トラック買取 【蒼天・Party Room】神様、お願いっ!

神様、お願いっ!<2011時期をはずしたお花見小説>


「たぶんこういうの、言わない方が俺的にはいいんだろうけど……」
「……はい」

 いったい何を言おうとしているんだか、私の手を包み込んでる浩一さんの手が熱い。

「今日ね、あんな花見に付き合ってもらった理由なんだけどね」

 そう前置きしてから浩一さんは話し始めた。

「聞いてたでしょ? 西田のおばちゃんの話。さっきも言ったけど、あれ、今回が初めてじゃないんだよね。そりゃもう顔見れば写真だなんだって……」
「……はい」
「つまりはさ、そういうの含めてってコトになっちゃうんだよね」

 なんかそんな風につまりはって言われても、今の私にはよくわかんない。きっとそれが顔に出ていたんだと思う。浩一さんから、また小さな溜息が漏れた。

「帆波ちゃん、まだ20歳なったばっかりだよね。だからこんな話、あんまりしたくなかったんだけど……でもそれ伏せてどうこう言うのもなんかズルい気がしてさ。だからやっぱきちんと言っとくべきだよなって思ったんだよね」

 そうは言ってるけど、浩一さんはその話がしたいわけではない事が様子を見ててよくわかる。でもちゃんと話そうって思ってくれたのはきっと、それだけ私ときちんと向き合いたいって思ってくれてるわけで……わ、私はいったい何をどう答えてあげればいいのかなって、そんな風に考え始めていた。
 浩一さんは本当に言いにくそうに、でもそのまま話を続けている。

「だからさ……だからね、帆波ちゃん。ドン引きされても仕方ないけど、でももし帆波ちゃんが俺の気持ちに応えて……じゃねぇか、もし俺のコト好きでいてくれて、もし俺の彼女になってくれるなら俺は、俺はさ、それを理由に西田のおばちゃんの話、断わろうと思うんだよね……言ってる意味、わかるかな」

 返事をしようと口を開いたんだけど、声にならなかった。だから私はまた、ただ黙って頷いた……浩一さんの顔が曇るのを横目でちらりと見ながら、ただ、ただ大きく頷くしかできなかった。

「帆波ちゃんくらいの年でさ、重たい話だよなってのは俺にもわかってる。俺だってそんな……いや、そうじゃないな。いい返事が期待できなくなりそうで話したくないだけで、俺自身、正直そういう風に考える事自体、嫌じゃないとか思ってる」
「……うん」

 やっと声が出た。自分でもみっともないくらい、震えてて、小さい声だった。
 でもそれ聞いた浩一さんはちょっと安心したような顔になって、それでまた口を開いた。

「隠してたって絶対どっかからそういう話が耳に入っちゃうんだから、だから最初から言っておくね。俺は帆波ちゃんが好きだよ、ちゃんと真剣に、ホント、大切にしようって思ってる。だから……将来の事も全部ひっくるめて、俺と付き合ってくれるかどうか、ゆっくり考えてくれないかな」
「……え? ゆっくり?」
「そう、ゆっくり。本当はそういうの抜きで彼女になってって言いたかったけど、今の俺の状況じゃそれも何か無理そうだし」
「……はい」
「いきなりごめんね、もっとサラッと言っちゃえば良かったんだろうけどさ、何かそれってズルいじゃない? 付き合うようになってから、あれこれ聞かされるよりかはさ、そうなる前に判断材料の一つとして伝えちゃった方がいいよなって」

 でもさでもさ、それってアレでしょう?
 つまりはさ、け……結婚を前提としたお付き合いって、つまりはそういう事でしょう!?
 頭の中とはいえ、それを言葉として認識した途端に何かがはじけて私の中で大暴走を始めた。
 うわぁ……どどどどどどどうしよう。こ、浩一さんのコトは好きだけど、それはたぶん気のせいではなく同じ意味で好きだと思ってるハズなんだけど。いきなりそんなの、考えられないよぉおおお!!!

 そ、それでも言ってくれたっていうのはそれだけ真剣っていうか、大切に思ってくれてるってこと、なんだよね? そんなの20歳の女に言ったらさ、普通ドン引きされて断わられるから隠しておいた方が良さそうなもんじゃない。それをきちんと言ったってことはさ、そ、そういう事……なんだよね。じゃ、じゃあさ、やっぱり私も……真剣に考えないといけないよね。
 って頭ではわかるんだけど、気持ちがっ! 心がさっ、おいつかないんだってば!! どうしたらいいんだか、わかんないんだってば!!

「……オプションが重くてごめんね」

 ちょっと間を空けて浩一さんはそう言って、私の返事を待たずに軽トラのエンジンをかけた。

 オプションって……ちょっと笑いそうになった。花見に連れてったのだってそう、きっと自分の置かれてる状況をそれとなく私に教えるためだったんだよね。
 27歳ってそういう年齢? それは私にはよくわかんない。正直に言えば、まだまだ早いんじゃないのっていう気がしないでもない。浩一さん自身もたぶん、そう思ってるような気がする。でもたぶん、そうも言ってらんない状況なんだろうな。

 軽トラが走り出す。車内の空気を逃がすみたいに開けられた窓から、湿った夜風が流れ込んでくる。
 何か言わなきゃ……何か答えてあげなくっちゃ……そう思うのに言葉が見つからない。
 それをまるで察したみたいに、横にいる浩一さんがふざけたような言い方で言った。

「もちろん、すぐとか……そんなんじゃないから。俺だってさ、付き合ったばっかのあのこっぱずかしい雰囲気とかさ、傍迷惑なラブラブなカンジとかさ、やっぱあれこれ楽しみたいじゃない?」

 つい噴出してしまった。ラ……ラブラブなカンジって何っ!?

「自然な流れでさ、そんな風に考えられるようになったらで、それでいいと思ってんの。でもさ、西田のおばちゃんにそれ理由で断わろうとしてるのに、そういうの全部隠しとけないじゃん?」
「……手強そう、でしたもんね」

 そう言ったら浩一さんも笑って、それでまたいつもの笑顔が戻ってきた。

「手強いなんてもんじゃないよ。あの人は」

 ハンドルをきって、アパートの方に曲がる。
 擦れ違った歩行者の顔を見て、浩一さんの表情がまた曇った。

 ――宮司……?

 宮司だった。こっちを見てたような……一瞬だけ、目があったような気がした。そっか、うちに来てたのか。航に何か用事でもあったのかな?
 そんな風に思ってたら、浩一さんがまた小さく溜息を吐いて言った。

「やっぱ……持ってかれそう」

 アパートが近付いてきた。浩一さんはふぅっと息を吐いてからまるで意を決したように私に言った。

「一つだけ、聞かせて」
「……はい」

 アパートの前に着く。軽トラが止まり、窓が閉められエンジンも止められる。静かになった車内で、浩一さんは私の方を見て言った。

「ややこしいオプションなしで、一つだけ今返事を聞かせてもらっていい?」

 な、何の返事? よくはわかんないけれど、私は頷いた。

「俺の事、好き?」

 ぬぁ!? いきなりまた直球ですかっ!?

「……はい」
「マジで? でもそれってどういう……」
「同じ……だと思います。あの、何ていうか……はい、浩一さんが私に言ってくれたのと、同じ意味で……」
「本当に?」
「は、はい」
「うわ……」

 浩一さんはそう言って、ハンドルに突っ伏してしまった。え? え? どうしちゃったの!?

「あの?」
「ヤバい。思ってたよか相当嬉しいわ、俺」
「そうですか?」
「そりゃそうだよ。メンドクサイ事情隠して告ってりゃ、今、帆波ちゃんは俺の彼女ってコトだろ?」

 うわ……なんだなんだ? 頬が熱い。なんかすごい恥ずかしい。なんだこれ?

「そ……そんな照れないでくれる? こっちまで恥ずかしくなってくるから」

 やっぱり私、顔赤いんだ。嬉しそうに笑みを浮べて、浩一さんがこっちを見てる。

「あーあ。やっぱ何も考えないで気持ちだけ伝えてりゃ良かったかなぁ……」

 そんな事をぶつぶつ言いながら、浩一さんは軽トラを降りて助手席側にまわってドアを開けてくれた。
 私は荷物と、手土産にもらった残りモノを抱きかかえるようにして軽トラを降りた。

「でもまぁ……」

 ドアを閉めながら浩一さんが言葉を続ける。

「言っちまったもんは仕方ないよな。いや、でも……彼女いるからって西田のおばちゃん牽制したら、きっと帆波ちゃんに何か言ってくると思ったんだよね。そう思ったらさ、やっぱ黙ってんのズルいじゃん?」

 並んでアパートの階段の下まで行く。何となく離れがたくて立ち止まったら、浩一さんに弟くんが待ってるよって言われてしまった。
 そう言われちゃったらさ、もう帰るしかないじゃない? 私は階段をゆっくりと上り始めた。