「なぁ、航。ちょっと聞きたいんだが、いいか?」
「ん? いいよ。俺に答えられることなら何でも答えてやんよ」
「そうか……じゃ聞くが。あのミヤジくん。好きな子のスカートめくりとか、やってたクチか?」
「はぁぁあ!?」
あっぶね! レジ袋持った手、一瞬力抜けた。炭酸なんて道に落下させてみろよ、えらい騒ぎ……っつーか、おっさんいきなり何だよそれは!?
「いや、どうだったかなと、思ったわけよ……どう?」
「ワリ……おっさん。質問の主旨がわかんねー」
「なんでわかんねーんだよ!? おじさん、できる限りわかりやすく言ったつもりよ?」
「いやいや、全然わかんねーし」
呆れ顔の俺を見て、おっさんが落胆して肩を落としてる……が、いやいや、呆れるでしょ。だって全然意味わかんねーもん。それか何か俺みたいな若僧じゃーわかんねぇような、何かこう深い意味とかでもあんの? っつかスカートめくりって!!
「要するに、だな。好きな子にはついつい意地悪しちゃうの、的なタイプかどうかって話よ。どうなの? ミヤジくんって、そういう男!?」
あぁ、そういうコトか。
「……なんでそんな事聞くわけ?」
答えられることなら何でも、なんて言っちゃったけど、やっぱ勝手に他人の事をあれこれ言うのは気が引ける。それくらいの常識、俺にだってある。それに諒先輩の気持ち茶化すつもりなら、ちょっといろいろ話そうって気にはなれない。ここはやっぱ慎重に……姉ちゃんにも、諒先輩にも、カンケーある俺なんだから。
「なんでって……いや、何つーの?」
おっさんはそう言いながら煙草の煙を吐き出す。俺は煙草吸わないからわかんないんだけど、口から鼻から煙が出てくる様は何とも不思議な光景だ。なんでいっぺんに全部の穴から煙出てくんの? すっげ器用じゃね? 呼吸って意識すると鼻か口か、どっちかでしか俺はできないから。
……って、いやいや、そうじゃない。今はおっさんの答えを聞かなくちゃ。
「前に会った時、その、1年前? はさ、そういうタイプかと思ったんだけど……今日見たカンジじゃ、そういうんじゃなさそうかなっとか。で、どっちなんだ、と」
「あぁ……なるほどね。んー、知らね」
「知らないのか、航」
「うん。知らない。彼女いたかどうかとか、そういう相手にどんなんかとか、そういうのわかんない」
「そうか……いや、待てよ? 彼女……帆波一筋ならそんなもんいなかったんじゃないか?」
「だからわかんないって言ってるっしょ」
おっさんにはどうやら俺の言ってることが通じてなさそっぽい。おいおい、妙な方向に妄想働かせてんじゃないだろうな、おっさん。そしてそういう妙なカンってヤツはだいたい当たっちゃうわけで。
「そうか。可能性はなくもない、か? クリスマス直前で別れちゃったわけだしなぁ」
「おい、おっさん。いったい何考えてる?」
妙にキラキラしてる瞳がヤバい。おっさん、絶対になんかおかしな事考えてるって! あぁ、もうアパートの前だぞぉ……わけわかんねーコト、言い出すなよな、頼むから。
「つまり、だ。帆波一筋で脇目も振らずに帆波へと一直線に駆けて来たあいつはさ、まだまだ大人の世界を知らない、手を繋ぐのでも恥らっちゃうようなだな、そんな……くぅぅ、言えない。おじさんの口からはとても言えないわ」
「あー、そっち。そっちいっちゃったんだ、おっさん」
「どうするよ、航! 下手すりゃお前が先輩だったり……いやいや、待てよ? 父さん、お前をそんなふしだらな男には育てた覚えはないぞ」
「何がだよ!! 父さんでもねーし、ふしだらでもねーよ!!」
おっさん、聞いてない。いや、計算のうちか? わけわかんねーけど今までで一番イキイキしてんのは間違いねーわ。どうするよ、これ……って、あ、やべ。先輩外出てきた、こっち……見てる? 部屋まで声聞こえたか?
「なぁ航。あのチェリーな先輩と話がしてみたいんだけど」
「誰がチェリーだ……っつーか、何の話?」
あぁぁぁあああああ、超フキゲン。この顔はヤバいよ、おっさん。
「お、丁度良かった。チェリ男くん」
「誰がだジジイ! 丁度いいって何がだよ」
「あー、先輩……その、どうしたんスか?」
「荷物持つの手伝ってやれって言われて来てみたけど……何、何の話してんの?」
先輩超フキゲンだよぉ。これって俺らのせい? それとも姉ちゃんとなんかあった!?
焦ってる俺をよそに、おっさん咳払いとかして超マジ顔。でもこのマジ顔は本当に真剣な顔じゃねぇな……いったい何話す気だよ、おっさん。もうゴタゴタさせんなよ?
「ミヤジくんはさ、好きな子いじめて遊ぶってぇタイプじゃなさそうだよな……航と違って」
「なんで俺っ? いや、否定はしねぇけどさ。だってさ、女の子なんて笑ってりゃかわいいの当たり前じゃん? それよっかさ、困った時とかのふくれっ面とか泣きそうな顔とか、いいじゃん。もっと弄りたくなんじゃん」
「ほれ、こういうタイプなら俺もわかるんだよ、ミヤジくん」
「ほれ……じゃないでしょ、おっさん。何? なんで俺今話フられたんさ!?」
「いや、何つーかお前はSだと確信しての引用だ」
「……何だよそれ。いい? おっさん。わけのわかんない話したら俺、ホント怒るよ。わかってる?」
おっさんは咥え煙草でちょっと考え込んだような顔をした後、荷物先に置いてくるわ、と言って一人で部屋に戻って行った。でもすぐに姉ちゃんちのドアが開き、おっさんが新しい煙草を取り出しながら寒そうに肩をいからせて、またゆっくりとこっちにやってきた。
「ほい、お待たせ。寒いとこで悪いけど、帆波いない方が話しやすいからな」
そう言ったおっさんは今度こそマジ顔で、俺と先輩はなにごとかと思わず顔を見合わせた。
「おっさん、諒先輩に話あんでしょ。俺は戻った方がいい? 家、姉ちゃん一人じゃん」
それ聞いた先輩がちょっと困ったような顔。まぁそうか、初対面だわ、胡散臭ぇわでいきなり二人きりってちょっとないか。俺もいた方がいいんかな。
「帆波は男同士の大事な話があるって言ってきた。お前もいろよ、航」
「何それ、意味深。でもまぁいいよ、付き合う。だから先輩もあんま困った顔しないで」
「ん? あ、あぁ。そうしてもらえると助かるけど……話って?」
先輩がそうおっさんに声をかけると、おっさんは紫煙の向こうの空を見上げていた視線をちらりと先輩の方に向けて、口許だけで小さく笑った。なんだ……あんな顔見たことないぞ。ホントに何を話そうってんだよ、おっさん……って、あ? あれ、今度は俺の方見てんな。あぁ、わかってるって顔だな、ありゃ。そっか、なんかよくわかんねーけど、大丈夫ならまぁいいか。
「じゃ、ミヤジくん。単刀直入に聞くけど……」
「え、おっさん。いきなり本題?」
「帆波待たせてんだぞ、当たり前でしょうが」
俺は手をすっと挙げて納得した事を伝える。おっさんは頷いて、また先輩に言った。