシミリアンに、たくさんたくさん「ありがとう」といいます。

 そして、「またきてね。すぐにね」とおねがいするのです。 


 バスチはかけまわって一人一人にお礼していきます。

 最後になると走り出して、よく下が見える岩のでっぱりの上にとびのりました。

 そして、男の人たちがひとりも見えなくなるまで、のどをはりあげて、せいいっぱいさけぶのです。 


「ありがとう、バルバロッサ !

 ありがとう、マクシミリアン !

(天の恵みが、あなたたちを幸せにしますように)」
 バスチは名前をしっかり覚えてしまっています。

 それから子供たちは、ちいさなちいさな家の中で、お母さんのそばに座ります。

 なんといっぱい、お話しすることがあったでしょうか。 

 いったいなにがおきたのか。

 どうして、きゅうに出かけてしまったのか。 

 お母さんが気をうしなって眠っている間に、すこしでもお母さんの食べ物をみつけようと考えたこと。

 そのあとに、おきたこと。

 次から次へと、また別のことがおきたこと。

 そしてあの人たちを、車に馬をつけて案内するようになったこと。までです。 


 フランツェリのほうは、どんなにすばらしい気持ちがしたか、なかなかうまく説明できません。

 馬車にのって家まで乗ってきたことは、少女にとって光でかがやくような思い出になるのです。 

 それから、大きなカゴから中身をとりだそうとします。

 どの包みも、ひらくたびに、ごちそうが飛び出してきます。

 一番下には、とっても大きな真っ白なパンが三つ見えてきました。

 若者たちが特別に心をこめて入れておいてくれたパンでした。 


 そのパンを、バスチはうれしさのあまり、かかえこみます。

 そのまま部屋じゅうをぴょんぴょん飛びはねて、またまた大きな声でお礼をいいました。

 そうしないでいられません。 


「ありがとう、マクシミリアン !

 ありがとう、バルバロッサ !」


 お母さんはくりかえして、こういわずにはいられません。

「これは、愛するお方が、あの若い人たちの心を通じて与えてくれたものです。

 お願いいたしましょう。これから私たちに、ずっと毎日、あの方たちの幸せをお祈りできますよう。

 さあ子供たち。 

 これを、けっしてわすれないようにしましょうね」


 その下では大学生の一行が、楽しくさわぎしながら、アルトドルフへおりていきました。

 ただひとり、勇者・マクシミリアンだけは、だまったままでいます。

 それが、いきなり楽しい雰囲気をこわすように、大きな声で主張しはじめました。

「ちがうぞ。これは。

 そうだ。やっぱり正しくない!

 いま僕たちがやったことは、貧しい女性と子供たちを、飢え死にさせなかったことだ。

 それ以上は何一つとしてやっちゃいない。 

 あの人たちは、冬になったら暖かい衣類がない、食べ物がない、なにもかもが足りない。

 それなのに、いったいどうやって暮らせばいいんだ? 

 それではダメだ。

 僕たちは、すぐにでも力を合わせて必要なものを集め、代表者を通じて送ってあげなくてはならない。」 

「おまえは正義を求める男だな、マクシミリアン」

 バルバロッサが言い返します。 

「その考え方は立派だとおもう。だが君の提案は実際には役にはたたんぞ。 

 私たちが旅行中だということを忘れてはいないか?

 家から遠くはなれたところにいて、まだいくらも金が入用なのだ。

 余裕があるか? ここで何を集めようというんだ? 

 私は別の提案をしよう。

 ここのみんなで一つのクラブを創設しよう。

 名前は「バスチアニア(バスチ協会)」だ。(バスチの共同体・バスチの国) 

 寄付金は年間4マルク。名誉会員として、われわれすべての母と姉妹を任命しよう。

 彼女らの提供により、バスチとマドンナちゃんのための上着とスカートをそろえてもらう。

 まず緊急にやることは。私たちが家に帰ったら、一年分の援助を集める。 

 名誉会員には、博愛に満ちた協力を求めよう。

 こうして、最初の援助物資を、バスチ協会は発送するのである。」

 この提案は、全員の拍手とかっさいで、賛成されました。

 うきうきした気分につつまれて、紳士たちは、アルトドルフに戻るために行進していきます。

 彼らの持ち出したテーブルはまだそのままで、みんなでふたたび着席します。

 美しい月あかりの中、バスチ協会は設立されて、みんなに承認されることになりました。



 どんなにアフラはびっくりしたかわかりません。

 何週間かして、なんだかものすごいでかい荷物が、郵便配達でアフラの家まで運びあげました。

 あけっぱなしの戸口に、力いっぱい押し込まなければ入りません。


 それから配達人は、疲れて床に荷物を投げ出すように置いて、おでこの汗をふきながら言いました。

「こんな荷物で、とにかくわたしゃ驚いたね。

 アフラさんや。どうしてあんた、こんな遠い北ドイツなんかに知り合いがいるんだい? 

 まったくさぁ。郵便局の局長だって、そんな遠くで、あんたらを知ってる人がいる理由なんて、わかりゃしない。」 


「あなたたち、きっと、荷物の届け先を、まちがえたんでしょう?」

 アフラは返事します。

「あて名を読んでごらん」

 そういい返して、郵便配達は帰っていきました。


 ほんとうです。

 あてなはアフラの名前で、上に書いてあるのはここの住所になっています。 


 彼女はさっそく、固くむすばれた包みの糸をほどきはじめます。

 どんどん、ゆるんで、継ぎ目がひらいていきます。


 子供たちがふしぎいっぱいで、ワクワクしながらのぞきこみます。

 それから一度に次から次へととびだしました。シャツに上着、布地に長靴にクツ下。

 思いもつかないほど、たくさんでてきます。

 そして一番奥に埋め込むように、ぐるぐるに包まれた重たいものが一つありました。

 中にはたくさんのマルク銀貨がつまっています。 


 お母さんは、両手を叩きながら、ただ驚きの声をあげつづけます。

「ええ? どこからこんな! こんな贈り物が、いったいどこからきたの?」

 そんなアフラのところにフランツェリが紙を一枚もってきます。

 荷物の中から外に落ちていて、そこにはこんな言葉が書いてありました。


 ほんとの希望が ともだちなら

 だれでも どこでも ささえてくれる 


 するとバスチがすぐに大声をあげます。

「それ歌の言葉だよ。

 この荷物、おじさんたちのところから来たんだ!」 


 そうです。そうにちがいありません。

 それはお母さんにもはっきりわかりました。

 だって、こんなすごい贈り物をとどけてくれるなんて、ドイツのあの親切な人たち以外に、だれも思いつかないのです。

 そして、どんなに言い表そうとしてもできないほど、深い感謝の気持ちが心にわきあがってきます。

 これまでずっと、「子供たちと離れ離れになるかもしれない・・。」、そんな不安が心に重くのしかかっていたのです。

 それが、いきなり、かきけすように、なくなってしまいました。 


 いまアフラには、ありそうにもないような、とてもありがたい救いの手がさしのべられたのです。

 これで、次の冬を心配しないで暮らせます。

 それに血のめぐりをよくするワインで、お母さんは前のように元気になっていました。

 体によいことだったのです。 


 でも、アフラは、そのうちもっと驚くことになるでしょう。

 次の年、またまた同じような荷物が届くのです。

 毎年、それが続いていきます。

 なぜかというと、「バスチ協会」は、クラブとしてずっと続いていたのです。

 名誉会員になっている若者たちのお母さんや姉妹は、着物や上着が自分たちの子供には小さくなると、思い出します。

 息子や兄が、スイス旅行から帰ったときに聞かせてくれたお話を。

 幼い子供たちが、新しい世界をお祝いして歌ったことが、まるで目の前にうかぶような気持ちがするのです。



 さてアフラは、このことを忘れないように、家のだんろに一枚の紙を、これからずっとかかげることにしました。

 それは若者たちが、贈り物の中に入れておいたもので、あの言葉がしるされています。


 ほんとの希望が ともだちなら

 だれでも どこでも ささえてくれる


おわり