「帆波ちゃん、だったっけ。今日はお疲れ様」
最初にそう話しかけてきたのは佐藤さんちの息子さんで晴彦さん。継ぐ継がないでもめているとさっき言っていたけれど、こういう場に顔を出しているってことは、最後には結局スーパーの店長になるんだろうなぁと私は思っている。
「浩一に誘われて来たんだってね」
「え? そうだったの? まさか、マジで彼女?」
そう言ってきたのは渡部さんちの双子の息子さんで真吾さんと……なんだっけ?
「尚吾!」
そうそう、尚吾さん。
「げ、浩一……」
尚吾さんがばつが悪そうに目を逸らすと、浩一さんは尚吾さんのお尻に蹴りを入れていた。
「つまんねー話してるなら、とっとと荷物載せろよ、尚吾」
「はいはい」
「こえぇこえぇ」
「うるせーぞ、真吾」
仲が良いんだと思う。全員同じ年ってわけじゃないみたいなんだけど、名前で呼び合っている。じゃれあいながら荷物を軽トラに載せて、見事な手際でその上にシートをかけて荷台にそれを固定した。
「よっしゃ。これで完了」
晴彦さんが言うと、荷台の方から近付いてきながら浩一さんが声をかけた。
「これで全部だな。忘れ物はないか?」
「あったらまた取りに来りゃいいんじゃね? 近いんだし」
「そうそう。それ口実にまた花見来れるじゃん、浩一」
「うるさいよ尚吾」
「はいはい」
微妙なそんなやり取りの後、浩一さんは逃げるように軽トラに乗ってエンジンをかけた。
「じゃあね、帆波ちゃん」
「今度はまた場所をかえて飲もうね」
「その時は連絡するね」
そんな風な言葉を残して、真吾さんと尚吾さん、そして晴彦さんは帰って行った。
振り返っては手を振る3人に、私はずっと手を振り返していた。
「帆波ちゃん、冷えるよ。乗って」
振り返ると、軽トラのドアに腕を乗せ、顔を出した浩一さんが助手席の方を指差している。
私は反対側にまわると、軽トラの助手席に乗り込んだ。
「シートベルト、ね」
これは浩一さんの口癖なんだと思う。普段、車で出かける時にも、浩一さんは私が助手席に座るなり必ずこの言葉を私にかける。
私はそれを思い出してちょっと笑いを堪えながら、シートベルトを締めた。
それを確認して軽トラがゆっくりと公園の狭い場所で切り返してその向きを変える。本来であれば車が乗り入れるような場所ではないから、小さな軽トラでも浩一さんはゆっくりと車を走らせていた。
「疲れちゃった?」
浩一さんが前を見たままで私に話しかける。
「楽しかったですよ」
「そう? そりゃ良かった」
私はいろいろと思い出して思わず噴出しそうになるのを堪えながら言った。
「誘ってくれて……あの、ありがとうございます」
「酔っ払いばっかりで驚いたでしょ」
「え? えぇ、それは……ちょっと。でもいつもと違う面が見られて楽しかったっていうか」
「そうね。昔話とか、本当に面白いからね、あの人達」
「そうなのそうなの!」
その後、浩一さんは篠田さんの婿入りに至る経緯をより詳しく教えてくれた。
とにかくその夜は花見の席の話だけでもネタが尽きないくらいいろいろな事が何もかも楽しかったので、帰り道の軽トラの中はそれはそれはもう大いに盛り上がった。
でもうちのアパートが近付くにつれて浩一さんが時々何か考え込むように黙る瞬間が増えてきて、あともう少しでアパートが見えてくるという住宅街に入る手前あたりで、浩一さんは軽トラを路肩に寄せてエンジンを切ってしまった。
な……何? 何かトラブルでも!? っていうか……な、なんか空気が…………。
「ねぇ、帆波ちゃん」
右手はハンドルをつかんだままで、浩一さんはそう切り出した。
微妙な空気に私は何を言っていいかわからず、とりあえず浩一さんの次の言葉を待った。
「んー……あー、その……ちょっと聞きたいんだけど」
「……? はい?」
それまで大盛り上がりしてたのが嘘みたいに、浩一さんは何が言いたいのか要領を得ない。っていうか、その態度自体が全てを物語っているというか……あー、ヤバい。私も変な汗出てきたぞ?
「あの……さ」
「はい」
「そのー、なんだ。俺のコト、どう思う?」
「はい?」
あ、変な声になった。
「いや、違う。ごめん……あーもう、何言ってんだよ、俺……」
そう言って空いてる左手で頭をくしゃくしゃやっている。そうかぁ、こんな……そうかそうかぁ。
「大人だなぁって思いますよ。一緒にいて居心地がいいっていうか安心するっていうか」
落ち着け落ち着けって思うのに、声が微妙に震える。わ、私まで緊張してる? 何か手まで汗すごいんだけど! 顔もなんか赤くなってそうで恥ずかしい。
「ホントに?」
ちょっと安心したような顔で浩一さんがこっちを見たから、こくこくと頷く。そしたら浩一さんはシートに身体をどっしりと預けて大きな溜息を一つ。そして自分の額に手をあてて、何か考え込むようにして言った。
「そっかぁ……大人かぁぁぁぁ。やべぇ、俺自信なくなってきた」
「は?」
思わずまぬけな声で聞き返す。
困ったような笑顔の浩一さんが、こっちをちらりと見てまた溜息を吐く。
「俺、全然ダメよ。大人とか……そう思ってくれてるのは嬉しいけど、正直これ、いっぱいいっぱいなんだから」
「どういう……コトですか?」
「……言わなきゃダメ?」
見たことない顔で浩一さんがこっちを見た。私はちょっと怯んだけど、でもやっぱりちゃんと伝えた。
「できれば聞きたい、かな」
「うーん……」
浩一さんはちょっと考えて、ハンドルに覆いかぶさるようにしてぼそぼそと言った。
「必死なんだよ、これでも。祥太郎さんのとこの息子にさ、帆波ちゃん持っていかれそうで」
え? 祥太郎さんのとこの息子って、宮司!? ここで宮司なの!?
っていうか! やっぱりこれって……。
「いや、こんな言い方じゃダメだよな。ちゃんと言わないと」
浩一さんはそう言って座りなおすと、顔を上げて私の方を向いた。
「好きなんだよ、帆波ちゃんのこと。妹みたいとか、友達とかじゃなくて……一人の女の子として、好きだよ。帆波ちゃん」
ちょ……なんてストレートな!!!!! こんな直球で告られたの、初めてなんだけど!
ど、どうしよう! 嬉しいけど、でも何だかどうしよう!!
「帆波ちゃん?」
そう言った浩一さんの声が震えてる。
っていうか、こんな風にちゃんと言ってもらえたの、初めてじゃないの、私!? ……いや、違うか。きっとたぶん、みんなちゃんと私に伝えてくれてたんだろうな。きっとたぶん、私がちゃんと受け止めてなかっただけで、きっとたぶん……そうきっと。
「……帆波ちゃん?」
浩一さんがまた私の名前を呼んだ。
どうしよう。すごく嬉しいのと、すごく不安なのと……なんだろう、この気持ち。
「あー」
申し訳なさそうに頭をかきながら、浩一さんは軽トラのエンジンをかけた。
「ごめん。そうだよな、こんな狭いとこに閉じこめられたみたいにしていきなり告られてもなぁ、返事困っちゃうよな」
そう言いながらサイドブレーキに浩一さんが手を伸ばす。その瞬間、私は何を思ったんだかその手を思わず掴んでしまった。
「え?」
浩一さんの動きが止まる。うわ、こっち見てる……たぶん今、私の顔ってば超赤い。絶対真っ赤だ。
「どうした?」
あんだけストレートにぶつけておいて、何があったの、みたいな顔してこっちを見る浩一さんはズルい……絶対、ズルい。
「まだ……まだ私が何も言ってないです」
やっとの思いでそれだけ吐き出す。静かに息を呑む浩一さんの喉仏が上下に動いて、右手がキーを回して動き出したエンジンをまた止める。静けさが戻ってきて、今度は私の心臓の音がエンジン全開みたいにうるさくなった。
どうしよう。なんて言おう。ってか私何やっちゃってんだろう。
浩一さんの腕を掴んでる手が震えてる。その手の上に浩一さんの右手が添えられた。
「……もうちょっと、言わせてもらっていい?」
こっちをのぞき込む浩一さんの視線は優しい。
私が黙ってうなずくと、浩一さんは私の手に手を添えたままで小さく息を吐いてから言った。