その頃、コンビニで買い物中のおっさんと航はというと……――。
「やべー。決めらんねー」
俺は炭酸飲料選びの迷宮にいた。う〜っ、500で数種類いっとくか、種類はもう絞っちゃってでかいの買うか……やべー真剣に悩む。先輩も炭酸飲むかな。飲むなら種類あった方がいいだろうけど。
おっさんは俺からちょっと離れた場所で、さきいかとかチーかまとか、そこいらへん見てる。なんか妙な顔して考え込んでっから、てっきりどれ買うか迷ってんだろうと思ったんだけど、おっさんいきなり俺の方を見てハッとしたような顔を見せた。え? 何!?
「は? じゃ、何? ミヤジくんはミヤジくんで、フタマタくんじゃねぇってこと?」
え……遅くね? 今頃!?
「そーよぉ? 何でそんな馬鹿やったのか知んねぇけど、先輩、あれでもう姉ちゃん一筋、マジ長ぇんだわ。だからさ、フタマタくんとか言うなよおっさん。諒先輩笑ってごまかしてるけど、いいかげん俺のが怒るよー」
「ふ〜ん……帆波はそれ、知ってんのか?」
「どうだかなぁ。知らないフリしてんかもしんねーし、気付いたから付き合ったんかもしんねーし。俺には姉ちゃんが何考えてんだかわかんねー。ついでに炭酸、どれ買っていいのかもわかんねー」
「ふ〜ん……」
おっさんはぼんやりとそうつぶやいた後、ふらふらと俺から離れてまた戻ってきた。そしてカゴにポテチが一袋……サワークリームオニオン味、か。おっさん、なんかどんどん俗物化していくよな、神様っぽくなくなってくな。なんだよその味のチョイス。まぁ、好きだけどさ。
そう思って見てると、今度はさきいかとかいか燻とかカゴに入れ始めた。俺はもうどうしていいかわかんないから、500mlのペットボトルで数種類の炭酸飲料を買うことにした。
「おっさん、もうない?」
「ん? あぁ、ないない。なんだなんだぁ? けっこういろいろ買ってんなぁ、航」
「まぁね、決められなくってさ。もういいやっとか。じゃいい? レジ行くよ?」
「ほいほい」
そう言ってポケットに手を突っ込んでいそいそとおっさんが付いてきた。さすがに大晦日。どっか行くついでにちょっと寄ったみたいな客でコンビニはそれなりに混んでいた。
ふと横を見ると、おっさんがやたら目をキラキラさせてレジの方ガン見してる。なんだ? こえぇよ、おっさん。ただでさえチャラい見てくれで目立つのに、いったい何をそんな見てんの? こう言っちゃ悪いけど、レジの人、そんなガン見しなくちゃなんねーホドのアレじゃ……っつかそもそもアノ人、男だろ。
「なんか……下界はワケわかんねーコトになってんなぁ、オイ。おじさんもう文明についていけねぇよ、前世紀の遺物な気分だよ」
わけのわからない事をぶつぶつおっさんが言ってる間に、前の人の会計が終わった。
「お次でお待ちのお客様ー、お待たせいたしましたー。どうぞー」
そして俺の炭酸飲料コレクション達がバーコードを読み取られてずらりと並んでいく。おっさんはそれを見てるのか何だか、いやに真剣な顔だ。
「お客様、会計は?」
「あ、コレで……」
そう言って俺は財布の中のチャージ式のカードを見せる。出すのは面倒だからそのまんま。どうぞって言われて財布を指し示された場所に押し付ける、と共に独特の電子音。
「ちょ……なん……だ、おぃ……」
おっさんが何かおかしい。おかしいけど、俺は重たい炭酸を2袋に振り分けてくれなかった店員を睨みつつ、レジ袋を手にしておっさんの襟首を掴み、コンビニを後にした。
外から店内に入ろうとしてたガテン系の鼻ピ兄ちゃんがドアを押さえてくれていたので、礼の代わりに頭をぺこりとやって先に外に出る。よろよろしてるおっさんを引っ張りながら、俺達は姉ちゃん達の待つ家へと歩き始めた。
「な、なぁ……航よぉ」
おっさんが困惑顔で俺に話しかけてきた。なんだ?
「どしたー? おっさんさっきからちょっと様子変だし。何?」
「いや、何つーか……お前、財布から金出してなかったよね。会計は? お前お金払わないで出てきちゃったの?」
「はぁ? あぁ、なんだ……おっさん何ガン見してんかと思ったらソレか! いや、アレはカードで支払いしたんよ」
そう言うとおっさんがちょっとムッとしたような顔で俺を見た。
「何? 何なの、ソレ。帆波は去年、コンビニの買い物ごときでゴールド出すなとか、すっげー怒ってたんだぜ? だから俺の心の絵日記にコンビニの支払いは現ナマで、できれば一万円も使っちゃダメって描きとめておいたってのに……」
「いやぁ、おっさんの心の絵日記は知んねーけどさ。いや、そのカードとはまたちょっと違うんだよな」
「そりゃそうだろ! お前、財布から何も出してなかったじゃないか。おじさん知らないよ? お店の人が今頃警察とかに通報しちゃったりしてさ、アパートの前でおまわりさんに『君、君っ! ちょっと……いいかな?』みたいな事になっちゃうとか……あーもう! ごめんな、航。そしたらおっさん、悪いけど姿消すから。神様的超奥の手使っちゃって消えるから」
「消えんなし!! いや、それはねぇから大丈夫……ってか、おっさんおまわりさんのとこだけなんで声低いんさ」
「そりゃお前、基本だろうが! ケーサツだぞ!!」
「いや、わかんねーよ。わかるけど……あ、おっさん袋半分持って。これすげー重いの」
そう言うと、おっさんは周りをきょろきょろしてから袋を一緒に持ってくれた。それでもどっかコソコソして見えるのは、いざって時にマジでどっか消えるつもりなんだろう。バカなおっさん……ってか、んな警戒してなくったって来ねぇよ、警察!
「なぁ……さっきのなんだけどよ、航」
「ん?」
おっさんが空いている右手で胸のポケットから煙草を出して咥え、煙草と一緒に顔を出した100円ライターでそれに火を点ける。咥え煙草のまんまで吐き出した煙は、目を直撃したらしくておっさんが目を片方瞑って顔を歪めた。
「さっきのって?」
俺の方から話を切り返す。おっさんはぼんやりと揺らぐ煙を見つめながら言った。
「ミヤジくん……ちょっと話せないかな」
「え? 何、おっさん諒先輩と話ししたいの?」
「話ししたいの。なかなかステキな方じゃないの……ぜひ、お近づきになりたいわ」
「……茶化しても無駄。姉ちゃんがらみっしょ?」
俺のその言葉に対しておっさんからの返事はない。いや、ないのがズバリ返事? まぁ、そうだよな。この流れじゃそれ以外はないだろうし。
「いいよ。帰ったらすぐ外に連れ出せばいいじゃん。理由? 理由なんてどうとでもなんだろ! ほら、あのぉ……男と男の話が、っとか」
「航……」
「おう!」
「お前、いいヤツだけど、ちょっとバカな」
「おう!」
「そこがまたいいんだよな、航は」
「おう!」
おっさんの顔が穏やかだけど妙に真剣に見えるのは、やっぱ気にしてんだろうな、姉ちゃんのこと。
俺は姉ちゃんがしきりに文句言ってた役立たずの神様の話とか、そんなんは全然気にしてないけど、でも姉ちゃんがどっかおかしいのはわかってんだ。わかってんだけど、俺が弟のせいか、俺にはどうにもできねー気ぃしてんだよね。そういう意味では、姉ちゃん一筋の諒先輩とか、本当に期待してたんだけど……おっさんも、そういう事なのかな。
「あのな、航。1年前の初詣の時なんだが……」
いつになく真面目な切り口で、おっさんが話し始めた。内容は、今年正月の初詣の時に起こったアレコレ。先輩が女連れてたって? いや、彼女ではないだろ、絶対。
「で、おじさんなりにずっと気になってたわけよ」
「へぇ……なんか、悪ぃね。姉ちゃんのコトでおっさん、えらく煩わせちゃったみたいでさ」
「な、何を言ってるのよ、航ちゃんっ!!」
「え? なっ…何!?」
おっさんがふざけてよろよろと歩く。ちょ……おっさ、マジそれやめて。コンビニの袋、手に食い込んで痛い痛い痛い!!
「航が気にするこっちゃねぇだろ。俺、神様なんだぜ?」
「だぜ、っつわれても……まぁ神様だけど」
「だろ? 気にするよ、そりゃ……気にすんだろ」
おっさんはそう言って煙草を手にして灰を指で弾いて落とし、ゆっくりと空に向かって煙を吐き出す。おっさん、言いにくいけど今の世の中、歩きながらの煙草は……ま、まぁいいか。
それよか妙に真剣っつーか、1年前のあのアホ丸出しのおっさんとは、今回はなんかちょっと違う。そういやいったい何しに来たんだ!?