おじさんたちの道東旅日記

二月十二日(金)  決断

 翌朝、午前四時起床。前日に伊藤さんが見たという雪裡川の朝のドラマを見なければならない。小雪が舞う空模様に不安を抱えながらも鶴居に急ぐ。途中、キタキツネが道路を横断。一瞬、光った目をこちらに向けたが、すぐに暗い森へ姿を消した。
 雪裡川にはまだ暗いうちに到着したが、音羽橋の欄干には、最適のアングルを確保しようと、既に何台もの三脚が陣取っていた。
 凍える体を熱いコーヒーで暖めながら夜明けを待ったが、期待とは裏腹に風は強まり、厚い雲は開けそうもない。時間の経過とともになんとなく明るくなるという、残念な朝になってしまった。だが、がっかりはしても、恨んではいけない。次の機会への期待に変えればいいではないか。茅沼のエゾフクロウの解釈を援用した。 これからの行動日程を考えながら、福田君と立川さんがいる茅沼に向かった。福田君の「新居」の充実度に感嘆しながら、二人に朝食をごちそうしてもらった。どちらかと言えば、私たちが差し入れしなければならなかったのだが、まあ、許してもらおう。

 クロスカントリー、流氷、オジロ・オオワシ、オオハクチョウ、旨い海鮮類、短い日程の中でも道東の魅力を満喫したいという欲は高まり、どこで何をしようか、いよいよ迷う。 だが、そういうときは、やはり定番だ。福田君にお願いして「海鮮らうす」を予約してもらった。この決断が今回の旅の満足度を飛躍的に高めることになった。

「流氷の来る街」

 知床に向かうにつれて天候も回復し、標津からは遠く羅臼岳もうっすらと望めるくらいになった。移動時間を考えてウトロ行きを止めた段階で、流氷はほぼ諦めていた。今回は参加できなかった森川先生の「ぼくが行かないと羅臼には流氷は来ないよ」という負け惜しみにも聞こえる一言も、そう思わせていたのかもしれない。
 だが、その危惧は幸運にも(森川先生にとっては不運にも)払拭された。半島にさしかかるころだっただろうか、遠く沖合の水平線に白い線が見えた。間違いなく流氷だ。「やったぜ」、黒板純の台詞が胸の中で響く。 はやる気持ちを抑えながら、ところどころ凍結した羅臼国道を慎重に走る。昨年、無責任に誘惑したオジロワシと意地悪な側溝、そして心温かい知床人が織りなした"事故現場"を確認し、まもなく羅臼の街に入った。 昼食は前日に引き続きラーメンだ。臼井さん情報により、福田君おすすめの店があるということで、港近くのその店に入った。充分満足する味であったが、後になっておすすめはその店ではなかったことが判明した。おいしかったから許しますよ、臼井さん。オオワシへの思い 羅臼の展望台からは港町の様子が一望できる。生憎、国後は望めなかったが、モノトーンの配色の中に、流氷とともに生きる北の人々の静かだが力強い冬の生活が感じ取れる。
 街から相泊までの半島沿いの一本道をオオワシ、オジロワシ、エゾシカなどを観察しながら走る。ワシは例年になく多いようだ。もちろん、助宗漁の最盛期のころに比べれば激減しているそうだが・・・。

 先日、NHKの「クローズアップ現代」で興味深い報告が紹介された。ご覧になった方もいらっしゃると思うが、エゾシカが増え続けることで、オオワシが絶滅の危機に瀕しているというのだ。もちろん、エゾシカがオオワシを食べてしまうわけではない。そこには、人間の生活が密接に、しかも根の深いところで絡んでいるという指摘だ。
 簡単に言えば、人間によって酪農のために開拓された牧草地がエゾシカたちの絶好の餌場となり、エゾシカの繁殖力が増して個体数が増える。すると、森の中だけでは餌が足りずに、人間が栽培した農作物を食べる。害獣として、一定数が駆除される。負傷したエゾシカは命からがら森へ逃げ帰るが、まもなく力尽きて倒れる。伊藤さんの紀行文の中でも紹介されていた事実だ。
 一方、助宗を目当てに羅臼を越冬地に選んでやって来たオオワシだが、漁不良によって充分な餌を確保できず、新たな餌を求めて内陸部へと向かう。そこに、倒れたエゾシカが餌として供給されているという連鎖だ。そして、エゾシカを倒した鉛の銃弾がオオワシの体内に入り、鉛中毒を起こして死に至るという、悲しい結末を迎えることになるというのだ。 オオワシにしても、人間の活動である助宗漁によって世界に類を見ないほど高密度に羅臼に引き寄せられ、このような連鎖によって命を落とすことになろうとは、思いもよらなかっただろう。ただ、今年、意外なほどに羅臼にワシたちが多かったのは、この悲しい連鎖を彼らが学習し、危険な餌は口にしないようになったからだ、本質的な問題解決とはかけ離れた勝手な希望的観測であるが、そう願いたい。

羅臼の晩餐

 「海鮮らうす」では、ショートヘアに髪型を変えた(昨年が変わっていたのかもしれないが)かあさんがにこやかに迎えてくれた。宿は貸し切り、好きなように使えと言う。 空腹感が増すとともに夕食への期待が高まる。当日予約という突然の宿泊であったのだが、ここでしか食べられない助宗のルイベ、マスやカレイの麹漬け、焼きガレイ、等々、羅臼の漁師のおかみさんならではの豪快なもてなしに至福の心持ちだ。知床では、やはり、この家だ。


2月10日(水)|2月12日(金)|2月13日(土)2月14日(日)

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