任意売却 会計事務所 【蒼天・Party Room】神様、お願いっ!
 

神様、お願いっ!<2010遅すぎ新年突発企画小説>


 ほんの五日ホド前までは、キラキラと華やかだった街も、今は迎春モード一色っていうか何ていうか、あんなにはしゃいでたのが嘘みたいに厳かぶっちゃってて逆におかしい。
 いいんじゃねって思ったもんは、ある意味無節操に取り入れてきた日本ならではの季節の風物詩っていうか何ていうか……まぁどうでもいいけど。
 今年は年内最後のゴミの日がうまいこと大掃除と噛み合ってくれたおかげで、大掃除で出た膨大なゴミも、全て捨ててからの年越しとなった。去年はゴミ袋だらけのアパートの中で雑煮食ってたもんなー。
 それもこれも全部、あいつのおかげっていうか何ていうか……


『なぁ、姉ちゃーん……このアパートってぇ、ペットOKだったっけーっ?』

 近所のコンビニにお昼の弁当を買いに行ってた弟が、そんな事を言いながら帰ってきたのはクリスマスの明けた26日の昼頃の事だった。


「ペットォ? さぁぁ、どうだったっけ? っつーかOKも何も養えるだけの金がねぇっつの! 何を拾ってくる気だか知らないけど、そんな余裕うちにはないからね!」
「金銭的な問題か……んー、そっかそっか。なるほどね、ペットはOKだけど金はナシ……」

 そんな事をつぶやきながら航はダイニングテーブルの上に買ってきたものを袋から出して並べる。電気代節約のためにお弁当は全部コンビニで温めてもらったんだそうだ。
 袋から出すだけ出して自室に戻り、ダウンを脱いでまたダイニングに顔を出すと、冷蔵庫から麦茶を出して二人分のコップに丁寧に注いでくれた。

「あ、姉ちゃんそろそろ麦茶なくなるかも。作っとく?」
「ん? そうねぇ、頼んじゃっていい? あ、ごめん、ヤカン洗ってないかも」
「ほーい」

 そう返事をした航に昼食の方は任せて、私は早々に椅子に座らせてもらった。はぁ、よく動く弟で楽だわ、私。しっかし、よく食べるわねぇ、こいつ。お弁当いくつあるの、コレ。二人で食べきれる量じゃない気がするけど……そういえばこいつの食べ盛り宣言はもう何年目に突入? 食費だけでもオソロシイ金額よね、これって。

「ねぇ、航ぅ。あんたいくら何でもちょーっとコレ、ちょぉぉおおおーっとコレ買いすぎなんじゃない?」
「え? そうかな」
「そうよ! あんたいったいどんだけ食うつもりよ!? カップラと弁当合わせたってコレどう考えても3、4人分はあるわよねぇ?」
「ん? あぁ、まぁ……そう、ね。あるかもね」

 そう言って航は、何か落ち着かない様子で私の向かい側に座った。

「あんさー、姉ちゃん。ちょっと……話があるんだけど」
「な、何よ。いきなり改まっちゃって」
「うん。それがさ、その……ちょっと拾い物しちゃったっていうか何ていうか、さ」
「え? さっき言ってたペットとかの話? まぁあんた昔っから捨て猫とかそういうの、ダメだもんねぇ」
「いや、それとも何かちょっと違うような気もすんだけどな。その……いいかな」

 小さい頃から、それこそ両親がまだ元気だった頃から航はそういう捨て猫や捨て犬を拾ってきた。いや、大きくなってからはさすがに懐事情も理解して、涙目になってその捨て何とかの報告をしてきたり、写メ送りつけてきたりしていた。

 その航がまた何か気になるものを見つけてしまったらしい。こんな風に改まって話をしてくるのは本当に珍しい、いや、初めてかもしれない。よっぽど気に入ったのか……それとも怪我でもしてて放っておけないのかな?
 どうにも言いづらそうに、下を向いてぼそぼそと話す航を見ていたら、何だかもう本当に可愛くって、姉バカ魂に引火した炎がオソロシイ勢いで燃え上がっていくのを感じた。

「まったくもう……仕方ないなぁ。バイトの時間とか、増やして頑張ってみようか? あんたも協力しなさいよ、航」
「えぇっ? マジで!? マジでいいの、姉ちゃん!!」

 ガバッと顔を上げて、驚きで見開かれた目は小さい時のようなクリクリ〜のキラキラ〜ので、あぁぁもう、いくつになってもうちの弟はいいわ。マジでいいわ。

「うん! いいよ、姉ちゃんが許す!」
「マジでっ!? よっしゃー、じゃすぐ呼んでくる。ちょっと待ってて」
「そうね、って、え? 何? ちょっと! 呼んでって何っ!?」

 そう言って引き止める私の言葉も無視して、航は大急ぎで玄関のドアを開け放って、道路に向かって大声で叫んだ。え? 叫んだ!? そんな懐いてるってこと?

「ぅおーーーいっ! オッケーって!! 姉ちゃんOKくれたから上がって来いよー!!」

 って何? え? 待って航! あなたのお姉ちゃんにもうちょっとだけ考える時間を……っ!
 頭ん中ぐるぐるしているうちに、玄関の方から話し声が聞こえ、そして玄関が閉まり、さらに目の前に信じられないものが姿を現した。

「ほい、姉ちゃん。今朝ゴミ捨て場で拾ったんさ」
「よぉ帆波ぃ! 二日ぶり?」
「って、おっさんじゃねぇぇぇかぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!!」

 思わず駆け寄ってその胸ぐらを掴む。あぁそうだ、忘れもしないこのわかめ。この髭、この死んだ目! 神様だわ! これってばクリスマスイブの夜に言いたい放題言ってうちから出てったあのおっさんだわ!

「わ・た・る・きゅぅ〜ん?」
「……は、はい」
「お、おっかしいなぁ? 姉ちゃんにはコレ、おっさんに見えるんだけど。可愛い犬にも可愛そうな猫にも見えないんだけど、一億歩譲ったとしてもわかめかうんこにしか見えないんだけど!?」
「あれれ?」
「あれれじゃないわよ、ばかーーーーっ!!」

 まるで悪さのバレた小さい子みたいに、おっさんも航も思いっきり目を逸らしてどうにかやり過ごそうとかしてる。ふざけんじゃないわよ、そうはいくかっての!

「はい、却下。これは飼えません。ごめんね、航。このアパート、ペットはOKなんだけど、どうやらおっさんはダメなのよ」
「ひでぇな、帆波。かわいいおっさんじゃねぇか」
「お前が言うな。で、何がどうなってこうなったの? 説明して!」

 手を離して椅子に座り、足を組んで腕も組む。

「まぁいいや。とりあえず正座」

 約束事をやぶった時の私達姉弟の儀式のようなものだ。
 今回正座させられるのは当然航。そしてもちろん……。

「おっさん、あんたもよ!」
「俺もかよ!?」

 冷たいフローリングの上に航とおっさんが並んで仲良く正座した。

「で? 何がどうなったらこういう話になるわけ? おっさん、あんた来るのが早すぎたとか私に好き放題言って追い出されなかったっけ?」

 私がイライラ大放出で言い捨てると、おっさんはとぼけた顔して首を傾げた。

「あぁ〜あったかなぁそんなコト。おじさん最近もう記憶とか曖昧でねぇ……」
「はい黙れ。で、航。何よ、これ」
「何って……昨日の朝? ゴミ捨て行ったら、なんか捨てられてたっつーか何つーか……」
「それで?」
「いや、なんか気の毒になったっていうか。あ、でもさ、ちゃんと事情は説明したんだぜ? うちでは飼えないって」

 うあぁぁぁぁ、馬鹿。うちの弟、ホント馬鹿。飼えないとかじゃないでしょ、おっさんでしょ。あんなに可愛いとかさっき思ったのが嘘みたいに殺意すら沸いてきそうだよ。何なのこのおバカさんは!!

「そしたら『金か? よっしゃ、金の心配ならいらねぇよ。ほら、見てみろよ。コレコレ……』って、おっさんがさ」

 そう言って航は隣に座るおっさんを肘でどんどんと小突く。おっさんは思い出したようにハッとして、お尻のポケットから見るからに使いこんである財布を取り出した。本皮かな、何だか物はよさそうだけど年代物っぽいわね。よく言えばヴィンテージ? っていうか、中身入ってるようには思えない薄さなんだけど!?
 絶対ごまかされないんだかって、私が睨みつけてたら、弟に急かされておっさんがおもむろに財布の中身を見せてきた。

「……空っぽじゃんよ。それが何?」

 私が怒り心頭ってなドスの効いた声で言うと、弟が慌てておっさんから財布を取り上げてカードを数枚、取り出した。

「こっち! 姉ちゃんこっちだって!! ほら、これも……これも……おっさんゴールド持ってんさ!!」
「は!?」

 驚いて弟の手もとを凝視すると、確かにどれもこれも大手カード会社のゴールドカード……えっ!?

「なんでこんなおっさんがそんなに何枚もゴールド持ってんのよ」
「だからさぁ帆波ぃ。おじさんこれでも神様だからね。いろいろあんの、金もいるの。わかってないねぇ、昨今の神様事情ってもんをさぁ」
「わかるわけないでしょっ! っていうか何? 神様事情でゴールドカード!? どんだけ物欲どっぷりなのよ! そういう舞台裏的なアレは隠しておきなさいよ!!」
「何その俺が何でも金に物を言わせて解決してる的な言われよう!? そんなんじゃねぇよぉ? おじさん、けっこう堅い仕事してるからね。人聞き悪ぃこと言っちゃーだめよ、帆波ちゃ〜ん。神様だって拗ねるからね〜」

 そう言ってカードを弟から奪い取って財布に戻し、またポケットにしまう。不本意そうな顔をしてるけど、じゃー神様事情って他に何があるっていうの? あぁもう、このおっさんといるといろいろがっかりの大安売りだわ。まともに相手をするのすら馬鹿らしくなってきた私は、何だかもういろいろ面倒になってついつい言ってしまったのだ。

「食費はちゃんと入れること。あと家事は全て当番制、寝るのは航の部屋かリビングのソファ。季節柄、大掃除とか、やる事いっぱいあるから手伝うのよ、いい?」

 不機嫌丸出しといった風に腕組みをして大きく溜息を吐く。そしてチラリと横目でおっさんと航を見てみると、あろう事かめいっぱいハイタッチしてるし!

「よっしゃー! グッジョブ、俺ぇ!」
「ナイス、ゴールドカードォ! おっさん、これでしばらくうちいられるな」
「おうよ。よろしくな、航」
「こちらこそよろしく、おっさん」

 やられた! っていうか、これじゃまるで私がゴールドカードに目が眩んだみたいじゃないの!!
 とはいえ、正直この時期に男手が増えたというのは願ったり叶ったりで、普段は弟と二人でドタバタとやっていた大掃除も、おそろしくはかどったわけで……まぁなんだかんだで結果オーライだったっちゃーまぁそうなんだけどね。