仕事探し 正社員 ゲーム 求人 【蒼天・Party Room】神様、お願いっ!

神様、お願いっ!<メリクリ突発企画小説>


「うん、うん……そう。悪いわね、航……事情はあとで話すから…………うん、お願い。遅くなっても待ってるから。うん、じゃまたあとで」

 帰宅してすぐ、私はズブ濡れのおっさんをバスルームに押し込んだ。
 どうやら着ていたヨレヨレスーツはおっさんのいわゆる「勝負服」だったらしく、アパートに着いた頃にはさらにヨレきったスーツを見て、気の毒になってくるくらいにしょげまくっていた。

「そんなになっちゃうなら傘に入れば良かったのに。馬鹿じゃないの!?」

 あの後、アパートまでの道。私の言葉を頑なに拒み、おっさんは傘の中には入ってこなかった。 私が濡れるからと、自分はズブ濡れになったままで……そのクセそれを私が少しでも気にしている様子を見せると、図に乗ってあれこれ話を始める。イラついて蹴りの構えをすると、おっさんはその場でリアルに土下座をして謝った。我ながら、売れない芸人のくだらないコントでも見てるようでおかしかった。

「ほんっとに……馬鹿みたい…………」

 スーツから滴る水で床が濡れてシミになりそうで、おっさんをバスルームに押しやったままで私はお湯をはり、お風呂を沸かしてやった。
 濡れた服は籠に入れておくわけにもいかなくて、悪いなとは思ったけれど可燃ごみの袋に入れさせてもらった。案の定、おっさんは涙目で抗議してきたが、どうやら私の沸点を理解したらしくて、蹴りが入れたくなるより前には、おっさんの方が折れて静かになった。

 おっさんは今、うちの風呂に入ってる。静かなはずのアパートの部屋に水音が響き始めてやっと、いろいろと冷静になってきて焦り始めた。あやしげで胡散臭いおっさんと、どうやら二股かけてたらしい彼氏と別れたばかりの食べごろ19歳のこの私が、アパートの部屋に二人きり……これってちょっと、マズいんじゃないの!?
 そう思った途端に私は、無意識にケータイを手にしていた。誰か……誰か……あ、そうだ! 航! 弟の航を呼んじゃえばいいんだ!!

 とりあえずアパートに来るように言うだけ言って通話を終わった。これで一安心、か? 大丈夫よね、あのおっさん……ずいぶんチャラいカンジだったけど、ってか馬鹿だったけど。
 おっさんが風呂から上がってこないうちに着替えを済ませた私は、とりあえず冷えた体を温めようとコーヒーを淹れるためお湯を沸かし始めた。

 航が時々泊まりにくるから、一人暮らしのワリに広めの2LDKの我が家。広くて良かったよ、1Kとか1ルームでおっさんと二人はきつい。あぁもう、私って本当に馬鹿。航が来るまで、何もありませんように!

 大きな溜息を一つ吐いたら、バスルームの扉が開く音が聞こえてきて、続いておっさんの声。

「ぅおーい、帆波ぃ。このお湯、流していいんだよなぁ? な〜んか久々の風呂だったもんでさぁ〜、俺でもなんかわかんねぇもんがいろいろ浮いてんだよ〜。妙にお湯濁ってっしさぁ、アレ、ほら、なんか気持ちお湯がトロんでるように見えるっつーか……」
「流して下さいっっ!!」
「ふぇ〜い……あ、ついでに風呂の掃除しとく? 洗っとく?」
「当然よ!」
「りょーかーい」

 そう言っておっさんは、極々自然に風呂掃除を始めた。あれ? なんか馴染んでない? っていうか、帆波ってなによ!! っつかなんで名前知ってんの!?

 お湯が流れるゴウゴウという音と、ブラシで掃除をしている音を聞きながら、私はピィピィとうるさいヤカンのかかっている火を止めて、コーヒーを淹れ始めた。このカタチのヤカンはコーヒー淹れるのにはちょっと使いにくいんだけど、ヤカンいくつも置いとけるほどうちのキッチンは広くない。
 2LDKの部屋全体にコーヒーの香りが漂い始めた頃、おっさんがスーツの入った可燃ゴミの袋と丁寧に水分を拭き取ったおっさんの荷物らしきスーツケースを持ってキッチンに入ってきた。

「おぉ〜、すげぇイイ匂い。あ、でも俺の分はあとでな。風呂上りはやっぱコレだから」

 何かと思って振り返ると、当然のようにダイニングセットの椅子に座ったおっさんは、手にしたスーツケースを開くと中から500mlの缶ビールを1本取り出した。プシュッと音をたててプルタブを開けて、喉を鳴らしてそれを流し込む。心底美味そうに飲み込むと、コンッと音をたててテーブルに缶を置いた。

「っくぅぅうううううっっ! んまいっ! やーっぱ風呂上りのビールは最高! 帆波ぃ、お前も飲むか!? イイカンジに冷えてっぞ?」
「結構です! っていうか、何で私の名前を知ってんのよ? おっさん、あんた何者!?」

 ポトポトとコーヒーが落ちる音がして、それを私のテーブルを叩いた音が一瞬遮る。おっさんはまたビールを一口飲んで、無精髭の生えた顎をいじりながら困ったように言った。

「俺? 俺ぇぇぇ、んー、言ってもお前、信じてくれるかどうか……」

 妙にもったいぶった言い方をして、ちらちらとこっちに視線を投げてくる。私はコーヒーにまたお湯をゆっくりと注ぎいれながら、おっさんの方を向いて言った。

「いいから言いなさいよ。だいたい何で空から落ちてきた? わけわかんない事だらけよ!!」

 テーブルをバンバンと叩いてそう言ってから、マグカップに牛乳を半分ほど入れて電子レンジで暖める。落とし終わったコーヒーをその牛乳の入ったマグカップに注ぐと、私はおっさんの向かい側に腰を下ろした。

「ほら、いいから言いなさいよ」
「じゃぁ言うけど……怒るなよ? 嘘じゃねぇよ?」
「いいから。ほら、何っ!?」
「俺は……神様なんだよ。さっき、お前と出会ったあの時に、天界から降りてきたとこだったんだよね」
「……はいはい。わかったわかった。で? 本当は? ギャグにも冗談にもならないアホなボケかますのはやめなさいよ、つまんねぇし!」
「ほらー! やっぱ信じてくんねーじゃねぇか!」
「当たり前でしょう! 何よ神様って!! だいたい神様って言ったら……」

 そういいかけた私の脳裏に、ある青年の顔がよぎった。あぁ、あれはいつだったか……私は一度神様見習いだという金髪の若者に会った事があるのだ。もちろん夢の中でだけど。そうそう、神様って言ったらやっぱりアレよ、アレこそが神様よね。

「言ったら、何だよ」

 ビールをまた一口だけ口に運んだおっさんが拗ねたように問い返してくる。私はどう返したものか迷ったけど、面倒になってズバリ言ってやった。

「金髪碧眼に透き通るような白い肌、アレよ! あぁいうのが神様でしょう!」
「は? お前どこの夢見る少女だよ!? イマドキそんなん言うヤツいる方がオドロキだよ。あーあーおじさんびっくりしちゃった。帆波、お前神様に夢見過ぎ」
「うぅぅうううるさいわねっ! いいじゃないのよ、夢見たって!! それに、神様っつったって、たいしたことできやしないじゃない!!」
「はぁああ? 失礼な事言わないで下さいー、神様に謝って下さいー」
「語尾を伸ばすのはやめて下さいー。ムカつきますー、蹴りたくなりますー」

 そう言っておもむろに溜息を吐いてカフェオレを少しだけ飲む。あぁ、砂糖少し入れれば良かったかも。弱った今の私には、ちょっと甘いくらいがちょうどいいような、そんな気分。
 おっさんも負けずに溜息を吐いて、残りのビールを一息に飲み干した。
 そういえばおっさん、バスローブとか着ちゃって、これ、どっから出したの? 随分高級品っぽいふっくら柔らかそうなバスローブ、まさかあのスーツケースに入ってたの? いや、それより髪の毛まだ濡れてるし!

「……髪、ちゃんと拭きなさいよ。風邪ひくわよ?」

 それを聞いたおっさんは嬉しそうに笑って水の滴るイイ男とかいいだすから、私は椅子にかけてあったフェイスタオルをおっさんに投げつけた。
 おっさんはそのタオルを頭からかけてくしゃくしゃと無造作に水気を取って、その状態のままでまた話し始めた。