札幌市 東区 賃貸 売り地 【蒼天・Party Room】神様、お願いっ!

神様、お願いっ!<2010遅すぎ新年突発企画小説>


 そして全てが片付いて、のんびりゆったりの現在、大晦日。あと一時間もすれば新年というこの時間。
 なぜか私の部屋のこたつには、弟とおっさんがいるわけで……

「ちょっと! なんで私の部屋? リビングにいきなさいよ」

 もう何度言ったかわからない台詞を繰り返す。それでもこたつの魔力にすっかりやられた二人は部屋から、いや、正確にはこたつから出ていこうとしない。少しずつ持ち込まれた飲み物や食べ物はいつの間にか山のようになり、すっかりくつろぎモードである。

 でもこんな年越し、久しぶりかもしれないな……なんて、内心どこかで喜んでる自分がいたりするのは、絶対に悟られちゃいけない。特におっさんにはね、何言われるかわかったもんじゃないもの!

「おっさ〜ん、大丈夫かぁ? 今年の大掃除、俺は相当楽だったんさ。ってことはどっかにとばっちりいってるっしょ、これ」
「あぁ……かもなぁ。俺もずいぶん神様やってるけどなぁ、こういう直接的なお願いってのぁ初めてだよなぁ。その、肉体労働っての? 体で御奉仕っての?」
「おっさん、最後のちょっとエロくせぇよ。言葉選ばねーと、姉ちゃん怒りだすぞ」
「そうかぁ? だぁぁぁっておじさん頑張ったよぉ? なぁぁぁぁぁのにさぁ、帆波ちゃんってばお礼の言葉も労いの言葉もねぇのよぉ?」
「マジでか!? おいおい、姉ちゃん。そりゃーちょっとひでぇんじゃねぇのぉ? おっさん、頑張ったぜ? すっげぇ働いてくれたぜぇ?」

 グダグダだらだらと、私の両サイドに寝転んでいる二人がこたつをはさんで会話してる。好きなことばっかり言ってくれちゃって、まったく。お礼も労いも言ったわよ……たぶん。

「お礼くらい言ったわよ。そこまでヒドイ人間じゃないわ、私だって! それよりか……おっさん? うち、アルコール類全然ないのよね、未成年しかいないから。良かったらコンビニ行って買ってくるけど、どうする?」
「姉ちゃーん。姉ちゃん一人で行ったって売ってくんねーよ? 面ワレてるし、年バレてるし」
「お、じゃぁ俺も行くわ」

 そう言っておっさんが立ち上がる。ひざの出たスウェットにヨレたトレーナー、寝転がってたから妙な寝癖までついてる。これが神様って、世の中のどれくらいの人が信じてくれるんだろうって思うと笑えてきちゃう。

「帆波。俺も行っていい?」
「え? い、いいわよ。なんでわざわざ聞くの?」
「いや……なんとなく」
「一緒じゃないと買えないんだし、助かるよ」
「そうか」

 そう言ったおっさんはどこで買ってきたのか、綿の入った半纏を着込んだ。

「ねぇ」
「ん?」

 呼びかけると、間の抜けた声でこちらに向けて顔を上げる。その手には煙草とライター。半纏の内ポケットに仕舞ってる。

「その恰好で行くの?」
「あ? うん……そこのコンビニまでだろ? あら? 変?」

 そう言って手を広げて自分の恰好を確認してる。こたつでは航が腹を抑えて丸くなって笑いを堪えてて、私も噴出しそうになるのを必死で堪えた。

「あら? そんなに変?」
「変っていうか……いいの? 神様がそんなヨレた恰好で人前に出ちゃっても」
「ヨレてんのか、俺は。やっぱ変なんじゃねぇか! っつっても、これじゃなかったらアロハかスーツだぞ。もっとおかしいだろうが」
「いいよ、いい。それでいいって! 航! 何か買ってきて欲しいもんはある?」

 こたつの布団に隠れて声を殺していた航は、すでに涙目になるほど大笑いしていた。それを見たおっさんが口を尖らせて拗ねているのが妙に面白い。

「お、俺……何か炭酸。炭酸飲みたい。あとアイス食いたい。おいしいヤツ」
「おいしいヤツ、ね。了解。じゃ、ちょっと行ってくるね」

 そう言って玄関に向かって歩き出すと、おっさんがのそのそとついてきた。

「どうしたの? 行くわよ?」
「……だって、あんなに笑うし。おじさん、ちょっといじけた」
「何を今さらかっこつけようとしてるのよ。ゴミ捨て場に落ちてた人が偉そうなこと言わないの、大丈夫だって。大晦日だから多少はいつもより人も多いだろうけど、私だってすっぴんだし」
「お前のすっぴんはいつもだろう? あーあ、もうちょっと何か着るもん持ってくりゃ良かったかなぁ……」
「ゴールドあるのに、買わないの?」
「そういう風には使わないの、あれは」
「ふぅ〜ん……」

 玄関のドアを開けると、冷たい空気が纏わりついてきた。でも何だかその寒さが心地良い。
 吐く息が白くなる。最近はずっと暖かかったから、こんな夜は久しぶりな気がした。アパートの前の通りは思ったよりも人が少なかった。というよりほとんど人通りがなかった。
 誰もいない道を、おっさんと二人並んで歩く。隣のおっさんが煙草に火を点けて、暗い夜空に向かってフーッと煙を吐き出した。

「寒いな、けっこう。大丈夫か、帆波」
「平気。おっさんこそ、裸足よ? 寒くないの?」
「寒いっつーか、痛いな」
「それ冷えすぎ! しもやけの神様なんてカッコつかないわよ! いいや、コンビニで靴下くらい買ってあげるわ」

 笑いながらそう言ったらおっさんが驚いたように私の方を見るから、逆に私が驚いた。何よ、私何か変なことでも言ったかしら?

「何よ?」
「いや。その……買ってくれんの?」
「大掃除、頑張ってくれたしね。それに……見てるこっちが寒いのよ、その足! だから靴下履いて、頼むから」
「……へいへい」

 そう言って笑うおっさんの顔は、何だかちょっと嬉しそうで、うかつにもそれを見た私までちょっと嬉しいような、妙な気分になってしまった。あぁ、あれだわ。情が移るって、こういうのを言うのね、きっと。

 そんな事を考えながら、おっさんと他愛もない話をしてコンビニまで行き、買い物を済ませた。レジでは私が財布を出したと同時におっさんが伝家の宝刀『ゴールドカード』を出したりしたから、この程度の買い物でそんなもん出すなとか大もめにもめてレジのバイトのお兄さんをドン引きさせてしまったが、店を出たらなぜか笑いが止まらなくなり、おっさんと二人で涙を流しながら大笑いした。
 他のお客さんとか、駐車場の車の人達がナニゴトかって顔で見てたんだけど、何でか私はそんなの気にもならないほどに楽しい気分でいっぱいだったのよね。
 まだ笑いが燻ってたけど、そのままアパートに向かって歩き出したら、荷物を持ってくれてたおっさんが何やらキョロキョロと回りを見回してる。

「何? どうかした?」

 そう訊いた私に、おっさんは立ち止まって来た道を振り返ると、少し首を傾げて言った。

「いや、何かお前の事を見てたヤツがいた気がしたんだけど……あれ? 気のせいだったんかね」
「私を? 誰だろう……男? 女?」
「たぶん男。お前、心当たりは?」
「……あるくらいなら、こんな年越しはしてないでしょ」
「それもそうか……まぁ、わかんねぇならいいか」

 それでも何か気になるようでちょくちょく後ろを振り返ったりしてたけど、あいにく私にそんな思い当たる男なんているわけない。なんせイブのデートで呼び間違われて二股発覚するような強運、いや凶運の持ち主なんだから。
 何だかそう思ったら、我ながら気の毒な男運。ちょっと情けなくて逆に笑えてきた。変なとこで苦笑してたからかな? おっさんが不思議そうに私の事を見てた。

「どうしたのよ、帆波。顔、笑ってんぞ?」
「そう? あぁ、ほら……さっきの話? 心当たりの男はいないかって」
「それが? あ、やっぱり誰か思い当たるのか!?」
「違うよ。我ながら男運ないよなぁって、思ったら笑っちゃった」
「何だよ、そりゃ。それこそアレだよ、神頼みでもすりゃいいんじゃねぇの?」

 おっさんが呆れたようにそう言って、コンビニに入る時に灰だけ落として消した煙草に再度火を点けた。

「……やだ、貧乏ったらしい。それ、さっきの吸いかけじゃないの?」
「ぉお? あぁ、そうそう。まだ長かったし、もったいねぇじゃん」
「ゴールド持ってんのに、なんでそう……まぁ、いいけどね。あーあ、まったくもう! あんたに会ってから、神様のイメージがボロボロよ!」

 そう言って背中をどんと叩くと、おっさんはわざと大げさに前につんのめってよろよろと二、三歩前に進んだ。

「本人目の前にしてひでぇな、オイ……」
「だって! だって、そうじゃない。そういえばあんた神様って、名前、何? どこの神様なわけ?」

 そういえばこの人の名前を知らないと思って聞いてみたんだけど、おっさん、何だかまたすごく驚いた顔をした後、今度はすごく困った顔をして頭をばりぼりと掻いてる。私、何かマズい事でも言った? いったいナニゴトだろうとずっと見てたら、困った顔したまんまでおっさんが話し始めた。

「ん〜、どう言やいいんだか……俺の場合、おの何か特別な宗教だとか、そういうもんじゃあないんだよねぇ」
「どういうこと?」

 そう聞き返すと、おっさんの鼻から煙草の煙がじわ〜っと沸きあがるみたいに出てきて夜の冷たい空気に溶けていった。あぁもう、本当におっさん、ムードも何もない。もちろんそんなもんをおっさんに期待してもいないけど。

「ほら、困った時とか? もう後がねぇって時とかに『誰か助けて!』みたいに思ったりすんだろ? ガキん時に親を生き返らせてくれって俺に言った、帆波のあの気持ちだな。あぁいう時のその縋りたい『何か』が俺?」

 おっさんの言葉に、胸の奥底に仕舞いこんでるちょっと苦しい思い出が見え隠れしてチクチクする。それをまた無理矢理押し込めて、私はおっさんに言った。

「えーっと、溺れる者が掴む藁、みたいなもの?」

 それ聞いたおっさんは、ちょっと納得行かない様子で顔を思い切り私から逸らした。

「うんこの次は藁かよ……まぁ、いいけどさぁ、もうちょっと何かねぇもんかなぁ、帆波ぃ」
「ごめん、例えが悪かった? でも、そういうコト、よね?」
「……そうそう、俺はその藁みたいな存在よ。けっこう大変なんだぜぇ、藁やってんのも」

 そうかもしれない。なぜか私はそう思った。そう思った後、ふと思いついたことがあった。