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*「戸板康二ダイジェスト」制作ノート・更新メモ、2002年9月更新分(006-007)を当時のまま載せています。リンク切れはご容赦。




#006
『日本映画ベスト150』の戸板康二(08, September. 2002)


Index【日日雑記・戸板康二書名索引】に、2002年8月記入のデータを追加。

戸板康二の名を初めてくっきりと心に刻んだのは1998年初夏、暮しの手帖別館にて「暮しの手帖」創刊号で「歌舞伎ダイジェスト」の文章を読んだのが最初だった。それ以前は、名前すらよく把握していなかった。そんなわけで、名前すら知らなかった頃から部屋の本棚にある本を何年かぶりでめくって、戸板康二の名前を発見するときのよろこびは大きい。昔に読んだ本の中で偶然発見する戸板康二は、ここ最近の戸板康二道まっしぐらという観点とは別のところからふいに眼前にあらわれる感じで、ちょっと不思議な感覚なのだ。

戸板康二の名前を知る以前から部屋の本棚にあった本を数年ぶりに繰って、思いがけない局面で戸板康二の名前を発見、その愉悦の代表格が、種村季弘の書評集『遊読記』(河出書房新社、1992)。見つけてびっくり。『食卓の微笑』と『慶応ボーイ』、ほぼ同時期に刊行された戸板康二の著書の書評が載っている。今まで目にした戸板康二の書評のなかで、もっとも好きな文章のひとつ。それから、つい最近、『日本映画ベスト150』(文春文庫ビジュアル版、1989)にて、戸板康二によるアンケート回答を見つけてびっくり! びっくり! 戸板さんの好きな映画の名前を知ることができる、日本映画(←昔の)好きとしては、こんなに嬉しいことはない。

「マイベスト10と好きな映画人」、戸板さんの回答を書き写してみると、
● 映画ベスト10
01. 家族会議
02. 人情紙風船
03. 浅草の灯
04. 青い山脈
05. 夫婦善哉
06. キクとイサム
07. 張込み
08. 豚と軍艦
09. キューポラのある街
10.心中天網島
● 好きな監督:小津安二郎、島津保次郎、成瀬巳喜男
● 好きな女優:高杉早苗、吉永小百合、淡島千景
● 好きな男優:志村喬、森繁久弥、小沢昭一
● コメント:小津作品は全ていいので、ベストには入れなかった。
というふうになっていて、うーむと唸る。戸板康二のベスト10のうち、わたしの観たことのあるのは7本(『青い山脈』は原節子版でカウント)。1位の島津保次郎の『家族会議』は、6月に三百人劇場で観たばかり、10位の『心中天網島』はついこの間観たばかり。2位に『人情紙風船』が入っているのがなんだか嬉しい。それから、コメントの《小津作品は全ていいので、ベストには入れなかった》は、もう全面的に同感、大共感。そう、小津映画は選ぼうとしても選べない、小津全体としか言い様がない、同感することしきりで、本当に嬉しかった。と、3人の好きな監督はわたしにとってもそのまま当てはまる。女優のうち、淡島千景は、日本映画を見るようになったまさしの頃に、獅子文六の映画化『自由学校』『てんやわんや』を観て、一気に大好きになった。それから、高杉早苗、島津保次郎の『家族会議』でむちゃくちゃかっこよかった。高杉早苗は、猿之助と段四郎のお母さん。前に、古書展で購入した昭和20年代後半の「演劇界」に中学入学時の猿之助一家のだんらん写真が載っていて、お母さん姿も美しく、典型的な山の手夫人という感じで、ちょっと見とれた。吉永小百合の映画は1本もみたことがない。好きな男優にも共感することしきり、日本映画を見始めた頃大好きだったのが渋い志村喬で、森繁久弥、小沢昭一はとりわけ川島雄三の映画がきっかけで気になるようになった。特に、わたしは小沢昭一の大ファン。

……というふうに、日本映画の好みにおける、戸板康二との共通点を見つけて、しばし興奮してしまった。それにしても、島津保次郎の『家族会議』が1位だとは、今年観ることができて本当によかった。あとで、『すばらしいセリフ』(ちくま文庫)を繰っていたら、『楼門五三桐』の「つづら背負ったがおかしいか」の冒頭、《戦前に島津保次郎監督が松竹で撮った「家族会議」という映画の原作は、横光利一の小説であるが、高田浩吉のふんする京極練太郎という大阪の株屋の手代が、ふざけて傘をかついで見得をするところがあった。これは、「忠臣蔵」五段目の斧定九郎であることがわかるのだが、この定九郎という役……》というくだりを、映画を観たあとで見つけたのだが、『家族会議』のこのシーン、残念ながらまったく記憶にない。もう一度、スクリーンでぜひとも観たいッ。横光利一の小説は講談社文芸文庫で出ていて、先日やっと古本屋で買ったばかり。近いうちに読んでみるつもり。




#007
安藤武著『三島由紀夫「日録」』の戸板康二(23, September. 2002)


Chronology【私製・戸板康二年譜 1915-1993】に追加訂正をほどこす。

戸板康二自身の文章で目についた年月を切り貼り、というきわめて原始的な方法でつくっている私製戸板康二年譜なのだが、いったん作りはじめると、これが楽しくて楽しくて、ちょっと麻薬的な感じすらするくらい楽しい作業なのだ。というわけで、キリがないので、思いっきり中途ではあったが、先月いったんアップした年譜、これからも月に一度くらいの頻度で、少しずつ訂正追加を施していくつもり。戸板康二のエッセイで目についたのを切り貼りという方法なので、ほとんど裏を取っていないきわめていいかげんな年譜である。

ので、戸板康二の文章を読むのと同時に、他の文献で裏も取らねばならぬ、と、今回の追加訂正で参照したのが、安藤武著『三島由紀夫「日録」』(未知谷、1996年)。三島由紀夫の生涯を緻密な日録形式で配列したスゴい1冊、張り切って図書館で借りてきて、このところ、夜な夜な眺めていた。『鏡子の家』以後からの流れに息をのむ。三島由紀夫と戸板康二が初めて顔を合わせたのが、昭和21年9月14日、東劇での歌舞伎見物の折、という、正確な日付がわかって嬉しかった。これだけでも大収穫。5月に文楽の『菅原伝授手習鑑』通し上演を見物したとき、国立劇場の上演資料集で、三島と豊竹山城少掾の対談を初めて目にしたのが記憶に新しいが、この対談のとき、三島は、緊張のあまり、軽い貧血を起したとのこと。これは昭和31年のこと。山城さんとお話したあとクラクラッとよろめく三島、いいなあ……。対談記事でも三島の一種異様な興奮状態が察せられたものだったと、懐かしく思い出した。あと、今年の始め、阿佐ヶ谷の映画館で、岡本喜八の『結婚のすべて』という映画をみて、新珠三千代&上原謙という配役に惹かれてという軽い気持で寄り道してみると、この二人のどこかとぼけたおかしみただようニュアンスが絶妙で、案外な拾い物の映画で、昭和30年代の東京風景と新劇風景といった、日頃のお気に入りがいい感じに詰まっていた。岡本喜八を見たのは初めて、これが気に入ってしまったあまりそのあと二回、岡本喜八特集に行ってしまった。見逃した『江分利満氏の優雅な生活』もいつか見たい。と、その『結婚のすべて』を三島が新婚旅行先の別府で見ているのを発見、昭和33年6月のこと。新婚旅行の折に見る映画のタイトルが『結婚のすべて』というのが、またいい。あとで『裸体と衣裳』で参照すると、「これが案外の佳作」と書いていて、たしかにこの言葉がぴったりの映画だったと思った。……というふうに、最近の個人的な体験と照らし合わせて、いろいろ楽しんだ三島由紀夫日録であった。

もっとも胸が躍ったのが、河出の辣腕編集者坂本一亀に『仮面の告白』の原稿をわたすくだり、昭和24年4月22日。抜き書きすると、
4月22日(金) 坂本編集長は「仮面の告白」の追加原稿受領(完結)。初版本では4月27日擱筆になっている。
  武田泰淳は、神田の喫茶店ランボオ、三島が完成した「仮面の告白」の原稿を、紫色のチリメンのふくさからとり出して、河出書房の坂本一亀編集長に手わたすのを、連日の焼酎で濁った眼で、ボンヤリ眺めていた。「うらやましいなア」と思った。
この日、百合子さんはランボオにいたのかな、いなかったのかな。むしろエンタテインメントもの小説の方で、ひそかに本音らしきものをこぼしているという指摘なども面白かった。……などなど、横尾忠則装幀の濃い1冊『三島由紀夫「日録」』でもって、戸板康二年譜の三島由紀夫に関わるところを追加訂正した。ほかにも、ちょこまかと書き足したりも。私製戸板康二年譜作成、日暮れて道遠し。



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