p.3

野原の情景

menu

next

別に彼の弁護をするわけではない。が、掛け値なしに本当のことを言うと、彼のしてくれた話のいくつかは私の心を強く動かした。

チェコスロバキアの八番目の王子である雀の男の子がゲンゴロウの女の子を好きになって、池の中に入ろうとする話には思わず泣かせられてしまったし、北極で冬眠中のカナリヤが目覚めかけた時、彼の身に大いなる危機が迫る、そして世界の破滅の時も・・・という冒険物語も続きをワクワクして聞いたものだ。

彼は声に出して語ることで、話を組み立てていくらしい。別に私のために語ってくれているわけではないのだが、お互い同じ場所が気に入ってるという縁で、私は聞き手という立場にいれる。

<物語作家>はお気に入りの所で話を作ることに幸せを感じている(のだと思う)。 私はそんな彼の話を最初に、そしてひよっとしたら、只ひとり聞くことの出来る幸せなカナリヤだ。

今日俺ハ気分ガイイ。俺ノ場所ニ入リ込ンデ来タ白犬ノ耳ヲ喰イチギッテヤッタ。奴ハ口カラ泡ヲ吹キナガラ逃ゲ出シヤガッタ。アア、俺ハナンテ偉インダ。俺ガコンナニ立派デ誇リ高イモンダカラ、陽ノ光モ暖カク気持チ良ク照ッテイルッテモンダ。アレアレ、何カ黄色イモノガ動イテイル。見ツケタ。面白イヤツダ。イツモぴいぴい騒グ黄色イ固マリダ。ヨシヨシ、俺ハ今機嫌ガイイカラタップリ遊ンデヤルカラナ。ソラ、ソウハシャグンジャナイ。ドウシタ、飛ンデミロヨ、モウ飽キタノカ。仕方ノナイ奴ダ。

ヤレヤレ、特別ニ俺ガ川マデ運ンデヤル。水ダゾ、ドウダ冷エテ気持チガイイダロ。ウン、ズイ分派手ニ水ヲ飛バスジャナイカ。ウレシイカ、ソウカソウカ。ホラ、モット深ク潜ッテミロ、オッ押エ込ムト動キガ速クナルナ。コリャ面白イ。

オオイ、セッカク遊ンデヤッテルノニ沈ミッパナシジャ、ツマンナイジャナイカ。馬鹿ガ。ホラ、モウ飛ンデイケヨ。クワエテ投ゲテヤルカラ。ホイ、アッチヘ行ケ。

あいつだ。又、あの黒犬が来た。お前なんか嫌いだ、近づくな。

何だ。何が起こった。真っ暗だ。体の右半分、肩のあたりが痺れている。奴のしわざだ。この私に何をする。私の羽にその汚らしい足をかけるんじゃない。舌をたらしたみにくい顔が間近に見える。痛い、痛い、痛い。身体が押し潰されそう。止めて。 首を黒犬の口にはさみ込まれてしまった。ちぎれる、ああ首が折れてしまう。うおおお、そのまま振り回すなんて、振るな、離せ。私の身体が壊れてしまわないうちに、早く、早く。

全身がカッカと熱い、痛みが鈍くなってきた。視界がボヤけてくる。

確認。右、左、羽、足、頭。みんな大丈夫、まだ動く。良かった。死んでたまるか。 どこだ、黒犬。まだいる、早く逃げるんだ。イヤな臭い、黒犬のだ液の臭いだ。口の内、苦しい、呼吸が出来ない、頭がすっぽり口の内だ。口を開けてくれ、離して。 落ちる、どこへ。しぶき。全身が叩きつけられる。水、水の中だ、早く、動け羽、今だ逃げろ。冷たい。足、羽、どこでもいいから動かさなくては沈んでしまう。

何、胸が押し潰されそう、空気、助けて、早く、誰か、胸が、息が、からだ、私のからだは。

menu

next