トラック買取 【蒼天・Party Room】神様、お願いっ!

神様、お願いっ!<2011半月遅れバレンタインデー小説>


「は〜。落ち着くわ〜」
「お前な〜。どこの疲れたおばちゃんだよ、それ」
「あぁ? いいじゃない。お仕事終わったんだしさ」

 そう言ってまた一口。うん、おいしい。
 するとお客様を送り出したおじさんが何やらトレイに載せてこっちにやってきた。そこにはおいしそうなチョコレートのケーキが二つ。あ、あれ中が3種類のチョコレートムースになってるヤツだ。今日確か一番人気だったんだよね。確かにおいしいもの!

「はい、これは俺から。バイト代のオマケね。食べ終わったら食器はカウンターの上にあげといて」

 そう言って手早くそれを皿に載せて、カウンター越しに私と宮司に渡してくれた。

「お疲れ様。今日は本当に助かったよ、ありがとう」

 おじさんはそう言うと、私のお礼の言葉も待たずにまたショーケースの方に行ってしまった。 い、いいんだろうか。なんか金のかかるバイトで申し訳ない気分。

「いいからもらっとけば? 俺だって食うし」
「宮司は自分ちの店でしょ」
「いつもは食いたきゃ金払えって言われてるよ」
「あらら」
「だから堂々もらっとけ」

 宮司はくしゃっと笑って言った。私もつられてくしゃっと笑った。

「うん。いただきます!」
「……いただきます」

 ちょっと嬉しそうに笑ってこっちを見てる宮司の笑顔が超気恥ずかしくって、とりあえず目を逸らしケーキに専念することにした。あぁ、何なのこの妙なカンジ!?

 微量の金箔を散らしてあるクーベルチュールチョコレートは、何とも滑らかで艶やかでフォークを入れるのがもったいない。もう一度、ケーキに謝るみたいに手を合わせていただきますを言ってからざっくりいく。想像していたより柔らかく思っているより弾力のある生地。一口大にしてフォークで突き刺すと、三層になってるチョコムースが姿を現す。
 一番上には普通にスポンジ生地だけど、何が入ってるんだかすごくしっとりしてるんだよね。その下にホワイトチョコのムース、その下にスウィートチョコ、ビターチョコのムースがあって、一番下にはチョコのスポンジ生地。くっきりと5層になってるそのケーキは見た目にもかわいくて、それを一気に口の中へ。隣ででけぇ口って呆れていう宮司をよそに、口の中では甘さが広がり、疲れが一気に癒されていく。

「はぁぁぁぁああああああ……おいしいぃぃぃぃいいいいいいい!!!!!」

 いろんな甘さが混ざり合ってちょうど良くなってるの。おじさんはそれは全部その人の錯覚だっていうんだけど、これを食べる人はみんな自分にちょうどいい甘さだって思うらしいんだよね。自分に都合のいい甘さを舌でちゃんとより選り好んで食べてるって。私にはそんなんようわからん。それでもすごくおいしいっていうのはわかるよ、おじさん。

「うぅ……うまい」
「ぉ、お前なぁ」
「ん? 何よ?」

 宮司が何だか笑いを堪えてるような? 何?

「女の子が甘いもん食う時って、もっと幸せいっぱいそうにカワイイモンだと思ってた」
「は? 私がかわいくないと!?」

 あー、今、宮司まずったっていう顔した。いやいや、そこまで言ったんなら逃さないし。

「私はどうだっていうの?」
「……いや? いやぁ、別に」
「んんっ!?」
「いや、何つーか……怒んなよ?」
「怒んないよ」
「その、お前も確かに幸せそうだけど、何つーか…会社帰りのリーマン的な? 居酒屋でさ、ジョッキの最初の一口流し込んだ後の、お前、あぁいうカンジ」

 なんですって!?

「おぉぉぉおっさんじゃない!!」
「お前、怒んねぇっつったじゃん」
「う……でも、おっさんじゃない」
「そうか? 堂に入った食いっぷりで最高なんだけどな」
「何それぇ! 全然ホメてないしー!!」

 宮司笑ってる。超ムカつく!! 頭に来たので宮司の皿のケーキを思いっきりフォークで削ぎ落として奪い取ってやったわ!!!!!

 気付くと遠くから笑い声。見ると、おじさんと、ケーキを買いに来たお客さんがこっちを見てにこにこしてる。うぅ……何かしらあの生温かいカンジの見守る微笑み的なアレは。何だかすっごく気まずいじゃないの! あらあら…仲良しさんねぇ、的な視線に晒されてこっぱずかしいじゃないの!!

「気にすんな、帆波。あと、俺の取んな」

 そう言っておじさんに愛想笑いで微笑み返してる間に、さっき宮司から奪い取った分くらいを今度は宮司に持ってかれた。ちょっと! 私は悪くないでしょ!! ここは負けてらんないわよ? さらに宮司の皿からごっそり奪い取る。そこにまたおじさん達の暖かい視線……た、絶えられん。

「とっとと食っちまおうぜ。帰り何? チャリ?」
「ううん。今日は歩いてきた」
「そっか……」

 そしてまたケーキを食べる。時折弾みすぎるホドに弾む会話のネタは、今日の仕事と客のアレコレ。あ、お客さんの事をいろいろ言うとおじさん怒るから、そこいらは声をやや小さめに。堪えようとする笑いほどツボに入りやすくて、ケーキも飲み物もなくなる頃には二人して腹筋がいたくなってから、我ながらホントにバカだよって思う。

「食べ終わった?」

 ずっと様子を窺っていたのか、頃合いを見計らっていたのか。客足が途切れたのだろう、おじさんがこちらにやってきた。

「はい。ごちそうさまでした、おじ……祥太郎さん。すごくおいしかった」
「そう? ありがとう。で、仕事の話なんだけどね。今月はどうする? キリがいい来月からでもかまわないんだけど」
「あ、いえ。予定が入ってる日もありますけど、すぐ入れますよ」
「そっか、そいつはありがたいな。じゃ、予定を……そうだな、こいつのケータイにでもメールしといてくれる?」

 そう言っておじさんはくいっと親指で宮司の事を指差す。宮司は迷惑そうな顔で言った。

「なんで俺? 親父だってケータイあんじゃん。家のパソコンの方にだって送ってもらえるんだし」
「……じゃ、諒からアドレス聞いてそっちに送って」
「わかりました。じゃ、今月と来月の分、合わせて送っておきます」
「ありがとう。助かるよ」

 おじさんはそう言って、食べ終わった食器をシンクの中に突っ込んでいく。洗うからと言ったんだけど、それは丁重にお断りされてしまった。それじゃそろそろ帰るかな。まだショーケースの中のケーキは販売中、閉店時間にもあだあるし……残っていてももう私にできる事はない。店内をざっと見渡して、私はもう本当に何もやり残しがない事を確認すると、またおじさんの方を向いて言った。

「じゃ、お疲れ様でした。私、帰りますね」
「はいはい、お疲れ様。今日は本当にありがとう。帰りは? 航君か誰か、迎えに来るのかな?」
「え? あぁ、いいえ。バレンタインですよ? 航はデートだから来らんないですよ」
「そっかぁ……でも1人で帰すのは心配だなぁ」

 おじさんはそう言いながら、何かいいたげな顔で宮司の方をチラチラ見てる。宮司はまた舌打ちして、私の方を見た。

「言われなくても送ってくよ」
「そうかそうか。それなら安心だ……あ、いらっしゃいませ! どうぞ、ご覧になって……」

 来客アリ。おじさんはまたショーケースの方へ。私はまたフキゲンになってしまった宮司と二人、妙に気まずい空気の中に取り残された。あれ、なんだ? なぜこうも気まずい? 気まずくなるようなやりとりなんてあったっけ?

「悪いね、親父がバカで」
「え? えっと、なんで?」
「んー……まぁいいか。わかんねんなら」
「う、うん。あ、私、荷物とってくるね。あと別に送らなくても……」
「送る。あ、えっと……俺も上着取ってくるから。玄関の方に回って待ってて」

 宮司はそう言って、私より先にバックヤードに入って行った。そこから続く休憩室経由で自宅に戻るのだろう。少し遅れて休憩室に行った私は、貸してもらってたロッカーから荷物を取り出し、マフラー巻いて、上着を着た。さて、帰るか……って、あぁ、そうか。宮司が送るって言ってたんだった。別にいいのに。律儀な親子っていうか何ていうか。

 店に戻るとおじさんがちょうどさっきのお客さんを送り出しているところだった。一応私も会釈程度に頭を下げて客を送る。おじさんはオバサマキラーの異名をもつ笑顔で私を迎えてくれた。おいおい……。

「帆波ちゃん、お疲れ様ね。今日は本当にありがとう」
「いえ、楽しかったです。今度からは正式なアルバイトで来ますから。またよろしくお願いします」
「こちらこそ。あれ? 諒太郎は?」
「今、上着取りに行ってます。あぁそうだ。玄関の方に回っておけって言われたんだった」

 おじさんはにっこり笑ってまた話を続ける。おいおい、だから玄関の方にって言われたんだっつったんだけどな。おじさん、楽しそうなところ悪いんだけど、その話はいつまで……。

「おいっ。おっせぇーんだよ、帆波」
「あ、来た来た」

 おじさんが楽しそうに私の背中をすっと押し出す。それに流されるように、私は宮司の方にふらふらと歩いて行った。

「じゃ、失礼します」
「うん。またよろしくね」
「はい」
「……じゃ、送ってくるわ」

 手を振るおじさんにぺこりと頭を下げて、私は宮司と店の外に出た。