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”いのち”と”こころ”と”平和”を考えます。ジャーナリスト 中村尚樹 Nakamura Hisaki Clubhouse

プロフィールproFILE

鳥取市生まれ

一日の生活イメージ

 1960年に、山陰地方の鳥取市で生まれました。4人兄弟の次男です。少年時代は、お歳暮にロースハムをいただくと、家族そろって正座し、母がうす〜く切ってくれるのを楽しみに眺めていました。牛肉などはもっと高価で、育ち盛りのわたしたちは、マトン(ラムではありません)の焼き肉が大好きでした。家族そろって郊外へドライブに出かけ、ジンギスカン鍋をしたのも楽しい思い出です。

 小学校の高学年からはボーイスカウトにはいり、毎週、自転車にテントを積んでキャンプにでかけてアウトドアライフを満喫していました。

 高校まで鳥取市ですごしたのち、福岡市の九州大学法学部へ進学しました。政治史ゼミで指導教官だった石川捷治氏とは長い付き合いとなり、2006年には『スペイン市民戦争とアジア』を二人の共著として出版しました。


記者として

体験学習イメージ

 大学卒業後、NHKに記者として入局(NHKの場合は「入社」とはいわずに「入局」と呼んでいます)しました。NHKは転勤が多く、松山放送局をてはじめに、各地を転々としましたが、二番目の勤務地となった長崎放送局で人生を変えるような出会いを経験しました。それは原子爆弾による被爆者の方々にお目にかかったことです。

 彼らとの付き合いは、長崎を離れてからも続き、2011年には『被爆者が語り始めるまで』(新潮文庫)としてまとめることができました。

 NHKは岡山放送局でニュースデスクとしての勤務を最後に辞職し、フリーランスの記者として現在にいたっています。


平和学について

英語学習イメージ

 長崎で、被爆者や核問題の取材をはじめたことから、平和研究にも関わるようになりました。九州大学大学院で非常勤講師として平和研究の講座を担当し、法政大学国際文化学部でも平和学を非常勤で担当しました。また、大妻女子短期大学でも、講座を持っています。

 平和学の理論については、平和学の創始者として世界的に著名なガルトゥング博士に直接教えをいただきました。

 平和学は、100人の研究者がいれば、100通りの平和学があるのではないかと思います。それほどふところの広い学問であり、ジャーナリストとしてのアプローチも、学者の方とは違った意味があるのではないかと思います。

 Nakamura Hisaki Clubhouseの平和講座もぜひお楽しみください。


Nakamura Hisaki Clubhouse