螺旋の鎮魂歌


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【二十五章】lamentation




 一方のキリエは……。
 まだ、宿の中にいた。サンクは早々に男たちに連れ出されていた。

「おい、こんないい女、このままなにもしないで国王のところに連れていくの、もったいなくないか?」
「だが……魔王の娘、だろう?」
「見た目は普通の人間と変わらないし。くっちまおうぜ。それに、せっかくこういう宿なんだし」

 一人の男はそういいながら金属音をさせてベルトをはずしている。

「おい……やめろよ」

 キリエには二人の追っ手がついていた。キリエの後ろには気の弱そうな男。今、目の前で服を脱ぎ始めた男は追っ手たちの隊長のようだ。

「やめましょうよ……ばれたら」
「ばれやしねーよ」

 男は下半身を丸だしにして、キリエに見せつける。キリエは初めて見るグロテスクなモノに視線をそらす。

「初めてじゃないんだろう? いい子ぶるんじゃねーよ」

 男は顔をにやけさせながらキリエに近づいてきた。キリエは身体を固くする。
 男がキリエの目の前に立った時、キリエは男の股間にあるグロテスクなモノめがけて思いっきり蹴り上げる。

「!」

 蹴られた男は声もなく崩れ落ちた。キリエの後ろに立ち腕をつかんでいた男は驚き、その瞬間、男の腕の力が緩む。キリエはそれを見逃さず、つかまれていた腕を振り払い、こちらの男にも蹴りを食らわす。

「ぐっ!」

 いきなり蹴られた男はその場にしゃがみこむ。キリエは二人を振り返らず、部屋から走り出る。サンクを追いかけようとしたが、夜闇の中、どちらに向かったのかさえ分からない。キリエは縛られた状態のまま、村を出て、川沿いへと出る。
 サンクはこの川の上流にあるレコルダに向かう、と言っていた。サンクはきっと、そこに連れ去られたに違いない。疲れた身体に必死に言うことを聞かせ、キリエは一人、川沿いを進む。
 一人で野宿なんてしたことない。火の起こし方だって分からない。ましてや、今のキリエは荷物ひとつ持っていない。どうすればいいのか分からず、しかし気力だけで先へと進む。

「あっ」

 眠さのあまり、上がらなくなった足は河原の石でつまずく。真正面からキリエは倒れ込んだ。

「サンク……痛いよ」

 立ちあがろうにも体力の限界。身体は眠りを要求している。こんなところで眠ってしまったら、追っ手の思うつぼだ。起きて、逃げなければ。気持ちはそう思うが、身体は動かない。

「サンク……」

 キリエはもう一度、サンクの名を呼ぶ。
 しかし──だれも答えてくれない。
 キリエはそのまま、眠さにあらがえず、まぶたをその場で閉じてしまった。

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 サンクは追っ手たちに蹴られ、身体中が悲鳴をあげているにも関わらず、そのまま立たされ、夜通しでレコルダまで歩かされた。意識がもうろうとする中、たまに足を蹴りあげられ、追っ手たちはそれを見て手を叩いて笑っている。今までも屈辱的な扱いを受けてきたが、今回が一番ひどい。とにかく、今すぐに身体を横たえて休みたい。今にも止まりそうになる足は、追っ手が後ろから蹴るのでかろうじて動かせているものだった。
 レコルダに到着し、城の地下牢に入れられ、サンクはそこでようやく、眠りにつくことができた。じめっとした不衛生な場所ではあったが、それでもサンクは身体を横たえて眠れる、というだけでもありがたかった。
 しかし、その眠りはすぐに破られた。全身に身が凍りそうなほど冷たい水を掛けられ、疲れた身体に鋭いムチが振り下ろされる。

「うっ……」

 サンクはうめく。いくらキリエ以外からは身体を傷つけられないと言っても、痛みはある。

「よくも余を裏切ったな」

 その声にサンクはうっすらと瞳を開け、見る。目をつり上げ、怒りに満ちた表情をした国王がムチを片手に立っていた。

「余の命令を無視して……ただで済むと思っているのか?」

 サンクは疲労と眠さのあまり、意識がもうろうとしている。目の前にだれかが立っている、という認識しかできていない。身が凍るほどの水を掛けられ、身体から体温が奪われ、震えている。そのせいで意識を保っているが、それでもすでに限界だ。
 国王はなにも反応を返さないサンクに対して怒りがこみ上げてくる。ムチをやみくもに振りまわし、サンクの身体に打ち付けた。二・三回はサンクも反応したが、それ以降は意識を失い、ギュッと固く目をつむっている。
 国王はそれでもサンクの身体にしつこいくらいムチを振りおろしていたが、反応のなさにもう一度、水をかけてもピクリとも動かない。

「ちっ」

 国王は舌打ちをして水の入っていた入れ物をサンクに投げつけ、部屋を出る。サンクの身体にぶつかったが、反応はなかった。

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 キリエはぱちぱちと火が爆ぜる音に目を覚ました。周りを見て……自分がどうしてここにいるのか分からなかった。

「キリエさま、お気づきになられましたか?」

 聞き覚えのある声にキリエは懐かしさのあまり、涙が出そうになる。あわてて飛び起きる。

「ボムニス!」

 炎の向こうに見覚えのある作り物めいた顔の男がいた。あの洞窟で魔王に長年、忠実に仕えていた執事だ。

「よくぞご無事で……」

 その言葉にキリエの瞳にじわりと涙があふれてくる。

「魔王さまとミサさまがお亡くなりになっているのを知り、キリエさまのことをずっと心配しておりました。ようやく探し出せた、と思ったら……あなたさまは街におりましたゆえ、手が出せずにおりました」

 キリエは自分のことが精いっぱいで彼らの存在をすっかり忘れていた。しかし無事ということを知り、ほっとする。

「ねえ、他の子たちは?」

 キリエはあの洞窟にいたモンスターたちのことを聞いた。見た目は怖かったりグロテスクなものもいたが、キリエにとっては家族同然だった。

「人目につかないところで生きておりますのでご安心を」

 その一言にキリエは安堵する。
 ボムニスはキリエに温かい飲み物を用意して手渡す。キリエは受け取り、口にする。懐かしい味にキリエは微笑む。

「キリエさま、戻りましょう」

 そう言われて、キリエはとっさに首を横に振った。

「駄目よ。帰れない」
「どうしてですか?」

 ボムニスは信じられない表情でキリエを見つめる。ボムニスのまったく感情のない表情を見ているとキリエはいつも悲しくなってくる。感情がないわけではないはずなのに、キリエはおろか、生前の両親の前でもあまり感情を見せたことのないボムニス。そこまで自分を押し殺して、気が遠くなるほどの長い間、彼は魔王に仕えていた。

「だって、サンクが囚われているの」
「その男は、あなたのご両親を殺したではないですか」

 ボムニスの声に戸惑いの色が見える。
 あの洞窟から出てキリエがどうしていたのか、はボムニスは知っていた。『勇者』に連れ去られていたキリエ。仲間たちは今すぐキリエを取り戻すべきだ、と今にも飛び出していきそうだった。ボムニスはそれを止めた。命を無駄にするな、とは魔王の教え。勇者たちがあの洞窟にやってくるのを知った時、魔王は洞窟から出るように、と命令した。残ってともに戦うと全員が言ったが、無駄に命を散らすなと言われた。死なないから、と。

「魔王さまは……自分も死なないし相手も殺さないとおっしゃっていたのに」

 ボムニスの瞳から涙が一粒。初めて見るボムニスの感情にキリエはどきりとする。

「ボムニス……」

 キリエはそっと声を掛ける。ボムニスは目元をぬぐい、いつもの感情のない表情でキリエを見る。

「キリエさま、あの男はご両親の仇……分かっていらっしゃるのですか?」
「サンクは……! 確かにっ! 父さんと母さんを殺したわ。でもっ」

 それ以上、言葉を続けられなくて、キリエはうつむく。

「とりあえず、今日はお休みください。明日には洞窟へ戻りますゆえ」

 ボムニスの言葉にキリエは素直に身体を横にした。身体にかけられていた布を強く身体に巻きつける。
 サンクが側にいない。
 そのことにキリエは気がつき、心細くなる。

「サンク……」

 目をきつく閉じる。そうすれば少しはサンクを感じられるかと思ったが、いないことを思い知るだけだった。
 ボムニスが言うように、サンクは両親の仇。でも、彼を憎んでも両親は還ってこない。このまま洞窟に帰ることが正しいことだとはキリエには思えなかった。
 眠れないかと思ったが、思ったより身体は疲れていたらしい。サンクのいないさみしさを抱えながらも、キリエはそのまま眠りについた。


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