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*「戸板康二ダイジェスト」制作ノート・更新メモ、2007年12月更新分(050)を当時のまま載せています。リンク切れはご容赦。




#050
《中村雅楽探偵全集》完結にまつわるあれこれ(10, December. 2007)


先月の国立劇場の『合邦』通し上演における藤十郎の玉手御前がすばらしかった(極私的に秀太郎も堪能)。ここまでどっぷりと歌舞伎を満喫できたなんて! 今年2月以来の芝居見物だったけれど、歌舞伎に対する感度(のようなもの)が鈍っていなかったのが、まずは嬉しかった。年明けの初芝居はたぶん歌舞伎座。

長年の懸案をひとつひとつ、少しずつ片付けていくべく、まずは著書リスト(List_00)の作り直しに着手。本棚の戸板コーナーの整理を兼ねて、毎回10冊ずつ進めていこうと思ったものの、今回は以下の6冊に(7冊目の『演劇五十年』が見当たらなかったので無念の頓挫。どこにあるのだろう……) 奥村で3000円で買った『俳優論』が今まで買った戸板康二の著書で一番高い買い物。最近になって、『わが歌舞伎』に函があることを知ったのは衝撃だった。いかにも壊れやすそうな函。……などと追憶にひたりつつ、本棚の整理を兼ねて気長に進めていくしかないのだったが、しょっぱなからこんな調子では、200冊への道のりはいかにも遠いのだった。

岩波書店のサイト(→ click)によると、岩波現代文庫の『続 歌舞伎への招待』[189]がいつのまにか品切重版未定になっていた(→ click)。岩波書店といえば、《岩波写真文庫》が今年9月に赤瀬川原平セレクションで24冊で復刊されて、ワオ! と思っていたら、今月19日には川本三郎セレクションで5冊復刊(「19 川」、「47 東京」「68 東京案内」「112 東京湾」「201 東京都」)されるという。たのしみだなア(立ち読みが)。……といったところなのだったが、戸板康二監修『歌舞伎』[011]が昭和27年の刊行以来、今回のように復刊されたことはあったのだろうかと急に気になって確認してみたら、1988年10月に「復刻ワイド版」として、《シリーズ  芸能の記録》と銘打ってしっかりと復刊されていた(→ click)。知らなんだ、知らなんだ。ので、あわてて、ここにメモ。

創元推理文庫の《中村雅楽探偵全集》がこのほど完結し、初刊刊行以来気になってムズムズだった「全巻ご購入の方にプレゼント実施!」の詳細が、最終巻の『松風の記憶』[198]の帯でようやく判明した。
著者・戸板康二がエッセイでも度々触れている、江戸川乱歩と初めて出会った座談会「推理小説について」、幻のミステリデビュー作・1951年版「車引殺人事件」などを収録したオリジナル小冊子を全巻ご購入の方に差し上げます。ふるってご応募ください。なお、応募締切は2008年2月末日(消印有効)とさせていただきます。詳細は帯袖をご覧ください。
とのことで、帯袖を見ると、小冊子の発送は「2008年夏ごろを予定」しているとのこと。ワオ! 2008年の夏ごろがたいへん待ち遠しい! と、イソイソとハガキを書いて応募券を貼付して、ポストに投函したところ。

江戸川乱歩と初めて対面することになった、乱歩、花森安治との鼎談については、たとえば、『あの人この人 昭和人物誌』[183]の「江戸川乱歩の好奇心」では、
東京創元社が「世界推理小説全集」を刊行するに当って、宣伝の小冊子を作るので、座談会に出席して下さいといった。私がいろいろ読んでいるのを知っていた編集者からの電話だった。喜んで行くことにしたら、それは鼎談で、乱歩さんと花森安治さんだった。
というふうに書かれている。このくだりを初めて目にしたときから、戸板さんと乱歩の初対面という歴史的瞬間を記録している鼎談記事をぜひとも読まねばらなぬと燃えたものの、どう探せばよいかよくわからず、長らくそのままになっていた。初めて見たのはだいぶあとのこと。ある日の古書展にて、世界推理小説全集第20巻、フランシス・アイルズ/延原謙訳『殺意』(東京創元社、昭和31年3月25日初版)に挟まっていた月報(第6回配本)を偶然見つけて、月報目当てで買って、やっと宿願を果たしたのだった。

世界推理小説全集の月報

月報は全6ページ。「編集室より」を全文抜き書き。
 "推理ブーム" といわれる現象も、本全集発足によって、いよいよ頂点に達したかの感があり、全集、単行本以外にも、各雑誌等も一斉に推理小説を掲載し始めたようです。先日、推理小説の大御所で本全集の監修者、江戸川乱歩先生を囲んで、「暮しの手帖」の名編集長で、本全集の装幀者、花森安治先生、演劇評論家で推理小説ファンの戸板康二先生の三人にお集り願って、"推理小説を語る" 楽しい座談会を開催致しました。
 "推理小説なら三度の飯より" という先生方だけに文字通り談論風発、極めて内容豊富なお話しが出ましたが、本全集の読者にもぜひお聴かせしたいと思い、その中の一部を二回に分けて、月報にのせることに致しました。
 尚、次回配本は三月下旬に「黄色い部屋の謎」を刊行致します。御期待下さい。
この文面では、戸板康二が書く「宣伝の小冊子」から抜粋したものをこの月報に載せたように読めるのだが、「宣伝の小冊子」とはこの月報をさしているようにもみえる。

《中村雅楽探偵全集》第1巻、『團十郎切腹事件』所収の新保博久氏の解説では、《この座談会は全集『殺意』『黄色い部屋の謎』の月報に「推理小説について」と題して分載され、ほぼ同時に『出版ダイジェスト』五六年四月三日号にも掲載された(江戸川乱歩『探偵小説四十年』付録の「作品と著書」では「東販『出版ニュース』三月号」と誤記されており、光文社文庫版乱歩全集でも指摘しそびれたので、この場を借りて訂正する。……)》というふうに書かれている。このくだりを目にしたときは、『あの人この人』を機ににわかにその歴史的鼎談が気になって、こうしてはいられないと図書館にはせ参じたものの、うまく見つけることができなかったのは、「東販『出版ニュース』三月号」を一生懸命探したからだった、ということをようやく思い出して、懐かしかった。根性なしのため、その後探索することなく年月が過ぎて、忘れかけたころに古書展で月報を見つけたという次第だった。新保氏によると、《同じ速記録からそれぞれ別人がリライトしたらしく内容に異同がある。》とのことで、月報の方が分載されている分、やや長いらしい。

偶然古書展で鼎談の前半部分に出会ったものの、その後後半部分を確認することなく、今日まで来てしまった。であるので、いまだに全文は未見。前半部分を見て、戸板康二の発言部分に関しては、そんなにおもしろいものでもなかったので、後半部分に特に強い関心がわかなかったせいかと思う。事実、新保氏も《乱歩には二人とも初対面だった。花森氏はリラックスした感じだが、戸板氏は敬愛する作家を前に緊張したのか発言がおおむね硬い。》と記している。そんななか、暮しの手帖社の元社員の回想記、唐澤平吉著『花森安治の編集室』(晶文社、1997年9月)にある以下の証言はなかなか貴重だ。
 わたしは「推理小説のたのしみ」というタイトルで、花森さんと戸板康二さんの対談をプランとして出しました。
 戸板さんは『暮しの手帖』の創刊号からの執筆者のひとり。歌舞伎をテーマに、戸板さんの書かれたものは、暮しの手帖社から三冊が出版されています。花森さんが同じ作者の本を三冊も出版したのは戸板さんだけです。そしてなによりも、戸板さんといえば『團十郎切腹事件』で直木賞受賞、中村雅楽探偵譚シリーズで梨園を舞台に推理小説を多く書いてきました。おたがい古いつきあい、きっとおもしろい対談になるとおもいました。
 ところが、
「唐澤クン、それはムリだ。推理小説に関するかぎり戸板康二はイモだ。ふたりでやっても話にならん。それだけはあきらめてくれ。」  と、花森さんは笑って一蹴されました。
このあと、著者は《花森さんにしてみれば、その時の座談会で、戸板さんの話にいささか食いたらないものを感じたのでしょう。もっとも、江戸川乱歩と比較されての印象であれば、戸板さんにとっては気の毒な発言です。》とフォローしているのであるが、まあ、座談会の前半部分をチラリと垣間見ただけでも、花森安治がそう言うのももっともだったという気がしてしまったので、戸板さんの文章を読んでいい気分になるにとどめていた方が戸板ファンとしては幸福なのかもしれぬ、などと思ったのが、鼎談全文の確認を今までずっと怠っていた一番の理由なのだった。

「オリジナル小冊子」のもうひとつの目玉、《幻のミステリデビュー作・1951年版「車引殺人事件」》については、多くの人びととおなじく、「Bookish」第6号《特集・戸板康二への招待》(ビレッジブレス、2004年1月)所収の、児玉竜一さんの「戸板康二の歌舞伎と演劇雑誌」で初めて知った。(「Bookish」よりさらに2年ほど前に発行の、『東京文化財研究所芸能部 研究報告書 近代歌舞伎の伝承に関する研究』(東京文化財研究所芸能部、2002年3月29日発行)所収の「雑誌『幕間』総目次」に付された児玉氏による解題で、すでに1951年の「推理小説」についてチラリと言及されていたのを知ったのは、「Bookish」よりも少しあとのこと。)1951年版「車引殺人事件」に関しては、《中村雅楽探偵全集》第1巻、『團十郎切腹事件』所収の新保博久氏の解説において、
 このトリック(引用者注:「音声を使ったアリバイ・トリック」のこと)に戸板氏が執着したのは、それがまだ陳腐になっていない五一年から温められていたアイデアだったせいかもしれない。乱歩から正式に依頼されて、わずか三日で書き上げられたのも道理、京都の和敬書店発行の演劇雑誌『幕間』のお遊び別冊の一冊、『歌舞伎玉手箱』(五一年一月)に高島悠太郎こと戸板康二(イニシアルが同じ)が構成したパロディ・コーナー「新春娯楽カラーセクション」八頁のうち、伴大五郎作・木々虫太郎絵(ともに戸板氏の匿名らしい)「推理小説(廿分間の読み物)車引殺人事件」が三頁を占めていると、『季刊ブッキッシュ』六号「戸板康二への招待」(二〇〇四年一月)に寄稿された児玉竜一「戸板康二の歌舞伎と演劇雑誌」で教えられたものだ。
 この五一年版と五八年版の「車引殺人事件」は事件の内容、トリックの原理は同じだが、出来栄えには相当の径庭がある。五一年版にも雅楽に相当する老優が登場するが、探偵役は何の博士だか日色(ヴァン・ダインのファイロ・ヴァンスは当時の訳本ではフィロと表記されていた。そのもじりだろう)博士なる紙細工人形で、中村雅楽の魅力とは雲泥の差。作品全体も戯作というには洒落っ気に欠けて中途半端で、まさに小説は何を書くかでなく、いかに書くかで価値が決まるという説の好例証といえよう。
 創作は五八年版一作のつもりだったというから、間の七年間に戸板氏が文学修業に励んでいたわけではあるまい。その間の劇評など文筆生活の自然な蓄積と年齢的円熟、そして乱歩に読ませて恥ずかしくないものを見せたい気概が、かくも小説技術を向上させたようだ。……
というふうに、思わず長々と抜き書きせずにはいられないような、目が覚めるよう卓見に触れることができる。登場人物の「日色」博士の名前がヴァン・ダインのファイロ・ヴァンス名探偵からきているという指摘は、戸板康二は間違いなく推理小説の愛読者だったことを裏づける、まさしく「ちょっといい話」。

つまり、《中村雅楽探偵全集》第1巻、『團十郎切腹事件』所収の新保博久氏の解説で鮮やかに語られている、中村雅楽誕生前夜のトピック、江戸川乱歩と対面する機会となった花森安治を交えた鼎談と1951年版『車引殺人事件』とが、「オリジナル小冊子」としてよみがえるというわけで、「オリジナル小冊子」を手にすることで《中村雅楽探偵全集》第一巻へとつながるというしかけ。心憎いまでに見事な演出だなあと思う。

戸板康二の戦後初の著書である『わが歌舞伎』[002]は、関西の演劇雑誌「幕間」の版元の和敬書店から刊行された。昭和20年代の歌舞伎書から戸板康二へ入っていった身としては、「幕間」をとりまくあれこれにはかねてから興味津々だった。最近の発見で嬉しかったのは、わが長年の探求書である藤井滋司の一周忌追悼本、天野忠編『藤井滋司を憶う』(文童社、1971年7月)で、嬉しいあまりに忘れないうちにと「日用帳」の方にとりあえず記録している。 「幕間」を機にそこはかとなく気になるようになった京都在住の画家、高木四郎のことをひさしぶりにに思って、なにかと胸がいっぱいだった。そう、「幕間」の特に初期の高木四郎による表紙絵やカットがわたしは大好きなのだった。

くだんの「オリジナル小冊子」に収録予定の、1951年版『車引殺人事件』、せっかくなら挿絵も収録されていたらどんなに嬉しいことだろうと思って、ひさしぶりに「幕間」別冊『歌舞伎玉手箱』を取り出してみると、挿絵は「木々虫太郎」となっていて、「Bookish」所収の児玉さんの文章に《挿絵の木々虫太郎とは何者かしらんと思っていたが、今回、戸板邸でスケッチの数々を拝見におよんで、これも戸板本人以外にないとわかった。》とあるとおりに、ここの挿絵は高木四郎ではないらしいのだった。木々虫太郎が戸板康二だと、わたしには強く確信できないのだけれども、まあ、戸板康二とみて間違いはあるまい(適当)。

1951年版「車引殺人事件」タイトル 挿絵その1・楽屋 挿絵その2・蓄音機

ご覧のとおり、戸板康二(たぶん)によるカットも、高木四郎に負けず劣らず、なかなかのもの。そういえば、日本演劇社在籍時代に編集に従事していた『日本演劇』で変名でカットをこっそり描いていることが確認できることを思うにつけても、こういうのはお手のものだったのだろうと思って、ついニンマリ。戸板康二もかなり悦に入って「お遊び」をたのしんでいたに違いない。「オリジナル小冊子」にこのカットも収録されるといいなと思う。

まさしく雨後のタケノコのようにあちらこちらでベストテン企画を目にする年末の日々なのだったが、早川書房の『ミステリが読みたい! 2008年版』(→ click)の、「2007年ミステリ[日本部門]」で『團十郎切腹事件』が第12位にランクインされていて、嬉しかった。復刊ものも対象に入れるという企画が秀逸だ! と、昼休みに立ち読みして嬉しいあまりについぽろっと買ってしまったのだったけれど、「私のベスト3」なるアンケート記事でもざっと数えたところで7人もの方が《中村雅楽探偵全集》を挙げているのを見て、買ってよかったと思った。広く読まれているのだなあ。2007年は《中村雅楽探偵全集》の一年だった、ということで、後々の記念にしたい。《中村雅楽探偵全集》については、「本の雑誌」12月号で、大矢博子が《こんなに嬉しいことはない。いい仕事です!》というふうに書いていて、『團十郎切腹事件』が刊行したばかりのころ、富岡多恵子が日経新聞夕刊のエッセイで、初めて知ってたのしく読んでいる、というようなことを書いていた。坪内祐三の「文庫本を狙え!」で『團十郎切腹事件』が取り上げられたときは(「週刊文春」2007年3月22日号)、図書館で嬉々とコピーをとって、『團十郎切腹事件』に挟んだものだった。《中村雅楽探偵全集》に関しては活字媒体でもっと言及されていたに違いないけれども、ほかはいまのところ未見(たしか)。……といったようなことも駆け足で付け加えたところで、今回は時間切れ。

「オリジナル小冊子」予告に興奮するあまり、つい長々と書き連ねてしまって、大した更新ができず無念。懸案のリンク集(Link)を仕上げることができなかった。つい先日、戸板康二の解説している文庫本が新たに5冊も見つかってしまったので、文庫本解説リスト(List_01)も早急に修正しないといけないのだった。



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