デトニの部屋特別分室

憧れの欧州鉄路・2

【終着駅】の街から

:地下鉄編


ローマの地下鉄は当時、1980年に開通したばかりの新しい「A線」と、1955年開通の古い「B線」の2線がありました。「A・T・A・C」という路面電車とバスを運行する交通営団とは別組織ですが、いずれもローマ市が全株式を保有しているので、実質的には『ローマ市交通局』といえます。20年以上経った今・・・両線それぞれに延長されている。しかし、計画中の「C線」は、まだ工事中みたいです。


【B線】

新市街「EUR」(エウル)の終点 ローレンティーナ(LAURENTINA)終点に進入するMR200系アルミ車。2両ユニットで、変わった窓配置の4扉は、先代のMR100系譲りです。各車にZパンタを装備するが、使用しているのは1ユニット1個です。【MR】は「Metro Roma」でしょうか??

こちらは・・・「イタリアのトップハムハット卿」?こと下ぶくれひょうきん顔の・・・旧型のMR100系電車です。間違いなく、カルダン駆動の音はしていましたが・・・4連全車が、「両運転台・2個パンタ」という凄まじい編成です。それぞれのパンタは、ご覧の様に、各車1個を上げています。1955年開通当時の需要からですが・・・路面電車の域を脱していない設計ですね。逆にボディマウント構造が、当時の新性能車特有の「意欲」を感じます。

トンネル終端が単線というのも驚きですが・・・1本だけのホームと、線路の位置関係をご覧下さい!トンネルの出口とホームを別個の業者が勝手に造ってしまい・・・いざ、地上に出たら(゚o゚)!・・・ってんで・・・無理やりカーブさせてホームまで辿り着いたような感じです。これが・・・「イタリア的」というのでしょうか(・・;)。とても「地下鉄の終点」とは思えぬ風情です。

場所は忘れましたが・・・地上の中間駅にて。MR200系の変則窓配置が、よく判ります。車体長は、17〜18mでしょうか?こちらも「ボディマウント」まではいかなくても、前面スカートは完全に車体と一体化され、裾も長いです。国鉄には、見通しの悪いクルマが多い中、パノラミックウィンドウの採用は面白いですね。

「リド鉄道」との接続駅EUR MaglianaにてMR100系。運転台には添乗車が二人。上げているパンタは3個ですね。

コレ・・・「自動改札」です。何と・・・コインを直接投入するタイプです。何だか「牢獄」の入り口みたい・・・


【A線】

テヴェレ川を地上で越えて、再度地下に潜り・・・当時のA線の西の終点 オッタヴィアーノの地下入り口。周囲の景観に配慮してか、工費節減・・・どちらか判りませんが、屋根の無いのは見た目にはいいです。黒いゴミ袋は、こちらでも主流でした。左は・・・スポーツ用品店のようですね。

「A線」の路線図。こちらは「ユニバーサルデザイン」で良く判りますね。↑の入り口といい・・・大理石をふんだんに使っています。床はノンスリップ材が使われ、「蹴込み」のない「R」が付いた構造です。つい最近我がJRの新形車でも、清掃性改善のために取り入れられました。建物にも早く取り入れて欲しい構造です!

開通1ケ月にも満たないA線のMR300系電車。一段と角張った車体になりました。トンネル、屋根とも非常に低いですね。ヨーロッパではごく当たり前の「外開きプラグドア」も、「両開きが四つ」ともなると・・・開閉時の様は壮観です。

う〜ん・・・ちょっと「囚人護送車」の雰囲気!珍しく、車端部以外はロングシート。固い椅子は珍しくありませんが・・・掴み棒がやたら多いです。下窓は固定。上窓も内側に少し開くだけです。こんなクルマでも、蛍光灯カバーは付いています。

MR300系の運転台です。日本とは「左右逆」が良く判ります。新型車にしては、やたらデカイマスコンですね。乗務員室扉の前位にも窓があるのが面白いです。ブレーキ弁の周囲にある二つのハンドルは何でしょう??

1980年3月10日〜11日撮影

アサヒペンタックスSPF SMCタクマー35、55、85、120ミリ  プラスX(Microdol-X 1:3 21℃ 11min.)


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