SEO 【蒼天・Party Room】神様、お願いっ!

神様、お願いっ!<2010遅すぎ新年突発企画小説>


「そうだ! おっさん、初詣、行かない?」

 いきなり切り出されておっさんが戸惑ってる。

「え!? いや、俺はいいって……せっかくビール買ってくれたのによ。おじさんこれでこたつでくつろぐって決めてんだけど」
「何を言ってるのよ。藁掴もうと必死になってる人間の姿でも見て、改心しなさいっての。よし、家に帰ったら航も誘って行ってみようよ、ね!?」
「いや。だから俺はいいってば。おじさんはおじさんらしく、だらだら飲んだくれて新年迎えんだからいいんだって」
「またそんな事言ってぇ、藁に手を伸ばす人間が見たくないんでしょ!?」
「そんなんじゃねぇよ、ただ藁に手を伸ばそうともしねぇ人間が気になってるだけだ、馬鹿。いいからこたつ! こたつでビール!!」

 頑なに家でくつろぐと主張するおっさんを引っ張りながら、私はアパートへの道を急いだ。

「ちょっと歩くんだけどさ、けっこう大きな神社があるの。あ、ひょっとしてさ、神様って所轄のところに入っちゃいけないとか?」

 思いついていってみた。縄張りとかあるなら、確かにちょっと困るかも。

「所轄ってなんだよ」

 おっさんはそう言って笑っただけだった。え? じゃ結局どうなの? いいの!? よくわからないけど、まぁいいや。
 初詣の話をしたら、外に出るのが面倒なんだか、くつろぐ気マンマンだったおっさんはちょっとブルーになっちゃったんだけど、それでもアパートにつくやいなや、玄関のドアを開けたおっさんは中にいる航に向かって声を張り上げた。

「起きてっか、航!? 帆波が神社に初詣行こうっつうんだわ。お前もどうよ?」

 少しだけ間を置いて私の部屋から航が顔を出した。目をこすってる……どうやらうっかりうたた寝をしていたみたい。こたつの魔力、おそるべし。

「え、何? そんな話になってんの? 俺のアイスは?」
「ほらコレ。冷蔵庫に入れといてくれよ」
「ほい〜って、おっさん? おっさんまさかその恰好で行く気?」

 弟の言葉に、三人の視線がおっさんの服装に集まる……なるほど、これはひどい、かも。なにげに人少なくはないもんね、あの神社。やっぱり縁結びの神様が祀ってあるっていうのは、集客率上がるわよね……って、客じゃないか。
 でもホント、これじゃーちょっとおっさんアレだわね。私と航が顔を見合わせて溜息を吐くと、おっさんがばつが悪そうに口を開いた。

「じゃ、おじさん留守番しててやるからさ、お前ら二人で行ってこいよ。だぁ〜いじょうぶ、何も盗ったりしねぇよ。俺、神様だし」

 キッチンの方に向かう弟の後を追うように、そう言ってさっさと部屋の中に入っていこうとするおっさんの半纏を私は無意識に掴んでいた。驚いたおっさんが振り返って足を止める。

「何? そんなにおじさんと行きたいの、初詣。そんな一緒がいいの、初詣。んん?」

 笑っているような、怒っているような、そんな妙な顔をして、おっさんは私と戻ってきた航とを交互に見る。思わず航と顔を見合わせると、あっちもたぶん私と同じ気持ちっぽかった。何だかわからないけれど、一緒に行きたい気分、そんな顔をしてる。
 わがままってものに慣れてない私達はどうしていいかわからなくて、二人して黙って俯いてしまった。そして訪れる気まずい沈黙……折れたのはおっさんの方だった。

「あーもうっ! っだよ、まったく!! おじさんなんか置いて若い二人でどうぞだろうが、この野郎!! わぁったよ、わかりましたっ。一宿一飯の何とかを数日分ってコトで、初詣でも何でも付き合ってやるよ、まったく!」

 溜息混じりにまるで吐き捨てるように言わせてしまったけれど、おっさん、ちょっと照れたような顔で、それごまかすように困ったような変な顔をして、スウェットのポケットから携帯を取り出した。

「わりぃ、ちょっと電話」

 そう言っておっさんは玄関から外へ出た。一瞬逃げるのかとも思ったが、扉の向こうからぼそぼそという話し声が漏れ聞こえてくる。どうやら本当に電話をしているらしい。でも神様っていったいどこに電話するの? ちょっと興味あるかも。
 私と航二人で玄関の扉に張り付いて盗み聞きでもしようかとしたその時、その扉が勢い良く開かれ、そこに手をついていた私と航はバランスを崩してよろけてしまった。

「何やってんだよ、お前ら?」

 どうやら用事が済んだらしく、おっさんは靴を脱いで部屋の中に入って行ってしまった。

「ほら、中入れ! ちょっと頼んだんでそのうち俺の遣いっつーか人来るから。あー、そうだな。お前ら自分らの部屋で待っときなさい。俺はさっき買ったビールをちょっくら飲ませてもらって待つわ」

 そう言っておっさんはさっさとキッチンに行ってビールを取り出すと、リビングで飲みながらくつろぎ始めた。
 私と航はわけもわからず、ここはひとまず言われた通りにしようと自分達の部屋に戻ることにした。扉を閉めてふと気付くのは、久しぶりに一人を実感している自分……そういえば最近はドタバタを大騒ぎで、寂しいとか私がしっかりしなくちゃとかそんないろいろ、考えてなかったかもしれない。いつも寝る前には自分に言い聞かせてたのにな。
 さっきまでにぎやかだった、ゴミと食べ物が山になっているこたつが目に入ると、ふと気付いたその自分の気持ちが嘘ではないことを思い知る。そうか、私、今すごく楽しいんだ……
 座ることもしないでしばらく物思いに耽っていたら、不意に部屋のドアがノックされた。

「はい?」
「あの……マスターに仰せつかってまいりました。帆波さんのお部屋はこちらでよろしいですか?」

 女の声だった。私なんかにすっごく丁寧に……っていうかマスターって!? まままままさかおっさんの事? でも流れから言っておっさんがマスターよねぇ? っつかマスターって面じゃないでしょ、何、呼ばせてるの? マスターって呼べとか言っちゃってるのか、おっさん!!
 私が勝手に『マスター』の一言にツボって笑いを堪えていると、戸惑ったようにドアの向こうからまた声がした。

「あの……?」
「あぁっ、ごめんなさい。あの、どうぞ?」

 私が声をかけると、黒のパンツスーツに黒ネクタイ。いわゆる『黒服』の髪の長い女性がそこに立っていた。綺麗な人みたいだけど……なんで家の中でまでサングラス? いや、夜だからそもそもサングラス自体おかしいでしょ、変でしょ。

「こんばんわ、帆波さん。お元気そうでなによりです」
「あの……私の事をご存知なんですか?」
「え? あ、あぁ……その、マスターと一緒にいましたから。随分前から気にかけていらっしゃいましたし」
「随分前から、ですか?」
「はい」

 女の人はそう言って、手にしていた包みを床に大切そうに置いた。

「では、帆波さんはこちらに着替えていただきます。マスターに言われてこちらで用意させていただきました」

 そう言われて女の手もとを見ると、驚いたことに振袖と、着物の着付けにたぶん必要であろういろいろなものがずらりと並べられた。

「え? あの……それを私が?」
「はい、そうですよ。私がお手伝いさせていただきますので大丈夫ですよ」
「それは、そうですけど……」
「世話になったお礼だそうですから、どうかお気になさらず……遠慮せずにお召しになって下さい。きっと、お似合いですよ」

 女の人はそう言うと、サングラスをしたままで手際良く準備を始めちゃって、何が何だかわかんないけど、私もちょっと着物とか着てみたいかなぁ〜っとか思っちゃったりで。うん、良し。ここは乗っかっちゃったって、いいよね?

「えと、その、じゃ……あの、お願いします」

 私が服を脱ぐ手を止めて頭を下げると、その人の動きが止まり恥ずかしそうに小さく笑った。そしてそれをごまかすみたいに勢いよく立ち上がって、決して着付けになれているとは思えない手つきだけど、一生懸命私に着物を着付けてくれた。なんか楽しいのかな、時々鼻歌とか聞こえてきたの、たぶん空耳じゃないと思う。かっこよく帯も締めてもらって、その後、髪までセットしてくれた。いいって言うのにメイクまで仕上げてくれて、ホント、いたれ〜り、つくせ〜り。

「どう?」

 そう言った本人が一番嬉しそうで満足そうにしているのがちょっとおかしなカンジだけど、姿見にうつった自分を見て、私もその女の人と同じような表情でにんまりと笑ってしまった。うん、いいじゃない似合ってんじゃない?

「似合いすぎっとか、思ってるんじゃないかしら?」
「バレちゃいました? でもこれ、おっさ……マスターさんの見立てなんですか? すごく柔らかで優しい色合い。女性っぽいチョイスだなって思ったんですけど……」
「あら、鋭いですね。実はこれ、私が……」
「あなたがですか!」

 何だかすごく嬉しくなって、その人の手をガバッと取っちゃって、そしたらやはり、ドン引かれたというか、固まってしまった。あぁ、私。さっき会ったばかりの人間にいったい何をやってるのよ……キモコワイ人になってるよ、私。あぁぁ、困ってるよぉ、せっかくキレイにしてもらったのに、馬鹿か私は!
 慌てて手を離して、とにかくひたすら頭を下げた。あぁ、もう……

「ごごごごごめんなさい。何やっちゃってんですかね、私。引いちゃいますよね、ホント」
「いえっ、そのっ、こちらこそごめんなさい。そう言っていただけるととても嬉しいです。あの、そんなに喜んでいただけるとは思っていなくて……」

 なんだ、そういう事か。私はもう一度その人の手を取ってお礼を繰り返した。

「素敵な着物を選んで下さってありがとうございます。今日一日、大切に着させていただきますね」

 その言葉のどこに問題があったのか、女の人ははにかんだような笑みに少し影を落としてゆっくりと頭を下げた。