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野原の情景

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もう一人、頻繁にここへ通う男がいる。<物語作家>だ。

本当に彼が話を書いて生計を立てているのかどうかは知ったことじゃない。話を作るから、作家と呼ぶだけだ。

彼は初老の、頭の禿げた男だ。さらにチビで小太りだ。丸い顔の中の黒目がちの小さな瞳が強い印象を与える。

晴れた日、私の一番のお気に入りの樹に背もたれて、彼は座り込む。そしてぽつぽつと話をし始めるのだ。考え考え、悩みながらも。たとえば_[かかしの話]

[かかしの話]

「一人の背の高いかかしが、旅を続けていたとしよう。旅の途中かかしは、立派な大きい町を通りかかった。かかしはそこで疲れた身体を休めたのだが、ほんの三日間のつもりが、一週間、一ヶ月にも延びてしまった。そこで、何人かの心を許せる友が出来たからだ。かかしの旅の目的は、自身の神を追い求めることだった。しかし、自分を暖かく迎えてくれる友を持ったかかしは、満たされてしまった。神を求める必要を感じなくなって来たのだ。かかしはあせりだす。これでいいはずがない、と。『私は神から離れた。これからは何があっても、何に対しても、剥き出しの身体を晒すしかない。私はただの一人のかかしに過ぎないのだ。』と言い捨てて、かかしは町を出る。『わたしたちは、貴方を分かってあげれるのに。行かないでほしい。』と引き留める友を置いて。」

 [名無しの英雄の話]

「これはある国を救った偉大な男の話。その男は決して男前ではなかったし、腕っぷしも強いとは言えなかった。ただひとつ、背が高いことを除けば、人目を引くことのない地味な男だった。他の男たちに混じって頭ふたつほど上に顔を出すその男は、教養と呼ばれるものなど全く備えておらず、読み書きも満足には出来ないのではと、思わせるようなところがあった。その彼がどうして英雄と成り得たのか。彼が英雄となったのは、敵陣で、暗号 − たった一つの単語の − を伝達するという使命を果たしたからだった。敵に何の疑いも持たせず、彼は敵の中に潜り込んでいた味方に、落着き払って攻撃の計画を教えたのだった。その感情の読み取れない表情の下には、大変な愛国心と勇気があったと、民衆は後日彼のことを称えたものだった。」

「そう、肝心な部分は彼が暗号を伝える場面だ。そこが山場だ。一番面白くなりそうなところなのに、ああ。」

そこで彼は頭をこぶしで叩き出す。

「ああ、それが難しい。ちっともその場面が出来てくれない。」

そのまま、しばらく悶えた後、彼は姿を消した。その後二、三日、彼は来なかった。 完成したその話を、未だ私は聞いていない。

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