「ケーキ、っつったの。食わねーの?」
「え、あぁ。食べる、食べます」
「ん……えっと、飲み物はセルフ、だっけ?」
「うん……」
「……何飲むの?」
こっちを見もしないで自分の飲む紅茶を淹れてる。私はカフェオレを……って思ってたら牛乳渡された。お、わかってんじゃん。
「カフェオ『れ』な……お前ミルク、ってか牛乳、超多いし」
「う、うるっさいな。いいでしょ、その方が好きなんだから」
あぁ、なんかこのカンジちょっと懐かしい。カレカノやってる時より、もっと前の……。
「なんか久々な、こういうの」
「え? うん……」
び、びびったー。考えダダ漏れなのかと思ったー。ってか、同じ事を思ってたってことか。
あー、なんだろう。妙に気恥ずかしいカンジになってきたんだけど。航達……は、まだだよなぁ、さすがに。まいったな、これ。さっきの険悪なムードはなくなったけど、今度はまたこれ微妙な空気が部屋を支配してて息苦しい。これはこれでまた何かちょっと……うぅ、どうしてこうなった!?
「えっと……ケーキ、もらおうかな」
「おぅ。あ、えっと……どれだっけな。絶対にお前に食ってもらって感想聞いてこいって。あーくそ、忘れちっ……」
「これ。あとは……これ、あぁ、これもかな? おじさん新しいの、いくつ作ったの?」
自分んちの商品くらい覚えておきなさいよね、全く……あぁでもあいかわらずホントにおいしそう。それになんだろうな、センスがいいっていうか……かわいいけどゴテゴテしてなくって。見た事ないのは2つ、いや、3つかな。
「お前、わかんの?」
「あんたわかんないの?」
「……新しいのは2つつってた」
「2つ? あー、じゃぁこれは上のフルーツが季節のものになってるだけか。ってことはこのタルトと、このスフレっぽいヤツかな。違う?」
そう聞いたんだけど、宮司はなんか私の方見て固まっちゃっててお話にならない。
おいおい。こいつ、大丈夫か?
「宮司?」
「あ? あ、あぁ……うん。わかんねーけど、お前がそう言うならあってんじゃね? すげーな、望月」
――望月、か。
昨年、私達は何だか付き合うことになって、宮司は私の事を名前で呼ぶようになった。それまではずっと望月って、名字で呼んでたんだよね……って、ここで黙るとまた微妙な空気が流れてきちゃうか。あれ、でもさっき航が何か言ってなかったっけ? 誤解がどうとか……ちょっと気が進まないけど聞いてみよっかな、一応。
っとは思うものの……うぅ、なんか構えちゃうな。やりにくいな。こりゃいったいどうしたもんか……いや、無理にまた微妙なカンジをぶり返させるよりかもっと、あ、そうだ、とりあえずケーキ、ケーキよ!
微妙な空気の中、私達は向かい合って座った。
「さっきの、なんだけど……」
「はいぃ?」
やば。声裏返った。こっち身構えてるの超バレバレ、超かっこ悪い。
宮司もちょっと緊張してるみたいで、紅茶冷ますみたいに息吹きかけながら、こっち見ないで話してる。な、何なのよいったい。
「あーくそ……俺、あいつみたいにうまいこと言うとか、無理っぽい」
思わず口の中にあったスフレを丸呑みする。あぁ、もったいない! 喉越し、超うまかった! 味わって食いたかった!!
「な、何でもいいから言ったら? 航が言ってたヤツでしょ?」
「そう……」
……ぅぁぁああああああああ、そこで黙るな、宮司! っと言いたいが、そういう雰囲気でない事はさすがにわかる。宮司が紅茶を一口飲んで、こっち見た! 何!?
「その……悪かったよ。嫌な思いさせてさ」
「んーっと……何が?」
思わず聞き返すと、宮司はちょっと驚いたような顔をして紅茶をもう一口。はぁぁぁぁああああっとやたら長い溜息も一つ。何を言われるやらと身構える私を一瞥して、今度はふぅっと小さく一息。
「去年。クリスマスん時のさ、アレ」
「あぁ、なるほど。アレね」
「そう……アレ」
そしてまた溜息が一つ。言いづらいなら別にいいんだけど……っともやはり言える雰囲気ではない、よな? はぁぁぁぁあああ……今度は私が溜息を一つ。お? この溜息に宮司が反応。あっちもどうやら妙な緊張感ってのを感じてるらしい。
「さっき航も言ってたけど、アレ、違うから。その……そんなんじゃねんだわ」
「……っと言うと?」
「つまり……嘘。俺、なんて言ったか忘れたけど、そんなヤツ知らね。っつかそもそも二股とかかけたりしてねぇ」
「そうなの?」
「う……っ、うん。そうなんだよ」
なんだ。そういう話か。それがさっき航の言ってた妙な誤解、ってこと?
「なんでそんなつまんない事したのよ」
「え、嘘って信じてくれんの?」
「……だって、航とのさっきのあんなの見てたらさ」
「航に感謝ってことか」
あ、宮司ホッとしてる。でもやっぱり気になるし、聞きたいよな。聞いちゃだめな事か? 聞いたっていいでしょ、私、当事者だし、聞いていいハズ!
「で?」
「ぃあ……え?」
「だぁからぁ……なんでそんな事したのって聞いてるの」
ここは逃がさないとばかりに宮司の方をじっと見る。さて、どうする?
「それ言えるくらいなら、そんなつまんねー嘘とかつかねぇ」
「それは……つまり、ナイショって事?」
「そっ、そういう事! はい、話終わり!!」
って話を切って紅茶を飲み干す。そしてお替り淹れに席を立つ。
あっそ、この話はこれでおしまいって事ね。何だか釈然としないけど、まぁ……いいか、っと盛大に溜息を吐いてカフェオレを一口。そして今度はタルトを一口、放り込む……と、あら、これ何? すっごいおいしい。
「……ごめんな。中途半端で悪ぃけど、でもホント、マジ二股とかねぇから」
「ふ〜ん……まぁ、はい。わかった……で、ねぇ。このタルト、すっごくおいしいんだけど……宮司あんた、これ食べた?」
そう言った私の方を振り返った宮司と目が合うと、何だろう……目が合った途端、宮司はすごく苦しそうな顔をして、私はそれを見ちゃいけない気がして。慌てて俯いて、一人ごとみたいにぶつぶつ言いながら、ただ黙々とタルトを食べるしかなかったのよね。
すっごいおいしいハズなのに、味わってる余裕がない。簡単においしいって言葉が頭に浮かんで、どんどん胃の中に落っこちていく。なんてもったいない食べ方してんの、私!
「あのさ、俺二つ……いや、一つ。聞きてぇ事あんだけど」
何を思い付いたのか、これで全部終わったとケーキに専念できるはずが、宮司のバカがまたあの微妙な空気を呼び戻しやがった。あぁっ、もうっ! バカーッ!!
「ぬぁっ。な、何よ?」
くぅっ、かんだ。超かっこ悪い。動揺まるわかりじゃない!
「あのおっさんって、誰?」
あぁ、そうねー。確かに気になるわよねー。でもさ、本当の事を言ったところで、宮司が信じるとは到底思えないんだけど。私だって最初はただの胡散臭いおっさんと思ってたし。いやいや、この場合、そう言われてそうかって納得できる人の方が絶対に少数派よね。そう考えると、航って勇者だわ。
「なぁ、帆な……望月。あのおっさんいったい何モンだよ?」
真剣な顔してるなぁ、宮司。うわぁ、言いづれぇ……でもごまかすネタなんてないわよ、私。仕方ないよね、ここは一番人を馬鹿にしたような、一番嘘くさい真実を正直に伝えるしかないわよね。
そういえば、おっさんの正体って他の誰かに言っていいものなのかな、どうなんだろう。よくわかんないけど、宮司には言っても大丈夫なような……いや、根拠はないけど。大丈夫な気がする。さて。
「教えてもいいけど、あんた、絶対に信じないわよ?」
ほら、眉間に皺寄せて訝しげな顔してる。さて、どう出る?
「信じるか信じねーかは聞いてみねぇとわかんねぇだろ? なぁ、あいつ誰? 言えよ」
「……わかった。本当の事を言うわ。先に断っておくけど、嘘とかないからね」
「当たり前だろ。で?」
仕方がない。言うしかないか!
「あのおっさん、神様だって言ったら……あんた信じられる?」