トラック買取 【蒼天・Party Room】神様、お願いっ!

神様、お願いっ!<2011半月遅れバレンタインデー小説>


 見るからに不機嫌そうな顔で諒先輩が近付いてきた。
 さっきまで店内で愛想振りまいてた人間と同一人物とは思えない。ちょっと、うけるかも。

「一番奥だからかまわねぇけど……通路に椅子とか、ホントはNGなんだからな。まったく」

 そう言って先輩は手に持っていたポットとかをテーブルに置いてまた席を離れる。戻ってきた時には、背もたれのないシンプルな丸イスを持っていた。それを俺達のいるテーブルのすぐ横の通路に置いて、跳び箱飛び越えるみたいに跨いでどんと腰掛ける。ちょっと斜めに出した足をゆっくりと組んで、諒先輩は頬杖をついた。めんどくさそうにティーバッグをポットから出してソーサーに置く。紅茶をカップに注ぎながら、先輩はおっさんに声をかけた。

「ねぇ。神様ってのはまぁ……信じてもいいわ。でなきゃ理解しづれぇコトいろいろあるから」
「ん? おぅ、そっかそっか」
「で、なんで帆波んとこ来てんの? 何しに来たの、神サマは???」

 なんかもう尋問。見てる分には面白いけど、先輩、それじゃさすがにおっさんも答えづれぇんじゃねーの? お、でもおっさんちゃんと答えるっぽい。さて、どうくる?

「あ? 何ってそりゃ、カミサマはリベンジに来てんだよ」
「リベンジ? 何だそれ」

 肩透かしをくらったみたいな顔で先輩が紅茶を一口啜る。おっさんはちょっと満足そうで、何つーか……そう、どんなヤツか品定めしてるっつったら先輩怒るだろうけど、でも何かそんなカンジ。

「リベンジっつったらリベンジだろ? 俺、いっぺん帆波のことを突き落としちゃったっぽいもんで」

 軽口みたいに言ってるけど、自嘲してるっつか何つーか。何だろ、なんかイタイ。あーあ、おっさん! あんた何て顔してんの! ほら、先輩も何だか怒ったみたいな顔のまんまで固まっちゃってんじゃん。あれ、でも先輩は先輩でやっぱ何か言おうとしてんな。何言う気だ?

「あぁ……あれ、ホントだったんだ」
「あれって?」
「昔、すっげー昔聞いた。なんか神様なんてどうせ何にもしてくんねーとか何とか」
「あぁ、そう」
「あぁ」
「そっか……そんな昔から帆波と面識アリってわけだ」
「親同士が仲良かったからな。たまに顔を合わせてただけだ。そん時に何度も言ってたから、だから知ってんだよ」
「……あぁ、そう」

 自分で聞き返しておいて、すげぇ苦しそうにおっさんが話すから。だからつい横から口出ししたくもなるんだけど……でもたぶん、これは俺じゃどうにもなんねぇ気がする。っつーかこのヒト達、ホントに姉ちゃんどうにかしたいのな。でもって先輩、マジで姉ちゃんの事好きなのな。

「で?」

 紅茶のカップ置いて、先輩が身を乗り出す。

「何やってやったんだよ。何回かこっち来てんだろ?」

 ちょい視線をおっさん側に向けて先輩が聞いた。おっさんはというと、何かちょっと考えてたみたいだけど、そっからはちょっと情けないような顔になってもじもじしてるおいおい、おっさん。ここでどうしてそんな態度よ? ここでビシッとさ、俺は帆波のために……っとか言ってやんじゃねぇの? あーでも待てよ? おっさんがいったい何やったっけ? まぁ親に会わせてくれたのとかはあったけど、でも他にしたことっつったら……あ、おっさんの情けねぇ顔のイミ、なんとな〜くわかっちったかも。そして無意識にプレッシャーかけてくる先輩。まぁ気になるよな、仕方ないっちゃー仕方ないか。おっさん踏ん張れ!

「何、言えねーような事なわけ?」
「いや、そういうわけじゃないけどぉ」
「けどぉ……じゃねぇよ。ほら」

 やべ。笑いそう、俺。

「まずは、お、大掃除? ほら、電球替えたりワックスかけたり、いろいろやんだろ?」
「は?」
「それとまぁ、ゴミ出し? やっぱね、いつもとは量が違うから。大変よね、ゴミ出すのもね」

 おぉぉ面白ぇぇえええっっ! 嘘は言ってねぇ、確かにそんな事しかやってねぇ!

「あとはその……買出し付き合ったりとか。ほら、年の瀬ってのはさ、いろいろあんだろーが。こんなおじさんでもよ、男手が増えるってのは大助かりってわけよ」

 絶えろっ。絶えろよ、俺っ!

「まぁ初詣に行きたいっつー帆波の希望はイマイチ不発だったっつーか。あぁ、そりゃお前も知ってるよな、諒太郎」
「りょ……まぁいい。っつーか! それ全部カミサマ全然カンケーなくね!?」

 言った! 先輩言っちゃったよ!!

「そ、それはそうかもしれませんがぁ、実際にそんなこんなの年末年始だったわけですしぃ」
「いや、そういう話じゃなくてさ。カミサマ、なんだよね?」
「はい。おじさんは神様です」
「……そんなもんのために来たワケ?」

 ダメだ。涙出てきた。おぉっもしれぇぇぇ、おっさん最高! しゃーないな。助け舟、出してやるか。

「いやいや、それだけじゃないッスよ、さすがに」
「え、何!?」

 突然割り込んだ俺の方を諒先輩が見る。思わず喉を鳴らして息を呑む。

「何かあんの?」

 少しぶっきらぼうと思えるくらいの言い方は先輩なりの照れ隠し、長い付き合いでわかってる。わかってるけどやっぱちょっとびびる。でもここは黙ってちゃだめだ。先輩もおっさんも姉ちゃんのこと真剣に考えてくれてる……っぽい。だから……。

「先輩も見たでしょ? うちの……死んだ両親。あれ、おっさんの仕業っぽい」
「っぽい? ぽいって何だよ」
「いや。いやぁ……だってほら、すげー信じられないような事が起きてんスよ? なんか言い切っていいもんなのっとか思うじゃないスか。でも親から話聞いたカンジじゃ、なんかそうらしいし……っつかね、だいたい死んでるのに会えて、しかもあんな風に……先輩も知ってるっしょ、あれ」
「……だな。そうだよな。何、おっさん。それでリベンジ終了ってこと?」

 俺のイマイチ度全開な話を聞いて、でもちゃんと理解してくれて先輩がおっさんに話を振る。俺もそこいら気になるから、一緒になっておっさんの方を見た。おっさんを見る視線は俺達だけじゃなかった。ちょっとびっくりしたんだけど、窓の外にも……二人。父さんと母さんだ。

「うわっ」

 先輩がちょっとびびってイスから落ちそうになった。まぁそうだよな、普通に考えたら幽霊、か?
 不思議なことに窓の外にいる両親の声もこちらに聞こえる。そして霊感うんぬんカンケーなく、どうやら二人の姿は俺達にしか見えてないらしい。店内からは特に変わった様子は見られない。姉ちゃんにも見えてるはずだけど、どうやらカウンターの方が忙しいらしくってこっちを気にしてる様子はあるけど足を運ぶまでの余裕はないみたい。

「び、びびった。いきなり姿見えるようになったし……って、見えてんの、俺らだけか?」
「らしいッスね。誰も驚いてないし」

 店内をあらためて見回しても、やっぱ誰かに気付かれてる様子はまったくない……にしても外の二人、やけに楽しそうじゃないか? まぁ姉ちゃんの働いてるとこみたいとは言ってたけど……あぁ、そっか。そこいらへんもひょっとして聞きたいとか思ってんのかな、先輩は。

「ってか先輩。今日おっさん来たのってさ、うちの両親のわがまま聞いてやったからなんスよ。二人がどうしても姉ちゃんが働いてるところ見たいってきかなくて」
「は? そうなの?」

 拍子抜けといった様子で先輩がおっさんの方を見る。おっさんはにやりと笑って言った。

「父ちゃんの方は、それだけじゃないみたいだけどな」
「それだけじゃないって……あぁ、親父?」
「ばーか、お前の親父さん見てどうすんの。わからんかなぁ」
「わかるかよ、そんなもん」

 からかわれているように思ったのか、先輩、すぐキレる、超機嫌悪ぃ。でもそれ見て外から声がする。

「ほら、ろくでもねぇ息子だろ? マスターに対してあの態度、あの言葉使いはなんだ」
「諒ちゃんにマスターも何も関係ないじゃない。それどころかただの胡散臭いおっさんよ?」
「お前、マスターに対してなんだそれは」
「イヤだ、諒ちゃんにしてみたらって話でしょう?」
「だいたいなんでちゃん付けなんだ? 祥太郎の息子だぞ!?」

 さすがにこれで先輩も気付く。そう。両親は先輩のことも気になってるみたい。

「……な、何、俺? なんかすっげ睨まれてんだけど、何?」

 居心地悪そうに窓の外から目を逸らして、先輩が紅茶を飲み干してまたポットから注ぐ。
 おっさんは窓の外を一瞥してから先輩に言った。

「そりゃお前……娘の周りをウロウロしてる男がいたら、そりゃー男親は気にするってもんだろう?」

 先輩、がばっと顔を上げておっさんを見る。

「ウロ……っつか俺、あいつの何でもねぇじゃん。何、この視線。おっさん何か言ったんじゃねぇだろうな」
「何か言われちゃマズい事でもあったか?」

 言われて先輩、思わず言葉に詰まる。ダメだろー。そこで詰まっちゃダメだろー。先輩、ほら。なんかすごいプレッシャーが窓の外から、ほら、ほらほら……おぉ? なんか踏ん張ってるな。先輩、何か弁解すんのか? いやいや、何にも言ってないと思うけどなぁ、おっさん。

「ないって言い切れねぇからどうにも気まずいんだろうがっ」

 声ちっさ! めっちゃ声ちっさ!! あーあ、まったく……先輩、どんどん自分で自分追い込んでるっての、わかってんかなぁ。そしたらおっさんが突然何か思いついたような顔で先輩に言った。

「なぁ。何かあってもなくても針のムシロなら、いっそ彼氏に返り咲いてみちゃーどうよ、ん?」

 は? おっさん何言ってんの!?
 いや、それは先輩も思ってるっぽいな。外も、いや、父さんも大変な騒ぎだけど、それは母さんがどうにか抑えてる。なんだ、うちの両親はそういうパワーバランスなわけ? ガキん頃をよく覚えてないから実感わかねーけど、なんか仲良い楽しげな夫婦だったんだな。息子としちゃー嬉しい限り。

 それにしても、おっさん何考えてんだろう。また見たことない顔。よくわかんねぇけど、なんかおっさんは先輩のことを試してる。何を試してんかはわかんねぇけど、でもおっさんは諒先輩しかいねぇみたいな事言ってたんだ。ここは俺は様子見するしかなさそうだ。

「返り咲けって……そんな簡単になれるもんじゃねぇだろうが! 何考えてんだよ」
「何って、言葉のまんまだろ? 諒太郎、忘れてねぇか? 俺、神様なんだぜ?」
「……掃除が得意なおっさんだろ」

 憎まれ口叩かれても、おっさんはいわゆる『不敵な笑い』ってヤツを浮べて先輩から目を逸らさない。でもまぁ確かに、おっさんは神様だからな、できなくもないよな。だけど……それじゃ前に話した事と違ってないか? 違ってるけど……でもそれが何か考えがあって言ってんなら、俺はたぶんここはおっさんに援護射撃いっとけ、だろ。

「家事が得意な愛のキューピッドがいたっていいじゃないスか」
「はあ? お前まで何言い出すんだよ、航」
「おっさんがそんな事しかしてねぇんは、姉ちゃんの方がまだそれだけのもんじゃなかったってことなんッスよ」
「なんだよそれ。イミわかんねーし」
「いやいや、そうでもないって、先輩。無精髭のおっさんキューピッド、信じてみるとかどッスかね?」
「そんなんもうキューピッドでも何でもねーただのおっさんだろ。っつか知るかよ俺が」

 そうは言ってるけど、先輩これ、食いついてきたっぽいな。さて、おっさんはどうする?
 父さんと母さんは……お、静かになってる。おっさんの言葉を待ってんだな、これ。

「あいつ、帆波な、すげぇ泣いたんだよ。1年前」
「……なんで?」

 やっぱり。おっさん、すげー先輩のこと観察してるのがわかる。まったく……胡散臭いおっさんっていうか、大人っつーのはわかんねーな。おっさんの行動ですぐに何事かって対応できるうちの親もすごい。さて、イマイチついていけてねぇお子サマな俺にも、そろそろわかるように話をしてくんねーもんかな。

「理由はいい。重要なのは、人相変わるくらい泣けたってコトだ。あいつが、だぞ?」
「そりゃ……泣くこともあんじゃねぇの?」
「違う。わかってんだろ? そんなにあいつが泣くなんてって、内心驚いてんだろう?」
「……だからって、なんで彼氏になるならねーの話になんの。それって、俺の問題じゃねーだろ」
「俺が普通のおっさんだったらな。なぁ、諒太郎、俺は神様だっつってるだろ?」

 先輩の表情が微かに歪む。でもって俺は何となくだけど、おっさんの見たいのは何かってのがちょっとわかった。先輩、先輩は?

「考えてもみろよ、諒太郎。お前の想いが報われるんだぜ?」
「…………っ」

 先輩、間違うなよ。頼むから!

「助けてやるっつってんだよ、ミヤジくん?」

 ……おっさん、性格悪ぃ。ここで呼び方変えてまで先輩に感情的に答えを出さそうとしてる。
 先輩が小さく溜息を吐いた。

「話、そんだけ? 悪ぃ、休憩終わるから。伝票貸して。これ、店の方でもつわ」

 いきなり話を切って先輩は立ち上がった。よしよし、先輩。それがたぶんアタリだわ。しかし下手くそっていうか何ていうか……先輩あれ、かなり怒ってんじゃないかな。当たり前だよな。そんなアホみたいな方法で彼氏になったってなぁ。だったらもっと早くどうにかなってる。焦った結果が去年のフタマタ事件なわけだから……うん、先輩。やっぱ先輩だわ。

 気付いたら窓の外の両親はいなくなってて、代わりに俺の彼女が向こう側からこっちを覗き込んでた。なんか首突っ込みたそうな笑顔で窓をコンコンって叩いてる。

「あ、悪ぃ。来たみたいだから俺行くわ。おっさんはどうする?」
「こっちも用事は済んだっぽいな。さて、おじさんも帰るか」

 カウンターの中で支度をしてる先輩はこっちをもう振り返りもしない。先輩がそんなだから、姉ちゃんがすげー怖ぇ顔して俺らの方を見てる。それなのにおっさん、そりゃもう満足そうな顔して笑ってんだから……まったく! 胡散臭い神様だよ、ホント!!