すばる天文同好会

守屋成義『衆星測度星象指南』〜渋川春海天測記録


 渋川春海は、天文観測の記録を残さなかったといわれています。しかし『天文瓊統』にはその観測の成果が反映されており、春海が創案した星座が中国星座と肩を並べて記載されています。
 ここに掲載するのは、春海が残した観測記録を讃岐の守屋成義が書き留めたものです。かつて1942年(昭和17年)の雑誌『天文月報』所載の『本朝星図略考』で、井本進が本書を「次いで明和八年には、守屋成義は渋川春海が測定した星を、石氏星象、巫氏星象、甘氏星象、渋川星象の四つに分ち夫々其の属する星座を解説した。書名を「衆星測度星象指南」と云ひ、三冊の写本である。」と紹介しています。
 この井本論文に付録されている「本朝星図総目録」では、この書の所在が無窮会文庫になっています。

 京都大学人文科学研究所『人文学報』第82号(1999年3月)所載の宮島一彦氏論文『日本の古星図と東アジアの天文学』には「井本氏の論文には、以上に触れなかったものとして」本書の名が挙げられています。

 本書の最後をご覧いただくと、井本進の筆跡があります。
 「本書は東都無窮会文庫所蔵本の写本なり 同文庫林正章氏の好意により石川深淵氏に筆写を託す  皇紀二千六百二年五月二十一日  井本進」
 無窮会文庫は先の太平洋戦争の東京大空襲によって大部分が焼失しており、本書の原本はすでに失われたものと思われます。
 井本が写した本書は、たぶん「井本文庫」の一部として保存されていたのでしょう。井本は、神戸在住の射場保昭が開設した私設天文台の「客員研究員」として活躍されていました。
 射場保昭といえば、かの有名な冷泉家時雨亭文庫『明月記』に、「天喜二年四月中旬以後、丑時客星出觜参度、見東方、ジ(くさかんむりに字)天関星、大如歳星」との記載があり、これが1054年に突如現れた超新星爆発(かに星雲)の記述であることを、アメリカの「Popular Astronomy」に紹介したアマチュア天文家です。この発表には、東京天文台であり『天文月報』の編集長を務めたの神田茂と、井本進が大きくかかわっていたらしいとされています。(竹本修三「明月記をめぐる射場保昭と神田茂・井本進との交わり」『天文月報』2015年7月号)
 「井本文庫」は井本の死後散逸してしまっています。本書が私たちの手に残されたのは、実に奇跡といえるでしょう。そうであるのなら、全文を公にしてだれでも研究に活用できるようにすべきだと思い、ここに公開いたします。



 本書は明和八年(1771年)に讃岐の守屋成義によって編集され、天・地・人の3冊で構成されています。人の巻は渋川春海が制定した星座になっています。


2018年4月21日

2018年4月30日加筆

衆星測度星象指南天 衆星測度星象指南地 衆星測度星象指南人

原資料は高萩市民俗資料館に所蔵されています。必要があればどなたでもご利用いただけます。
資料館には長久保赤水関連の資料も豊富に所蔵・展示されています。