「は?」
「何だよ、それ」
「どゆこと!?」
うっかり私まで喰いついちゃったわ。え、でも何? 弟の恋愛事情は何やらちょっと雲行きがあやしげ。
「前の家族旅行はどうにか逃げたけど、今度は何? 家族で夕飯?」
「いや、別に飯くれぇいいじゃないの、ねぇ? いいじゃないのよー」
なぜそこでオネエになる、おっさん!
「っつかなんで飯とかいう話になんの?」
うん、宮司。いい質問だ。いいじゃない、二人でデートさせとけばさぁ……過干渉? 何?
「何つーんだろ……別にさ、そりゃ緊張はすんだろーけど一緒に飯とか、かまわないとは俺も思うよ?」
「あら、だったら言ってくればいいじゃない。おじさん、テーブルマナーくらいは教えてさしあげてもよくってよ?」
「キモいよ、あんた。でもかまわないって、そう思うんならどうして帰ってきちゃうんだよ、航」
そう言った宮司の方を見る航の視線からはSOS信号が出てる。いったい何があったの航、なぜそんなに疲れてんのよ。彼女とのデートの後って顔じゃないわよ? 店じゃあんなに楽しそうにしてたし、彼女来た時だって嬉しそうに出かけていったじゃない!
「いやぁ……何つーか。家族だと思っていいのよ光線に耐えられないっつーか、娘の彼氏なら息子になるかもしれない的な話題の多さにもううんざりっつーか?」
「け、けぇぇっこんを前提としたお付き合いなのね!」
「おぉぉお前はちっと黙ってろジジイ! おい、なんだそれ。きっついなぁ!」
「だろ? わかる? 先輩わかってくれる!?」
「わかるもなんも……まぁいいわ。航、お前、腹減ってねぇ?」
「夕飯なら食ったけど、大丈夫。俺まだ食えるよ」
「うっし。じゃー行くか?」
宮司が立ち上がる。それを見上げながら航がぼそっとこぼす。
「え? だっていいの? 俺はかまわないけど……姉ちゃんは?」
「ぬぁっ……お、送ってきただけだっつの! いらん心配とかすんな!!」
「ふぅ〜ん……まぁ、いいや。じゃ飯行きますか、飯。いい? 姉ちゃん」
「いいわよ。お金あんの?」
「大丈夫。先輩もいるし」
「アテにすんな、バカ」
私もゆっくり立ち上がる。おっと……ちょい立ちくらみ。
「あんま遅くなんないうちに帰ってきなよ?」
「ふぇ〜い……じゃ、ちょっと行ってくんね」
「悪ぃな、帆波。ちょい航借りるわ」
「どうぞどうぞ」
そう言って二人は駅の方向に向かって歩き始め、私はその背中をぼんやりと眺めて見送っていたんだけど……え、何? 何か宮司が戻ってきたんですけど!!
「あぶね、忘れるとこだわ。ほら、さっきのよこせ」
「は?」
「ほら!!」
さっき……の? えーっと、なんだっけ。おっさんが降ってきて……いや、それよか前か。えっと確か……あ、あぁ!
「案外あんたもしつこいね」
そう言いながら差し出された手にチロルのきなこもちをポンと置く。
「何とでも言え。さ〜んきゅ。じゃな!!」
チロル握った手をふいっとかざして、宮司は航の方へと走って行った。そして残されるおっさんと私。微妙に生温かい視線が足下から這い上がってくる……み、見たくない。おっさんの顔、今超見たくないっ。
「ほ〜な〜み〜ちゅわ〜ん?」
「……な、何でしょう?」
「今の……何?」
「何っと言われてもなぁ。そんな面白いもんでもないわよ? 義理チョコはちょっとなぁって思って……いろいろあって何だか強奪されたっていうか。まぁそんなカンジ?」
おっさんはワカメ頭をくしゃくしゃっと弄りながら、ちょっと考え込むみたいにしてこっちを見てる。なんだなんだ!?
「お前なりにいろいろ考えたみてぇだな、帆波」
そう言ったおっさんは何かちょっと嬉しそうで、こっちが何だか気恥ずかしくなる。
「ふ〜ん、そうかぁ」
意味不明だけど何やら勝手に納得しては、一人でうんうんって頷いてる。チラッとこっち見て目が合うと何だか嬉しそうな顔でニッて笑う。何だろう……今までにないパターンだわ。私何か変なコトでもしたかな。
「なぁ、帆波」
「な、何よ。あらたまって」
「おじさんな、リベンジに燃える神様なわけだけど……」
「燃えてるってカンジじゃないけどね」
「まぁそう言うな」
前回、空から落ちてきた時は何だかダメくさくてどうしようもないカンジだったけど、何だか今はちょっと違うカンジ。おっさん、妙にあったかいっていうか何ていうか。私の見方が変わったのかしら……いや、そうでもない気がするんだけど。
「で、どうよ?」
なんかおっさん、すごく楽しそう。ってか何が?
「どうよ、って言われても。何が?」
聞き返した私の頭に、おっさんがぽんっと手を置く。
「な……何?」
「だ〜からぁ……俺、神様よ? なんかお願いとか、ないの?」
「お願い?」
「そう、お願い。ねぇ? 人一倍幸せになりたがりの帆波ちゃん!?」
うわぁぁぁああああああ、何かしらこのムカつく顔っ!! ふふんって、ふふふーんって笑ってるカンジの……ム、ムカつくなぁ!!あ、いや。でもそういや最近おっさん見てもそのテのコトって私考えた事なかったかもしんない。
「なんかねーの? お ね が い」
おっさんはそう言うと、ちょっと小突くようにして頭から手を離し、ポケットに手を突っ込んでちょっと猫背の姿勢になった。そしてそれっきりこっちを見ようとはせず、私の答えを黙って待っているカンジ。お願い、か。お願い、お願い……う〜ん、そうねぇ。何かおっさんに頼みたいこと、お願いしたいこと……んー…………あれ。
「ない」
口を吐いてポロッと出た。
「んー?」
おっさんが聞き返す。そっか、聞こえなかったか。
「何もない。いいわ、間に合ってます」
今度ははっきりと伝える。おっさんはちょっと驚いたみたいな顔をしたけど、すぐに小さく笑って、そっか、って言って空を見上げた。
「じゃ、おじさん帰るわ」
「え? 帰るの? リベンジとか、そういうのはもういいの?」
「いや、良くはないって。リベンジ終わってないじゃん。けど、何つーか……そうだな。いらんもん押し付けられても、開封しないまんまで学校のバザーに出しちゃえ、みたいな事になるだろ?」
「……例えがよくわからない」
「そっか……これは子育て主婦向きの回答例だったな」
おっさんはそう言って笑った。よくわかんないけど私もつられてちょっと笑った。
「また来るよ。様子見に来るかもだし、藁の本領発揮になるかもしんないし、まぁそれはその時の帆波次第?」
「私?」
「そうだよ。お前、変わったもんな。だから何、その、経過観察だよ」
「なんか薬があってるかどうか確かめられてるみたいな言われようだわ、それ」
「ある意味そうだろ?」
そう言ってチラッと私の方を見る。あぁ、そっかなるほど。そうね、ある意味そうだわ。
「そうね。ある意味ね」
ニッと笑って私が言ったら、おっさんは嬉しそうに私の頭をくしゃくしゃと撫でた。や、やめて……髪が! いくらもう目の前の家に帰るだけとはいえ、そんなんしたら髪が!! 自分でも自覚できるほどにうろたえている私に、おっさんは言った。
「じゃ、また来るわ。航によろしくな。あと諒太郎にも」
「……うん。伝えとく」
おっさんはまだ何か言いたげな顔をしていたんだけど、下からのぞき込むようにして小首を傾げて聞き出そうとした私に対して、ただ首を横に振るだけだった。
そしてまるで執事さん、いや、イメージだけどね。イメージなんだけど、執事さんが礼をするみたいに丁寧にお辞儀をすると、その体勢のまま、まるで空気に溶け込むようにしてすぅっと透明になって消えてしまった。
「行っちゃった……」
ぽつんと独り取り残された私は、ふぅっと小さく溜息を吐いて、アパートの階段をゆっくりと上った。そんなこんなで、家に戻る。今年のバレンタインは、そんな風に義理きなこもちを2個強奪されて幕を閉じた。
あ、航のぶん、買って帰るの忘れた……――。
そして1ヵ月後のホワイトデー。
仕返しに何か寄越せと宮司に毒づいた私は、駅前商店街でも評判の老舗和菓子屋『志乃田』の豆大福を5個、宮司から強奪することに成功した事をここに報告しておこうと思う。倍返しルールを適用し、さらには4では縁起が悪いと散々絡んだ上でのプラス1個の上乗せ。完全なる勝利であったことも付け加えておかなきゃね。
ふふふって笑いがこみ上げる。おっさん……いや、神様。おかげさまで楽しい毎日よ。藁に手を伸ばすのは、まだまだ先になりそうです。
== The End. Thank You!! ==
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