「お前……言ってる事とやってる事、あってねーぞ」
「う、うん。そうなんだけど……でもこれならギリギリセーフかな、とか」
そう言って、ぱっと開かれた宮司の手のひらの上にそれを置く。1個10円の……アレ。
「こ、これだって立派なチョコじゃねぇの? っつか、これかよ!!」
「ちっ、違うもんっ! 義理チョコじゃないし!!」
「はあ? だってコレってチロ……き、きなこもち?」
「そうです……義理チョコ、じゃーないでしょ?」
宮司が盛大に溜息を吐いてこっちを見る。
「お前はバカかっ!? こりゃラインナップの一つってだけで、これはお前、立派にチョコだろう!!」
「違うもんっ! だっ、だったら食べてみなさいよ!! それでもまだチョコって言えるようだったら、おわびに明日1日遅れでちゃんとした義理チョコあげるわよ」
「へぇぇぇぇえええ……言ったな? 面白ぇ。っつーかお前、何でそんな上からの物言いなんだよ。それに言ってる事さっきからめちゃくちゃだぞ」
「いいから食え! 食ってみ!」
「へいへい……」
テキトーな返事をして宮司は手袋をしたままの手でやりにくそうに包みを開く。そしてそのままそれをポンと、口の中に放り込んだ。
「……あ、何? なんだ、コレ……きなこもち」
「ほぉぉぉらぁぁああああ? ほぉぉおおおら、みーてみー! チョコじゃないじゃん、きなこもちじゃん!」
「うーわ、くっそムカつく女ー!」
あぁ、宮司には悪いんだけど、何だかすごく楽しいや!
「何だよこれぇ……」
「いいじゃん。これならまぁ、失礼じゃないじゃん」
「っつか、お前。俺のこと馬鹿にしてんだろ!」
「んー……いろいろ思うところはあんのよ。私も悪かったよなぁっとか、今ならわからなくもないような気もしなくもないような?」
「どっちだよ!」
「うーん……」
もどかしい。自分の思っている事がうまく言葉にならない。伝えるのがムズカシイ。宮司がちゃんと私を見てくれてるっていうなら、私もちゃんと考えて答えを出さなくっちゃいけないって思うんだけど、ここへ来て私があいつをどう思ってるのかとか、それがどういう感情なのかとか、正直よくわかんない。これを全部そのまま言ったらいいの? だけどこれじゃ返事になってないよね。どどどどどうしよう???
「まぁ、いっか!」
「へ?」
宮司はごちそーさんって小さく言って、それからこっちを見て笑った。
「ま、お前にしちゃー上出来じゃねぇの? ちゃんと考えてくれたみたいだし……義理チョコねぇのはちょっと残念だけど」
「言い方偉そう。何、そんなに義理チョコ欲しいの?」
宮司が首を横に振る。
「いらね。なんか考えてくれた答えみたいなんで、だからいいわ。とんでもなくグレーゾーンな対応で、どっちに進んだもんか悩むとこだけど」
「ご、ごめん……」
「謝るとか。悪いと思ってんの?」
「そりゃね、うん」
「じゃー今のもう1個よこせ」
「は?」
「これうまいな。何、ちょっと。クセになるんだけど。もう1個ねーの?」
「あ、あるけど……ちょっと待って」
宮司を待たせて私はバッグの中をごそごそと探る。街灯の明かりじゃイマイチ暗くてよく見えないんだけど、あの形は指先の感覚だけでも見つけられる。あ、あったあった。
「ほい、宮司。これ……」
その時だった。突然わき起こった風に思わず目をつぶる。宮司も驚いて身構える。すぐ側に何者かの気配が突如現れた。ううん、何かが空から落ちてきたの。あれ? このカンジ、確かどこかで……。
「あ……」
「ぅうぅっしゃぁっ、またしても着地キマッたぁぁぁぁ!!!」
あ、嫌だ。また変なの落ちてきた。っつかやっぱりまたおっさん、その登場の仕方なのね。
「あら? おいおい、またノーリアクション? 諒太郎までそれ? なぁんだよもぉぉうっ! 今すっげぇかっこ良かったよね? イケてたよねぇ!?」
そう。そこにはやはりおっさん。初めて遭ったあの時とおんなじ。わかめヘアーに日焼けした肌、耳にはいくつものピアス。ネクタイは緩めてあって、寛げた襟元からはいくつものネックレスだかチョーカーだかのヒカリモノが見えている。あいかわらずのチャラいおっさんっぷりは、昼間に店で見たままの神様である。
「1年前の悪夢が今ここに、だわ、おっさん」
「帆波ちゃぁん。つれないなぁ。おじさん、超かなぴー」
「かなぴー、じゃないわよ!」
「おい、おっさん。何の用だよ!?」
宮司が声をかける。面白いくらいに全身からどっか行けオーラが滲み出ている。おっさんの能天気さと対照的でちょっと笑える。でもさすがに今それはナイショ。
「いやぁ、なんかぁそろそろぉ、出番? みたいなぁ。神様に頼みごととかしちゃいたい、そんなお願いタイムかなっとか思ってぇ……って、あれ?」
「やっと気付いたか、ジジイ」
「あら?」
「空気読めってんだよ、おっさん」
そう言ってうっすらと口許に笑みを浮べてるおっさんは、たぶん全部わかっててやってるんだろう。まったく、いい性格してるよ。宮司もあんまりムキになって相手してるとバカみるよー、って言ってやりたいんだけど……気の毒だけど、ちょっと面白いから悪いけどこのままにしとく。そんな私の心の動きにも気付いてるんだかいないんだか……おっさんはこれ見よがしなドヤ顔で、私に視線を投げてきた。
「よぉ、帆波。空気読めてねぇ神様に何か頼みてぇ事とか、ない?」
「……私にはまだそんな資格ないんじゃなかったの? っつか、別に私溺れてないし……今は藁なんてつかんでも、たぶん燃やしちゃうくらいしか使い道ないわ」
「くっ……ひぃっでぇなぁ、おい。なんで火ぃ点けちゃうんだよ。大切な藁だぞ、丁重に扱いなさいよ。それになぁ、おじさんは火遊びだったらもうちょっとこう、何? もっとこう違ったカンジの……」
来たよ、そっち系のネタ。そんなん言ってちゃ……あぁほら、言わんこっちゃない。宮司のローキックがおっさんのスネにキレイに入った。おっさんも痛そうだけど、蹴った宮司もすごく痛そう……何こいつら、バカなヤツ。二人して足をおさえてしゃがみ込んでる側で、私も膝を抱えて座り込む。
「まったく……何やってんの、二人して」
「何って、俺何もしてないだろ? 諒太郎がいきなり蹴るから」
「ジジイがバカな事ぬかしやがるからだろーが!」
そこにまた1人、同じように座り込む人物が登場。
「何よ、みんなでしゃがみこんじゃって、なんの相談!?」
航……あんたデートじゃなかったの?
「なんだよ、航ぅ。お前、バレンタインデートだっつーのにこれまた随分早ぇ帰宅だなぁ、オイ。おじさん、お前をそんな情けない男に育てた覚えはないわよっ」
「いやいや、育てられてねーし! いや、高校生ですから、僕っ」
「僕っじゃねぇだろ、航。マジで随分早ぇじゃん。どした?」
頭を小突いて宮司が突っ込む。航は盛大に溜息を吐いた。
「だぁってさぁ……飯食って次どこ行こっかって話になったら、また家に行こうとか始まるんだぜ?」
「うおぉぉおおおおおお!!!」
お、おっさん、喰いつき過ぎ。宮司もなんかイキイキしてんじゃないわよ。
「積極的な女だな、オイ。おじさんドキがムネムネしてきちまったぞ、おいおい」
「う、浮かれてんじゃねーよ、お前が。で、でもなんでそれで帰ってきちまうんだよ、航」
「あんたら、うちの弟に妙な入れ知恵すんじゃないわよ」
「お前は黙ってろ、帆波。これはお前の弟が男として道を踏み外さないようにだな」
「おっさんが踏み外させようとしてんでしょーがっ!!」
わざと大きく溜息を吐く。チラッと見てみると……あ〜らら、だぁ〜めだ、こりゃ。何なのこのイキイキ度がさらに上がったこのバカ共は! 航、こんなしょうもない男達の言葉に惑わされんじゃないわよ!?
「あー、違う違う。そういうんじゃねんだわ」
そう言って航が指を組んだ手をぐいっと前に伸ばしてのびをする。あら? 何かあった? うんざりって顔で一息吐いた後、ばつが悪そうに頭を掻き毟ってから航が口を開いた。
「親がいないとか、そういうイベントじゃねーの。むしろ逆」